姫川敬








嫉妬をするから

束縛をするから


心が狭いわけだとは思わない
反対に


それが彼の愛だ


と言われるとそれが正解だとも言えない




朝、マスカラにチークにカラー付きのリップだけのナチュラルどころか手抜きのメイクをする
タンスから薄い水色のシャツにハイウエストのジーンズ、長くなった前髪と横髪を分けるためのヘアバンドをする

その朝の姿をいつも見つめるのはベッドの中の男
裸ではない、別に下着1枚でもない
シャツにスウェット、整っていない金髪ブリーチで傷んだ柔らかく少し癖の入った髪の男は少し垂れた目で見つめる




「んな顔しててももう行くよ」


「…イヤ」


「朝ご飯そこ置いてる、弁当ちゃんと持ってって将五くんたちと夜会うなら先電話ね」


「ありがと、翔さん」



ありがとうと言いつつもその恨めしそうな顔で見つめられること、196日目
半年以上、交際し始めてからの日数を同じ部屋で同じように過ごしている

たとえ彼が泥酔して帰ってきて気分が悪くても、珍しく元気よくスッキリ起きれても
鏡と格闘する10分と、服を着替える5分は彼にとって気に食わないもの



「そんなにいや?」


「誰にもあわせたくあらへん」


「残念…大学生は忙しいから」



鞄の中にノートを入れて、ベッドの隣にある本棚の中から薄い書類ケースをとる
バイトも学校もそして問題ばかりの少年達も忙しいことばかりだ
ついでにとまるでペットのように彼の柔らかい髪を撫でたあと動きが止まる



「ご飯の前にシャワーしてからね…昨日お風呂入らず寝たな」


「そーかも…遅くまで皆で話しとってなぁ」


「ナンパを、でしょうがったく…」



ナンパをするから軽い男でも


愛を囁くから優しい男でも


なんだってない、何にせよ惚れた者負けだろう
手に付着したワックスの匂いはもう匂いなれていて、タバコ以上にわかりやすいものだ




「嫉妬してまうわ」


「何に」


「ンー?##さんのキレーな姿見れるあいつらが」



まるで子供みたいに膨れたようにいう
呆れたように笑って手に触れる、そこにシルバーのうさぎが居て笑ってしまう



「綺麗な姿も醜い姿も愛してくれる姫ならどんな姿も見せてあげる」



子供扱いと言われてしまうが頭を数回撫でてカバンを手に取って肩にかける
立ち上がって玄関先まで送ってくれる彼の顔はまだ眠たげで、そりゃあバイトも昼過ぎからの彼には参るものだろう

それでも「いってらっしゃい」「おかえり」はいう
長い手が伸びてきて腕を掴んで顔が近づけられる、長いキスに薄ら目を開けてしまう、まるで寂しがったうさぎのように求めてくる彼の肩に手を置いてもう少しと何度も求め合いそうになる

いよいよ最終アラームが鳴ってギリギリどころか自転車じゃなければ間に合わないという時間になって、今日もまたかと苦笑



「ほんなら、いってらっしゃい…気ぃつけて」


「姫も気をつけて、なんかあったら電話してちゃんとご飯食べなよ、じゃあいってきます」


そういって、ドアノブを回す
まるで犬のように寂しい顔をしている彼がいるのを理解していながらも、人生に対しては仕方の無いことだと言う


身勝手じゃないかと怒られるかと思って仕方が無い
男でありながら他の連中といないで、綺麗な姿をみせずに微笑んでいてほしいと願う
馬鹿ながらそんな彼女が好きでたまらない、出来れば一生自分以外を見ないでほしいと願っていた

一人になった部屋で窓を開けてタバコに火をつける、自転車の前で立ちすくむ女を見下ろして
心底自分が惚れていてこんなにも求めては繋いでおきたいと願うなんてと悪態をついた


「翔さん、チャリの鍵忘れとるで」


「そっから投げて」


2階の窓から言われた通り投げれば綺麗に受け取った
すぐに鍵を開けて行ってしまった彼女の背中が恋しくなる
まるで幼い子供のように感じながらもそれでも欲しがる自分がいた



アラームで寝覚めてシャワーを浴びる、バイトだったなと寝ぼけ目で着替えて、携帯を見つめたが連絡はどこからも無く、髪を整えてバイクに跨る
今頃何をしているのか、変な男に言い寄られてないか、夕飯はなんだ、と考えながらする仕事はつまらなかった
会いたいと思っても数時間後には会える、そのくせ求めるのはケモノのようだ


帰る前にコンビニエンスストアに入り、思い出したようにゴムとタバコを買った
そういえばあの人はこれが好きだった、新作のチョコレートを手に取ってもう一度レジに行けば気だるげなバイトが値段を告げた、100円玉2枚を渡してスグに向かう

自分の家ではないくせに、慣れたようにその階段を上がってドアノブを回す
鍵が空いていることに不用心だと思いつつも、帰ってくるとわかってもらえているのが嬉しく思える



「おかえり姫」


「ただいま、アカンやんか鍵開けっ放しやなんて」


「帰って来る気なかった?」


久しぶりに流れているテレビの画面には[金曜洋画ロードショー]などと出ていて
派手な銃の音と俳優のアクションシーンで、丁度いい具合に物語が中盤を過ぎ去ったあたりなのを伺える



「帰ってくる気しかなかったわ」


ソファーに座っている女の首に顔を埋めて、何度もその匂いを確かめる
自分以外の人間のタバコの匂いやたくさんの香水が混じった不快な匂い
人と接するのは当たり前だとわかりながらも憎くてたまらず、舌を這わす



「風呂、まだなんだわ」

「待ていうことですか?」

「ん?匂い消してくれるかなって」



小さく笑って映画なんて興味無さそうに細い手が顔に回ってきて、口付けられる
首だけを後ろに向けてきていて厳しいのか、ゆっくりと体ごと向けてくれるものだから
ソファーの上を登って女をゆっくり押し倒す、青いシャツを剥がして、ズボンに手をかけさせようとした



「敬」


名前を呼ばれた途端にまるで鎖で繋がれたように動きが止められる
細い手が回って抱きしめられる、香水や頭髪料に混ざった匂いに彼女は何を思うのかと、ふと思う



「お風呂、入ろう」



そう呟いた彼女に、きっと言わないだけで彼女の方が嫉妬で狂うんじゃないかと思ってしまいそうだった




「おう、風呂上がりにはチョコレート買ってきたから食べよな」



などと言って二人して白い浴室に姿を晦ます
テレビの中の俳優と女優は抱き合って笑っていた
ソファーの裏に落ちていた買ったばかりのタバコとゴムにチョコレートはまだ当分見つけてはもらえないのだろう。










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