イヌ科イヌ属

※モブでしゃばり


自分の恋人は何処までも身勝手でミステリアスでスケコマシで最低だと彼女は認識している
けれど文句を言うことも無くいつの間にか3年半はそばに居る、初めの1年は決して上げなかった家にも合鍵を渡すくらいにはなったし、仕事が少し遅くなれば心配するようにはなった

「これの世話よろしく」

そういって1ヶ月と4日ぶりに家に帰ってきたその男が部屋に置いていったのは犬だった、そもそも動物に詳しくない彼女は家政婦のヴェデットにどうすればいいかと聞けば教えてくれた
ネットで調べれば犬は真っ黒な狼犬だった
何処で手に入れたのかと妙なことを考えながらも生まれて2.3ヶ月だと言われたその犬と暮らし始めた、時折帰ってきては犬が成長するのをみて楽しんだ彼はまたすぐに出ていく、遅くても次の日のAM:8:00にはいないのが当然だ
お陰で毎日彼の家に来なければならなくなった智華は文句を言いながらもそのアランと名付けた犬を嫌うことは出来ずに可愛がった

毎朝スティーブンの家に行き、犬の餌と散歩をしてから仕事に行き帰りにまた寄ってご飯と掃除と散歩をして帰る
そんな日々はまるで犬専用の家政婦の気持ちになった
何故そんな男の別れないんだと友達は強く怒るが何も思わなかった、彼がそうしたいならそうすればいいという考えしかなかった
悲しくも苦しくもない、ただ彼が隣にいればほんの少し心が穏やかになれるという程度
別れればいいと言われればその通りだが智華は別れる理由もなく、さらに言えばそれを言うことさえ面倒くさかった感覚でいえば昔馴染みのようなものになった

そんなある日のことだ
恋人、スティーブン・A・スターフェイズの家に向かっていた
いつもよりも遅くなった帰宅時間に今頃彼の家の犬は寂しそうに待ってるんだろうなと考えながら足早に謝るためのお菓子も買って向かった
合鍵を差し込んだ時からだろう、その空気感が分かるのは知らない香水の香りも酒の匂いも甘い香りも甘い声も
玄関からリビングに続いて寝室まで続く脱ぎ捨てられた服や下着、当たったのか犬用の水入れから水が溢れて空っぽになっていた、いつものソファーの上で眠る昔より大きくなったアラン、ベッドの軋む音に聞きたくもない女の声とそれを褒めるような優しい彼の声

「智華?」

「…帰る」

長い時間だった、終わるその時まで智華はリビングで犬を抱き締めていた
悲しそうにする飼い主よりも世話をする智華の顔を舐めて慰めようとする犬
行為を終えてようやく静かになった家の中で水を取りに来たであろうスティーブンは少しだけ目を丸くしたが特に気にもしてなかった、智華も何も気にしなかった

「これも返すし、ヴェデットさんにアランのこと頼むように残してるから安心して、別に文句は言いたくないけどせっかく片付けてもらったのに部屋の中グシャグシャだからできる範囲で片付けといたから…ごめん、帰るねバイバイ」

一言言おうとする前に智華は捲し立てるようにそう残して部屋を出ていった
目を丸くしたスティーブンは2秒ほど立ち止まった後に盛大に舌打ちをした、何事かと心配したアランが足元に引っ付くのを止めさせるわけでもなく頭を撫でてやった

「めんどくさいなァ」

その言葉は一人きりの家の中で無駄に響いたように感じた。

一方的な別れを告げてから早1ヶ月、友達や職場の子達に別れたと言えば嬉しそうに手を叩いた
三十路過ぎの自分はもう生涯孤独の身か…と少しながら考えてあの後はアランはどうしてるのかなんて考えながらパソコンに文字を入力していく

「和泉さん今日飯行きませんか」

「ランチはもう行ったので」

「いやいや、夜だよ彼氏と別れたんでしょ?奢るからさ」

「はぁ…」

32歳の少し年上の上司の誘いに断る理由もなく二つ返事で了承を取れば彼は嬉しそうに笑った、32歳に見えないような若い見た目に話し上手でよく笑って人の相談にも乗り女の人ウケもいいその人が職場の新人社員を食ってるなんて噂も聞かない話でない
そう思いながら智華は定時の鐘が鳴る中で椅子から立ち上がりロッカーに向かう
少し遅くなるから先に行っててと場所をメールで送ってきたそれを見ながら足を進めてついた異世界居酒屋のような場所に足を踏み入れた
名前を伝えればどうやら個室席らしいそこを案内され20分程待てば彼はやってきた

