河内鉄生







いつの間にか高校生なんて卒業してしまった
優しい春の匂いも訪れず、大学生へと進んだ
就職する気でいたのに「まだはえぇよ」なんて子供扱いをして卒業式のその日、校門で派手な彼が目立ちながら立っていて
ほかの女の子に目もくれず鼻の下伸ばしもせずに笑顔で待っていた
バイクのヘルメットを渡されて彼の背中に抱きついてその景色を見た。


「鉄生さん!!どこいくんだよ!」


まだ春前だから足元が寒かった、同じように寒いからといって着せられたジャケットに幸せが滲んでいた

「どこいきてぇ!!」

雑音に混じって聞こえた彼の声に考えなんてなかった、けどいつも大きな手で繋がれて歩いていく
何があっても待ち続けてくれた、だからそれに追いつきたくて必死になった


「どこでも!!」

大人になったら何になりたい?とか、10年後あなたは何をしてますか?、なんて質問は正直いつまでも回答が分からない
ただこの人と同じ景色が見れるならどこまでついて行ってもいいと思えた


大学生となりまた実家から遠くなったが一人暮らしは危ないと言われて彼と住むことになった
最初はお互いお金がなくて私の家から仕送りをもらって生活して、ラーメン屋さんでバイトし始めて私は大学に行っていた
時折帰り迎えに来てくれてはまた用もないのにいろんなところにバイクを走らせた

寝る時に抱きしめてくれるのはいいけど朝それを退けると不機嫌な声を出してるのを彼は知らない
大きな喧嘩はしたことなくても、小さな喧嘩はよくある
例えばご飯を作る時とか、お風呂に入ることで揉めるとか、下手したらテレビのチャンネル争いなんかもした
同棲していても彼の友達は沢山来てくれていつも楽しかった


「髪すげぇ伸びたなぁ、もう胸下じゃねぇか」

「切ろう悩んでんだ鉄生さんはどう?」

「俺に聞くなよ、まぁ勿体ねぇし伸ばしとけその方が女らしい」

「切る時は鉄生さんに頼むな」

そういったら笑ってくれた、でも頼む気なんてなかった
だって不器用なんだもの、仕方ない
一回前髪を切ってもらっただけでもミスをして暫くキャップ帽が外せなくなって、家にいる時さえつけていたほどだったんだから


それでもどんな見た目でも愛してくれるのが嬉しい
身長は殆ど変わらないのは自分のせいだけどこんな巨大女でも可愛いなんていうのは鉄生さんくらいだから
あの人の顔の傷に近所の人たちも最初は冷たい目にあまりいい噂を聞かなかったし言われなかった
優しい顔した下の階のオバサンに「翔ちゃん暴力とか受けてない?」なんて言われるほどだった
けどそんなことあるわけなくて、女に手をあげるような弱い男なんかと付き合う気もない。
けどそれもすぐ無くなって近所の人たちにも優しい人だなんて言われるようになった
子供に優しくて時々二人で買い物帰りに出会った迷子の男の子を慰める姿はまるでお父さんのようだった


「なぁ、翔…愛してるぞ」

毎日彼は愛情をくれた
そしてその愛が膨らんで芽が出て花が咲いたのに、お互いに新たな1歩を踏み出そうとした途端に枯れてしまった
電話で聞かされたその話が受け止めきれなかった

交通事故程度で死ぬ人じゃないと思った。
病院に向かって冷たくなった彼を見た
看護師が隣に来て「あの、多分あなた宛てのものなんです、これ」そう言って気まずい顔をして小さな箱を渡してきた
将五くんは目の前で彼の死を見たと言っていた、私は走りに行った彼が帰ってくるのを待つためにお風呂とご飯の用意をしていた
安いバイト先でどれくらい働いて買った指輪なのかなと思った。

「ねぇ、ズルいじゃん」

2人きり、正式にいえば私1人だけ
走り続けて病院に来たから髪の毛はくしゃくしゃ、服だってスウェットなんだ
綺麗にされていて、まるで見ているだけだと派手な怪我も見えないから寝てるように見える
どれだけ喧嘩しても死ななかったじゃない
手を握ってみたらやっぱり私より大きかった、分厚い皮で


「ねぇ、愛してるっていってよ」


酷い人だなぁ、指輪なんて一人でつけて逝ってしまうなんて
私これからどうしたらいいんだろうなんて思わない、それ以上にただいつも通りの笑顔でいつも通りの言葉を言われたい

ありがとう
悪かった
いってくる
気をつけてな
大丈夫か?
綺麗だな

愛してる

当たり前のようなその言葉を言ってくれない人だっているのに毎日毎日くれてた鉄生さんが何よりも愛おしい
私のご飯が美味しいからってお礼にサービスで食べさせてくれたラーメンは正直微妙な味だったなんて今更いう

「…鉄生さん……私、あなたのこと愛してます」

愛してましたとか、好きでしたなんて過去形の言葉は嫌だ
この先死ぬまでこの人と続けていきたい
一人になった部屋のシングルのベッドに転がった、もっと大きいのがいいと言ったのに抱きしめて寝るからシングルのがいいとワガママをいってたあれも子供みたいだった
無駄に張り切って誕生日に買ってくれたコートなんてまだ1回も来てなくてクリスマスのデート用に置いてた


「鉄生さん、遅いなぁ」

いつまでも待ってる、たとえ違う姿で帰ってきたって文句言わない
私がお婆さんになって文句を言うのはあっちだし、だからそれまで未練たらしい女かもしれないけれど…許して
そして、またバイクに乗って帰ってきて、それまで手入れは任せてほしい
なに、バイクならもう得意だしプロなんだ整備士資格も取って5年なんてとっくにすぎてるから
そして帰ってきたら


「翔遅くなって悪かったただいま、んでもって今日も愛してる」

そう言っていつもみたいに抱きしめて。






















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