そしてひとつ、大人になる


大人ってなんだっけ
そう思いながら公園のブランコに腰掛けた

「大丈夫か智華くん」

そう言って話しかけてきてくれた元同級生の飯田天哉はメガネからコンタクトに変わっていた
高校を卒業して早12年目、30歳になる自分たちの3度目の同窓会を終えた
ヒーロー活動を続けるものもいれば、ヒーローをやめたものもいる、みんなそれぞれの道を行く中で自分はヒーローを辞めた側だった

「へーきへいき、つか飯田くん心配し過ぎ」

「当たり前だ、もう終電もない時間に女性一人で居させられるか」

「一応これでも私雄英卒だよぉ、いちお元プロヒーローなんだからさぁ」

「それでも君は女性だ、ヒーローだろうとなんだろうと心配なものは心配だからな僕は帰らないぞ」

昔からこの男はそうだった、なんて思い出す
雄英時代から智華はいわゆる不良が抜けない生徒だ、不真面目ではないがタバコも酒もした、髪の毛だって金髪で長いネイルをして濃いメイクをして、色んな若い恋愛をした

「おい!いい加減にしたまえ」

そういって止めたのは教師でも親でもない、この委員長だった
智華は不安定な少女だった、けれど大人は誰も受け止めなかった、あの子はそういう子だから、あの子よりもっといい子は沢山いるから大丈夫、あの子はもう要らないのだ
両親は彼女を真っ当に生かすがためにヒーローという道だけを渡した、お陰で彼女はヒーローになれたがメンタルは違う、助けれない人間がいて、自分だけではどうしようもなく、そんな世界に苦しくなった

「君は変わらないな」

「…飯田は変わったよ」

高校の時に出会ってから身長は少し伸びてガタイは更に良くなった、お兄さんに似たのかもっと爽やかな好青年らしさがでた、メガネだって消えた、今もまだ謎な動きは少しある、インゲニウムの名前に恥がないように彼は今を生きている

「俺は変わらない、みんな変わってなんかないだろう」

「…そんなもんかな」

「そんなものさ」

飯田と私は月に何度か会うようになったのは24歳の頃だった、ヒーローをやめて2年ちょっとの時に街で夜遊びしていた所を助けられた、カタギじゃない男達に執拗いナンパを受けている時にやって来ては軽く話して追い返した彼はすっかりこの街のヒーローだった
その瞬間に現実はまた苦しく変わってしまったのだ

隣のブランコに座った彼が微糖のコーヒーを片手にゆらゆらと揺れる
それと反対に隣座る自分の手には500mlのビール

「帰らないのか」

「もう電車ないしね、その個性で送ってくれないの?」

「私用で個性は使えないし使わないぞ」

「知ってるよ」

全く冗談が相変わらず通じない男だな。と智華はため息をついた

「俺の家に泊まるか?」

そう言った彼にもう高校生の頃の彼を重ねることは出来なくなった




「おはよう智華くん」

「…おはよ飯田くん」

ベッドから降りてリビングに行けばウインナーの焼けたいい匂いがして椅子に座る、テーブルの上に置かれたパンとスープに追加で増えた大きめの皿にはスクランブルエッグとベーコンにウインナーが乗せられている、更にヨーグルトとコーヒーまで置かれて彼を見上げた

「こんなに食べれない」

「食べるんだ、というか君は服くらい着てくれ」

目のやり場に困るじゃないかと言いながらボタンを上まで閉めてくれ、奥からスウェットのズボンを出してくれた彼は面倒みの良さに磨きがかかってきた
よく見ればコンタクトではなくメガネのままだ

「自宅はメガネなんだね」

「ん?あぁヒーロー活動の時はメガネだと壊れやすいし外れたら大変だからな」

「ふぅん、今日休みなの?」

「あァ君もだろ」

「うん」

「そうか」

短い言葉が途切れてテレビのニュースを流し見する
目の前でメガネの奥の瞳を鋭くさせて睨みつける、敵は一向に減る様子も犯罪が消える気配もない、毎日消えない悪に立ち向かう彼の腕を見てわかるように傷は消えない

「仕事順調なんだって?」

「あぁ昔兄さんをサポートしてくれていた人達がさらに来てくれて事務所もまた広くする予定だ」

「人気もそうだけど絶好調だね」

「とはいえ緑谷くんや轟くんには勝てないがね」

「アソコはまた別格でしょ、一緒にしたらしんどくなるだけ」

「勿論だ、彼等には負けてられないからな」

「飯田には飯田の良さや、強さが沢山ある、それはアンタを支えてる周りみんなが理解してる、だから背中だって押してくれてるんだから自信持って無理するくらい頑張ったらいいんだよ」

そういってパンを齧りつけば彼は黙った
ふと顔を上げて前を向けば彼は真顔だ、変なことを言ったのかと思いながらも咀嚼してテレビに顔を向ければヒーロー、インゲニウムがフロッピーとの熱愛についてのコメントを流していた、結構前の話なのにまだ掘り返すか…などとくだらなくみつめた


「結婚しよう」




目の前の眼鏡は何を言ってるんだと目を丸くした
テレビに出るインゲニウムはいう

『私には今好意を抱いている女性が居ます、なので元学友でありヒーローフロッピーとは一切関係ありません。』

テレビを見たあとにもう一度前を向こうとしたら彼は時点に膝をついてジュエリーボックスを開いていた

「俺は君が好きだ、結婚を前提の付き合いでもいい一緒になってくれ」

30歳のそんな日、まだ少し眠気がある朝、彼は真剣な顔をしてそういうものだから答えが出せないまま指輪を受け取った



大きく欠伸をして目を覚ましてリビングに行けばまだ少しひんやりとした朝の空気に体を馴染ませる
小さな音でテレビをつければインゲニウムの結婚で未だ盛り上がっている
冷蔵庫から適当に卵とウインナーとベーコンとパンを出して適当に焼いていく、時計が7時になればバタバタと部屋がうるさくなっていき7時45分、全ての用意のできたらしい彼が席に座る

「いただきます」

「どうぞ」

テキパキと食事を食べ終えれば歯磨きをしてジャケットを羽織りカバンを持って玄関に向かうのを追いかける

「じゃあいってくる」

「行ってらっしゃい天哉くん」

そういえば彼は小さく頬にキスを落として出ていった
左手の指輪はまだ見慣れないが今日も光り続けていた




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