B級ラブストーリーズ
心操人使に出会ったのは中学2年の秋頃だ
昼間は初夏のような暑さのくせに夜はぐっと息も白くなりそうなほど寒くなるような異常気象。
たまたま貰った映画のチケットは最近人気のラブストーリー、1人の女の子と男の子、どこまで歳をとっても女の子は変わらない姿かたちをしていてヴァンパイアだと気づき彼は少女を拒絶して……
「よかったらどうぞ」
その日はどうも何もかもが辛い日だった、上手くいかなくてムシャクシャして興味のない映画を見て、思わず泣いた
隣に座る気だるそうな顔をした紫の髪の少年がそっとティッシュを渡してくれた、それが私と彼の出会いだった
気だるそうな彼はいつも映画館の一番後ろの真ん中を取って映画館で買ったホットコーヒー片手に映画を見る
それを知ったのは友達と映画を見た時だ、普段映画を見ない人間だから故に1人で映画を見る彼が変わっているように見えた
「この間の、人ですよね」
「えっとごめん、覚えてなくて」
「…あっあの、映画館でティッシュ渡してもらってあの時映画だったからありがとうっていえなくて」
それが言いたいがために家から3駅ある映画館に来たのだ
自分が馬鹿にも思えたがそれを言わないのもどうかと思ったのも事実、彼は少し考えた後に思い出したような顔をした
「別によかったのに」
「いえ、もしよかったらこれお礼代わりに」
「いいの?」
「はい」
そう言って渡したお礼は映画の無料チケットだ
ご飯でも。なんていう事を言うのは相手だって気を使うかもしれないと思ったから映画が好きならちょうどいい気もした
「今度じゃあ映画行かないか?」
「…へ」
「嫌ならいいんだ」
まさかそう言って貰えると思わず嬉しさのあまり変な声が出た、急いで言葉を飲み込んで頷いた
心操人使は人より努力家で、人よりも遥かに気を使う性格だと理解した
「雄英目指すことにした」
「…ヒーローになるの?」
「直ぐにヒーロー科は無理だってわかってる、けど俺は自分の力でなりたい、雄英は普通科からヒーロー科に行ける可能性もあるからヒーロー科で無理でも普通科で受けようって思って」
「そうなんだ」
ヒーローは誰もが憧れる職業
誰もが1度は目にした事のあるもの
否定する気は元からなかった、彼の個性が難しいものだとも知っていたから
1ヶ月に1回見に行く映画の度に彼はまるで遠く離れていった、ヒーローに確実になって行った
まるで自分だけ置き去りにされた子供のように
「智華は学校はどうなんだよ」
「普通だよ、女子校だし私もヒーロー科じゃなくてデザイン科だから関係ないし」
「将来的にデザインコーディネーター目指してるんだろ」
「けどまぁ難しいよやっぱり、心操くんみたいに上手くいかないや」
羨ましさよりも虚しさが心に残るのは何故なのか
彼の体は中学の頃よりも大きくなった、声も変わった、目も、手も
「…なんか私だけ置いてかれたみたいって何言ってんだろ」
「そんな事ない」
彼は純粋だ
まっすぐとした瞳で人を見るのだ、それが何処までも心を汚くさせてる気分にもなる
月一度の映画は2ヶ月、3ヶ月、半年、1年なんて段々行かなくなった
メールだけの関係になった自分達は大人になった、恋人が出来るわけでも仕事が特に上手くいく訳でもない色のない人生はテレビの中で活躍する彼と有料動画サイトでみる映画で埋められた
昔は映画なんて好きじゃなかったのに、だなんて考える
知らない訳では無い、自分の幼い恋心に気づかない訳でもない、ただそういうものじゃないだろうと自分達の中に押し込めて押し込んで潰して消した
それこそが正しいと感じたからだ
「心操くんまた出てるや」
凶悪な敵に怯むことなく、まるでイレイザーヘッドみたいに捕縛武器を使って飛び回る姿は誰もが思い描くヒーローなのかもしれない
彼のインタビューが乗っていれば雑誌を買うし、テレビに出れば予約した、誰がなんと言おうと彼の1番のファンは私だと思いたいと思う癖にメールは昔と変わらない素っ気ない話ばかり
