shampoo

僕とかっちゃんは幼馴染だ
何処にでも何をするのも真似をしてついて行った、誰よりも努力家で誰よりもかっこよくて誰よりも強くて誰よりも素敵な個性を持つ彼を僕は羨んだ
僕らは何処までもライバルだった、喧嘩をした、よく怒るかっちゃんが苦手だった、でも嫌いにはならない
僕はいつも些細なことで泣いて怒られて個性を使われた、でも仲がいいから止められない
その内手が出るのも誰も止めない、男の子だもの傷くらいあったって。なんていう

「こら!かっちゃん出久くんのことまた泣かせてる!」

そして僕らは同じ人に初恋をした
「お姉ちゃん」と僕らは呼んだ
7つ年上の中学一年の彼女はよく笑って部活で傷をつくって、いつもシャンプーの匂いがする
個性だって強力で市立の中学からたくさんのスカウトが来たほどだ、けど彼女は遠くに行くのめんどくさいから。なんていって残った
そもそも彼女はかっちゃんと家が隣だ、よくベビーシッター替わりをしていたらしく、そこから知り合って僕とも遊ぶようになってくれた、言わばお姉さん兼お母さんのような、一人っ子の僕らは彼女が好きだった姉としても別としてもその内

「出久くん背が大きくなったね、私も抜かれちゃうかな?」

「うん!この間より3cm伸びてたんだ」

「凄いねぇその内オールマイトも抜かすかも!」

彼女は僕が無個性だったことに同情としなければ、残念がることもなかった
ただ一つ「それでも出久くんはヒーローになれる」なんて根拠の無い言葉を吐いてくれた
僕らが歳を重ねるよりも彼女は早く歳を重ねる、だから綺麗になる高校生にもなれば自宅から遠くても通うようにしているが会うことは減っていく、かっちゃんはまだ会うようで時々クラスメイト達の中で彼女だとか噂をされてた

「久しぶり出久くん」

なんて聞いたのは雄英に入ってからだ、オールマイトの事務所の事務員をしているのだと言った
とはいえ彼の事務所は大変大きいのだから事務員も大量にいる…中で彼女は正体を知って更には相棒代わりまで務めた、世間は彼女を大きく扱い「オールマイトに彼女か!」なんて取り上げた日にはテレビの前で食べていた夕飯を口から噴射した

「あ、うん久しぶり…デス」

「なぁに緊張してる?私も出久くんに会うならもっと綺麗にしてこれば良かったなぁオールマイトさんって酷いだから」

「HAHAHA、智華くんは充分綺麗じゃないか、それに君の口からまさか緑谷少年の名前が出るなんてびっくりしたよ、久しぶりの再会だろうゆっくりお茶しておいで」

オールマイトからの呼び出しを久しぶりに受けて、かっこいい姿で来いよ!なんて言われるものだからなんだと思えば現れた彼女に心底驚いた
綺麗すぎて眩しい、かわいい、いい匂いがする、夜の照明に照らされてキラキラ光る口元や目元が魔法みたい
なんて沢山考えてしまう、それぐらい彼女は昔から綺麗だが磨きがかかっていたから

「雄英入ってもう結構経ったでしょ、慣れた?私1年ぐらいずっと校舎の中で迷子によくなってたんだよね」

「うん、僕は今絶賛それだよ…」

「友達は?彼女は?ヒーロー科受かったんでしょ凄いじゃん」

「えっと友達はいっぱいできたよ、優しい人達ばっかりだしみんな個性凄くて勉強になるし、かっ彼女は僕なんかが出来るわけないって言うか出来たらすごいしなんていうか…まだいません、それとヒーロー科はほんとたまたまっいうか」

早口で話してしまう癖はまだ治らない、緊張するから余計だろうか背中や手のひらが汗ばんで仕方ない

「そうなんだ、でも全部出久くんが頑張ったからでしょ自信持っていいんだよ、かっちゃんもよく出久くんのこと話してくれるんだよ」

ずきりとした胸の痛みは嫉妬だとわかっている、僕らはまだお姉ちゃんが大好きだ
隣の家同士だから2人はまだ関係が続いてる、それさえ羨ましくて仕方なかった
けど互いに毎日会うわけでもない、たまにしか会わないのだ

「取り敢えずご飯いこ、お姉ちゃんお腹ぺこぺこだよ」

シャンプーの匂いから甘い香水の匂いに変わっていた、お姉ちゃんは、お姉さんに変わって、お姉さんから、智華さんに変わった気がした
僕の知らない誰か他人のような気がして少しだけ苦しくなる。


「いるくくぅん」

「はいはい、どうしたの智華さん」

「おねーちゃんってよんれよぉ」

僕は大人になった、智華さんは三十路手前
結婚に焦り始めた智華さんは婚活サイトや、パーティ、街コン、至る所を行きまくった
未だ人気の衰えを知らないオールマイトの事務所は忙しいが智華さんはそれなりにいい待遇を受けているらしく週末は毎週そうして出会いを求めてデートをして、酒を飲んでは僕に会いに来る
甘い香水の匂いに交じるお酒の匂いは彼女がもう高校生でも中学生でもないのだと実感させた

「いじゅくくんさぁ、彼女はぁ?」

「いないって、それ先週も聞いてるし」

「…らってぇ」

智華さんは世間一般で言えば可愛いより綺麗なタイプだし、でも芸能人とかじゃないクラスにいればまぁモテる方、カースト上位みたいな人だ
たまたま僕の仕事で知り合った人が合コンで智華さんに会ったと聞いた時に聞いた話だとあれはダメだ。なんて言っていた
知るかよ。なんて毒を吐くだって当たり前だ僕は彼女が欲しいのに見向きもされないんだ

「風邪引くよ、僕明日も仕事だしそろそろ寝なきゃ」

「出久くんさ、わたしのこと、嫌いになった?」

あぁだから、なんであなたは僕のこと好きじゃないくせに勘違いさせるような眼をして、顔をして言うんだろう
それがどんなに狡いことか分かってもいないんだろう、細い腕で白い肌でピンク色のグロスが光って、そんなつまらない社交場の為の綺麗な格好で、惑わせてるのに

「嫌いって言ったら、もう来なくなるの?」

反抗的な僕を許して欲しい
顔を背けてソファーの上で膝を折り曲げて子供みたい、昔はもっと彼女の方が大人だったじゃないか
汗の匂い、シャンプーの匂い、傷跡も、今はもう全て消えて僕の知らない智華という女になった癖に

「いや」

甘い声で言うくせに

「嘘だよ、ごめんね智華さん、もうおやすみ」

僕は彼女の額にキスを送ることも、手を繋ぐことも出来ないままだ
何も言わないまま部屋を出て寝室に行く、明日起きればどうせまた彼女は朝から味噌汁を作ってくれる
それを飲んで月曜日は出勤だ、その味噌汁が少しだけ塩っ気が強いなんて感じながら。




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