「おつかれ」

「お疲れ様です」

「ほんと和泉も御苦労だったな、彼氏長いけどほぼマンネリだったんだろ?構ってくれないらしいとか聞いたぜ、まぁ俺は新しい出会いなんてすぐあると思うからそんな落ち込まなくてもいいと思うけどよ、おっグラス空いてるし追加頼めよ」

一方的な話に相槌を軽く打ちながら話をした
ここで突然だが智華自身の悪い癖を一つだけ上げるとしたら、彼女は相手に合わせて酒を飲みやすいことだろう、だから相手の話のペースや飲み方に合わせて飲めばいつの間にか5.6杯はビールを飲みきっていたがその頃には随分彼女の頭は天国に向かっていた、異様なほどの眠気と身体の暑さを感じながら話を聞こうとするも集中出来ずにふわふわとした頭で聞いた
いつの間にか隣に来ていた上司にも不思議に思っても声には出さなかった、智華のパンツスーツの上の太ももを撫でる手を止めようにも手に力は入っておらず
まるで智華がモットと強請るかのように見えなくはない

「なぁ智華」

名前呼びになってることにも気づかずにふわふわの頭で目の前のグラグラと揺れたり分身する上司を見つめた

「あんなやつ忘れたいだろ?」

「んな、こと」

「素直になれよ、俺さぁテクの自身はめちゃくちゃあるんだよな」

「そっすか」

「だからこの後俺とセッ」

「酒や薬じゃなきゃこの子を落とせないんじゃ、無理だから諦める方がいいんじゃないか?」

あ、スティーブンの声がする
そう思うと不思議と何故か安心出来てしまった自分がいて智華は壁にもたれ掛かる
2人が何かを話してる事なんてわかりもしない、隣が少しだけひんやりとした氷のような空気が一瞬出た気がした

「あぁほんと君は俺を困らすよな」

呆れたような彼の声に「すてぃ、ぶもでしょ」なんて答えた気がした
彼の腕に抱かれるような感覚と額に落とされたキスの感触に夢だろうなんて思いながら目を閉じた
嗚呼、あんな事言ってたけど結局昔から好きが変わらないんだと少しだけ思った


次の朝、頭の痛さと腰の痛みと喉の痛みその他もろもろを引き連れて目を覚ませば目に入ったのは黒い温もり

「わおん」

そういって大きく鳴いたその子はスティーブンを押しのけてベッドの二人の間にいた
嬉しそうに尻尾を振るせいで腰あたりに当たる毛がくすぐったくなりながらも顔を舐められて思わず笑みがこぼれる

「起きたの?」

「おはよう」

目を覚ましたがすこしだけ機嫌の悪そうな顔に傷をつけた男を見つめた
記憶が淡いまま帰ってきた後ベッドに連れ込まれ滅茶苦茶にされたのは少しだけ記憶にあるが、全く自分勝手だと思った、自分は恋人がいながら女を同じベッドに連れ込んでるくせにと

「僕は別れてないからな」

「鍵返したじゃん」

「返しただけだろ、僕は別れるなんて一言も言ってない」

「浮気男とは付き合えない」

「それは否定しないけど、あーくそ分かったよ僕の1番は君だし、仕事上だよ察しろよ」

まるで彼は子供のように怒った、困ったような顔をして顔を赤やら青やら白やら黒やら忙しそうに変えた後に観念して胸に抱きついてきたあとに、弱々しく行った

「頼むから僕といてくれよ」

「…私の見えない所でしてよ、傷付いちゃうから」

「うん…ごめん」

彼の言い訳を並べれば、仕事上女の人と取引をする為にセックスをさせられようとしたが本番はしていない、何故家に連れてきたかといえばあの時間だと智華がいない、そして家の方が何かあった時に危険はない
などという事だった、職業は分からないが警察的な…等とはぐらかす彼に仕方なく話を聞いてやっていたし、智華はそれを信じる以外なかった、それを気にすることもないが目の前で行われればショックも受けるだろうと彼女は言った、その言葉にもスティーブンは謝った
そして何故犬を飼ってきたのか聞けば、捨てられていたと予想していた智華とは違いHLで高いお金を出して買ってきたのだという
理由としては犬を買えば毎日家に来てくれてあわよくばそのまま住む気にもなってくれるかも…との事だった

「これ以上言わせるなよ」

「…じゃあ、スティーブンにこの子の名前を教えてあげるアランっていうの仲良くするんだよ」

そういってアランを近づければ宜しくな。と撫でようとするスティーブンの手を勢い良く噛み付いた
どうやらこの2匹のイヌ科はまだしばらく仲良くできそうにないらしい、そう思いながら喧嘩をする二人を見て智華は小さく笑った。


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