我妻涼
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思わずため息をついた
どうしてこうも自分はあぁいったものに縁があるのか、とか、どうしてそういうのと目を合わせちゃうのか
猫という生き物は目を合わせるとダメだという、それは向こうが恐怖感に苛まれるからだとも聞いたことがある。
「…大丈夫?」
金色の鋭い目つきの猫、そう例えどんな恐ろしい男を見ても最初に例える時の動物は犬か猫
恐ろしく思えないからだろう、慣れてしまえばヤクザも一般人も変わらない
何も言わずに睨んでくるその男に手を伸ばせば叩き落とされた
こんなものはエゴイズム、所詮偽善者故の行動でなってはいるがハッキリされると苛立ちは隠せない
なにもボロボロになって死にかけているようなそんな男の世話なんざしても仕方ないことくらい分かっているのに、それなのに手を伸ばして無理やり掴んで遠くも近くもない安いアパートの部屋にぶち込んだ
「睨んでも無駄、アンタみたいなやつには慣れてんの」
全くもう…っと呟いた
この街で喧嘩は耐えないことくらい知っている、それ以上に不良の数も普通よりも多いほどな事も
けれどそんな不良連中も面倒を見てきた、だが目の前の男だけはそんな不良連中とはかけ離れていて
一目見て裏の人たちなんだと理解した、その癖に群れることなく一人でいるあたりこの男はあまり向いては居ないようにも見えた
「年下…には、見えないし、年上?…っていうか、この傷」
ふと黙って手当をさせてくれる男の首元に普通では見れないような傷を見た、ナイフ程度のものじゃなくて普段見ることはないが何となく何でそれをされたのか分かって
この男は話ができないのだろう、なんて予想して目を見つめた
「腹減らない?なんか食べる?」
そう聞いて微笑んだ彼女に男は頷いた、されるがままのように食事を食わされ、風呂に入れられ、買い物に付き合わされて、毎日繰り返した
男の名前は我妻涼、それ以外の事は知らない聞かない興味もない、きっとその方がこの男にとって何より好都合な気がしたからだ
何かから逃げてるのか、何かから背を向けようと必死なのか、分からないがそれでもそばにいさせてやらなければ外に出た途端にこの男が死にそうに感じたからだ。
傷だらけで話一つもできなくて、いつも何かを睨みつけて、けれど何処か悲しいようなオーラがあって
見捨てることの出来ないまるでボロボロの猫のような男だった
「抱きたいなら抱いていい、性処理くらい気にしないから」
無理矢理に組み敷かれて、髪を掴まれて無茶苦茶にされると思った
けれど何よりも優しく、何よりも繊細なガラスに触れるように触れたその指先は冷えていた
暖房をつけていても冷えているその指に苦笑した
声一つ聞いたことも表情が変わった所も、何一つ見たことなくても彼が心の底は誰かを望んで愛を欲してる気がした
それは気のせいだと思い続けてきたクセに肌に触れた指は何よりも冷たいくせに優しかった
思わず涙が零れて苦しくなった、どうしてこんなにも苦しいのか。なんて思ってしまう
<悪かったな>
<怖がらせた>
メール画面の彼の携帯にそう映し出されていて、目を丸くした
彼との会話は殆どないくせに久しぶりに見た彼の携帯画面にはそんないつもと違う、優しい言葉が並べられていて目を丸くした
「涼、涼ってば、ちょっと」
出ていこうとする彼に思わず乱れている服も整えずに玄関先まで止めた
ようやく止まった彼に見下ろされてその目がまるで寂しがっている子供みたいに思えた
愛してるんだとわかった気がした、この狼が自分にたった数週間だとしても、感情を少しだけでもと…そう考えれば考えるほど愛おしくて苦しくなる
腰に回された腕も優しくも激しいキスも何もかも苦しくて悲しくて、そしてなんとなくわかっていた
虎や狼は家で飼えない事くらい分かっていた、カラスを普通は飼うわけないから、きっといつかその足や翼は飛び立つことを理解していた
ただその時いつもずるい時ばかりだった、この溢れた愛はどこにしまうのか悩むばかりだ
<迷惑をかけてすまなかった>
最後の最後に白いメッセージカードにそう書かれたメモの字は綺麗でまた苦笑した
数日後に太い封筒が入っていて、その中に普段見ることは滅多にない程の札束が入っていてため息をついた
少しだけ考え事をした後に部屋の中に入って小さなメッセージカードにメモを入れてまた郵便受けに入れた
「来てくれたんだ」
家に金色の猫がいた、猫よりも虎なのかもしれない
なれた様子で靴を脱いでコートをかけて、椅子に座る
出来上がった料理を並べて、最後の最後にいつでも来ていいように。なんて思って買っていた普段飲まない発泡酒をグラスに注いで音を立てて「乾杯」といった
ふと、メッセージカードがまた出された
<字が汚ぇ>
「っ、なによ!文句言うならご飯くらい定期的に食べに来なさい」
なんてそう言えば彼が小さく笑ってるような気がした、本当の一瞬に見違えたか幻かに思えたが事実だと思って同じく頬を緩めた
「まぁいい…か、おかえり涼」
そう言えば隣に置いてたペンに筆を走らせた
<ただいま>
<今日のグラタン味が濃いぞ、塩分過剰摂取だ>
なんていう彼の髪の毛を乱した、拾った猫はどうやらもう元気になったのを確認してそっと胸をなでおろして、料理の味を再確認する彼女にまた猫は笑うのだった。
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