君がいなけりゃ僕はない

岸辺露伴はこの日本中いや世界中を魅了した漫画家の一人だろう
ピンクダークの少年の連載も長い中様々なトラブルに見舞われつつも今も尚五体満足健康的だ
何故開始1行目から岸辺露伴の話をしたのかといえば、彼と彼の妻の話だからだ

岸辺智華は彼の高校時代の先輩だ、変わり者で偏屈な彼は昔から人に好かれない性格でそんな彼と付き合える彼女はその正反対に誰からも好かれやすい社交的、八方美人と言うやつだ

意外にも惚れたのは岸辺露伴だった
図書室で騒ぎまくる五月蝿い運動部に喝を入れたのは教師でなく彼女で更には見た目とは裏腹に読んでいる本が広辞苑なものだから内心ぷっ。と笑った
露伴は学生時代からずば抜けて素晴らしい画を描いていた

「いつもいるね、君」

「…」

いつもなら手をとめない筈がその女性の声に反動的に止まった、集中していたものがぷつんと切れる音がした

「漫画家なる予定?画家?」

「どうだっていいだろ、あんたみたいに毎日暇して広辞苑なんか広げてないんだどこかに行ったらどうだい」

「好きで広辞苑読んでるんじゃないよ、あれ?好きで読んでるのかな」

「好きじゃないのかよ」

「うん、ほらうちの担任ってよくむずかしい4文字熟語とか漢字とか言葉使うから分からなくてね」

「なんで聞かないんだよ」

「図書室来てる方が真面目そう。って思われそうじゃん」

あほらしい
最初に思ったのはその一言、いままで遠目に見てた女はこんな感じだったのかと小さくため息さえ出そうだった
勝手に取られたスケッチブックも、渡されるイタリアの資料も、全く勝手な女の人だ。なんて思いながら珍しく露伴は彼女を追いやらなかった
追いやらないと言うより、毒を吐いても彼女はゲラゲラ笑いながら「露伴くん私より頭いいよね」なんて馬鹿なことを言う

そんな女と早5年は過ぎて、いつの間にか結婚をした
結婚式という経験もまたひとつの漫画のネタになるからとしてみれば意外にも露伴は涙脆かったらしく、新郎の控え室でウエディングドレス姿の妻智華をみて涙を零した後に顔を拭い、スケッチブックとペンを片手にその場で200枚以上スケッチを残しては満足そうな顔をした

それからさらに5年
子供ができる様子も欲しい様子もない2人、智華は大手銀行員を、露伴は未だに売れっ子漫画家
それはもう普通の家庭よりも遥かに裕福な生活ができていた

「あー、露伴くん私のプリン食べたでしょ」

「知らないよ僕じゃない、そもそも君のなんて名前は書いてなかった」

「それ食べた人が言う言い訳でしょう」

「…冷凍室の奥にある」

「そんなんで許される……許す」

智華は露伴にとって気が楽な女性だった
文句を言わない、ヒステリックにならない、意見はハッキリ言う、自分を理解している
これ以上に最高なものは無いと思えるほどだ、智華と付き合って10年は経ったが学生時代などは別れたりもした、漫画家が本業になれば疎かになり面倒になり別れもした
そして新しい女が来るが拒んでも望むものは放置したがやはり彼女がいいとなる。

「今週もTWOPEACEおもしろいねぇ」

「ハッ、編集の言う通りにし続けた結果があれなら僕は辞めるね、画力も変わらないし話もそこまでじゃないか?それよりもピンクダークの少年を読めよ」

「何それ他の先生に失礼だよ全く、って言うか私ピンクダークの少年に関しては最速で読んでるからいいの生原稿で読んでるファンは私くらいだよ、広瀬くんでもないことだからね」

「そりゃそうだ、君は住んでるんだからな」

「出ていこっか?」

「バカ言うな」

ふんっと言いたげな顔だが、智華はこの何十年の付き合いで露伴という男の扱い、話し方、嫌味、大体は理解してる
彼は彼の特別な人にとっての1番でいたいらしい。完璧じゃなくていい、ただその人の特別になりたいのだ
一方的な愛は求めていないといえばいいのだろうか、彼と犬猿である東方仗助という男に関してはいつ会っても噛み付き合う程、けれど愛するものに大しては何処までも愛情深い男である

「そういやオヤジさんは大丈夫なのか」

「うん、退院したし最近忙しかったから疲労で倒れたーって言ってたよありがとね露伴くん」

「別に君を心配してるわけじゃない」

「知ってるよ、はい1口どうぞ」

口の中に入ってきた甘ったるいミルクティーのアイスは思ったよりも味が濃かった、というよりも2つあって普段食べているチョコレートバニラでなく限定のミルクティーを選んだ彼女に内心露伴はムカつきを感じた、普段は食べないくせにと思って。
とはいえ嬉しそうに美味しそうに食べる2つ上の妻は相変わらず嬉しそうにそれを食べる、子供のような笑顔をして人懐っこく誰もの懐に入る
入られた側として思うことは彼女は何処までも不思議な魅力を持つ、まるでスタンド能力のようにさえ思えるほどに

「なんだよ」

「ううん、難しい顔してるからかわいいって」

「僕ももうすぐ30代だぜよくいう」

「変わらないまま成長するのが嬉しいのよ奥さんは」

「…君はいくつでも綺麗だよ」

「ありがとう」

露伴は人を褒めることが少ない、けれど智華は例外だ
彼女がいえば返す、けれど本音以外は絶対に言わない嘘もつかない、1度彼女をヘブンズ・ドアで見た日は酷く後悔をした
何処までも親よりも露伴を想う気持ちが綴られていたのだから恥ずかしいと思いながらも彼は答えてやった、それで彼女が小さく嬉しそうに微笑むから

「ね、露伴くん私来週大きく休み取れたんだ」

「ならスペインあたりにでも行くか」

「うん、いいね」

太陽のように感じる、日差しが気持ちよくてその場所から離れ難い
岸辺露伴は智華が好きだ、それを自覚した日からその呪いは解けないままで山岸由花子の気持ちさえも分かってしまうほどだった
こんな小さな優しい笑顔が守れるならばどこまでも愛を伝えよう、そしてどこまでも永遠に守り抜こうと彼はあの白いウエディングドレス姿の彼女に誓ったのだから。

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