『新しいゾンビ映画見たか』
『ウォーキングジョギングゾンビーズならまだだよ』
『久しぶりに行かないか』
夜中23時過ぎに来る日課のメールは珍しい映画の誘いにスケジュール帳カレンダーアプリ全部を調べて、予定のない日を探す
『7日なら平気』
『夜でもいいか?』
『いいよ』
7日は明後日だと気づかなかった、休みがないのにデート服をどうすればいいかも分からず次の日と前日に有給をもらって買い物をした
ネイルだって新しく変えた、髪色だって新しく染め直した、パンプスも買い換えた、リップもデパコスを新調した
はぁっと大きくため息をついてスマホを覗けば彼からのメール
『席取っといたから先待っててくれ仕事で遅れた時はごめん』
なんて律儀に一つだけQRコードが送られてきた
なんと言っても今を時めくヒーロー、雄英出の元普通科努力家ヒーロー、無気力そうな顔をしながらもすることはする男、隠れファンが多いヒーローならば彼が上がりやすいだろう
でもこんなことは自分だけだなんて優越感に浸りそうにもなる、なんとも愚かなことか
映画の時間より1時間早く来たチケットを交換してスマホを見ても彼は来ない平日のレイトショーだからか人は普段の倍以上に少ない、いるのは2.3人程度
そこに紫髪はない、仕方なく時間まで待って始まる前に彼の好きなホットコーヒーと自分がよく飲んだカフェオレを持って中に入る
予告が始まり映画の本編が始まる、映画はB級のせいか一人もいない
映画が終わろうとする、自分の夫がゾンビになってしまったせいで妻が夫を撃つか悩んでいた
2.3人いた客は面白くなさすぎて帰ったり寝たりしてる
早く終わればいいのに
なんて冷たい言葉だろうか、指先で髪の毛を遊んだ、彼は大人になったんだ私はいつまで期待しているんだろうか馬鹿らしいなんて思って足を見ていた目線を上げた
「悪い」
紫髪の彼はいつもよりも遥かに髪の毛をボサボサにさせていた
「…そっちの列じゃないよ」
前の列で自分の前に立つ彼にそういえば彼は疲れたように肩で息をしていた、知らないメンズの香水の匂いをさせる彼は本当に誰かわからなくなりそうだった
もう夫の意識は無くなりかけていて、殺してくれなんて強請っていた、愛しているわと妻が言う
「映画見えないよ」
「興味ないだろ」
「来てくれないって思っちゃった」
ニヘラっとだらしなく笑った
なんだか情けなくなってきた、笑えてるのかわからない
移動した彼が隣に座ってホットコーヒーを飲んで画面に集中するものだから真似するように見つめた
あと数分でこの映画は終わるのに意味が無いなんて思ってしまう
そう思う間にエンドロールが流れ終えて、映画館の中は静かにゆっくり明るくなる準備をし始めようとする暗闇の中だった
「智華の人生が欲しい、死ぬまでも死んでからも永遠に」
彼の顔は赤い夕日みたいだった
「いいよ」
チンケな答えだ、もっと可愛い言い方があったなんて後悔する時にはもう終わりだ
彼は嬉しそうな顔をした
「こんな映画でも行けるんだな」
なんて変なことを言うものだから思わずそれならラブストーリーにしなよ。なんて無駄口をたたく
スタッフがやってきて上映終了ですよ、なんて声掛けしてくれるものだから2人して急ぎ足で出た
握られた手はゴツゴツして暖かすぎた
「なぁ智華」
「なに心操くん」
「好きだ」
まるでその顔はあの日であった時みたいに、あの日ずっと映画のスクリーンに夢中になった時とおなじ、嬉しそうなドキドキしたような少年の顔をしていた
何も変わって等いない彼の表情にそっと安堵して彼の胸に顔を埋めた
「ロマンチストなら、B級映画を餌にするのやめてよ」
なんて馬鹿な言葉を吐き捨てて。
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