素直じゃない




「ちょっとちょっと何なのさマジめんどくせぇ」

「五月蝿い、いちごミルクだって言ったじゃんか買い直し」

「いやそれもいちごミルクじゃん何が気に食わないわけマジムカつくんだけど」

「字も読めないの?それっていちご牛乳だけど、私頼んだのは"いちごミルク"ね」

はい、買い直しね。
そう言いながら財布を投げつけた女子にかの稲実実業野球部の白きプリンスこと成宮鳴は憤怒した、が文句を言いつつまた教室から出ていった
一番後ろの窓際の席で窓を開けて外を見るその子は椎名花音、成宮鳴の1番の親友(自称)兼幼馴染だった
あのワガママプリンスを更にワガママで振り回せるのはこの世界この学校この銀河系でも花音くらいだろう、その姿にはあのバッテリーを組んでる原田雅功を驚いたレベルだった
そうは言いながらも成宮と長年連れ添ってきたらしく野球の知識や経験も豊富な彼女がストッパー役兼マネージャーとして来てくれた事は大きなものだった、1年の時から誘ってはいたがなかなか乗り気ではない花音が腰を上げたのは成宮が甲子園で敗北をした時だった、幼馴染だから嫌でも分かるのだと彼女は言う、悔しさや悲しさや嬉しさがまるで双子の兄弟のように

「花音さんまた成宮くんのことパシってる」

「性格ほんと最悪だよね」

教室の端で盛り上がる女子の会話の8割なんて他人の悪口で花音の事が上がりやすいことなんてよくある光景で、顔も良ければスポーツもできる男が高校でモテないわけもない
だから僻むのだ、話しかけて相手にされない女子が
成宮は無視はもちろんしないが分かりやすく他人との壁を作る上にファンサービス以外に女子にさほど興味が無いのは花音はよく理解している

だから吹奏楽部の1年に告白をされた時も自慢しても即答で拒否した
彼にとって野球以上の恋人など居ないのだと花音は分かっている、それが短いとはいえ16.7年の付き合いであれば何となく分かってくるのだ

「ほらよ!」

「遅かったけどまぁいいや」

「ほんとお前ワガママだね、そんなんじゃ彼氏できないよ」

「別にいらないからいいし、つかお昼終わるよ」

「もう食べたからいいよ1口頂戴」

「ん」

ストローを向こうに向ければ小さく淡いピンクの唇が白いストローを咥える、伏せられた長く白いまつ毛に影の伸びた部分も白い髪の毛も全部が女子を魅力的にするな。とふと思った
女子よりも可愛い顔をしているしそれを理解してるからこの男は厄介なものだと内心毒づいた
終礼が終われば走るように部活行った成宮の後ろを追うように花音は荷物を片手に歩き出す、クラスの端っこでまた小さな陰口が聞こえる

「言いたいなら直接いいなよモブ」

そう吐き捨てて歩き出す、あぁ清々したなんて少し思いながら別の教室からでてきたカルロスに軽く挨拶をして歩きだす
ジャージに着替えて挨拶をして部活を始める、今日も人数の多い稲実のマネージャーは少ない、というよりも居ないのだ長く続かない、監督の怖さと部活の厳しさ中途半端な気持ちで来ても直ぐに退部になりやすい中花音は業務をこなすだけの日々になれた、もとより仕事は早い方だ
タオル片手に備品の掃除をして、ボールを全部終えて重たいカゴを持ち歩く

「あっごめん」

そう言いながら角から出てきて、足を出してきた女子は先程教室で可愛くもない陰口を叩いていた4人組だ
楽しくもないのにニヤニヤと笑って転がり落ちたボールにハァっとため息をつく、黙って小さく睨めば「言いたいことあるの?」と言い出す
楽しそうに4人は笑うものだから思わず手に取った野球ボールを強くぶつけてやったか弱いふりをして「いたぁい」なんて言う女子に可笑しくなってクスクス笑うのはこっちの番だった、それにむかっ腹を立てて起き上がろうとした花音を今度は突き飛ばした

「成宮くんの幼馴染だからって調子乗んないでよね」

こういうことがなかったのかと問われるとない事は無い、昔から成宮は女の子にモテた上に優しい
それは上辺や自然なもの全て含めて、計画性があってもそれでも女子は勘違いするのだ

「だったらあんた達もマネージャーしてみたら?あっ監督にクビにされたんだっけかごめんね?じゃあ仕事あるから」

これ以上されると仕事の迷惑だと伝えれば彼女達はもう言葉も出なくなった

「遅かったな」

「別に転けちゃったの」

「はぁ?ドジだなぁ」

グラウンドに戻れば気づいたカルロスにそう言われて少しだけ付いた土を落として片付ける
ふと左足が痛いと気づいてジャージをまくれば血が思ったよりも多く流れていた、はぁ…っとため息をついてそれを監督に見せれば保健室にいけと言われ足を進める

「ちょっと!」

「…なに」

少し高い男の声にため息をついて振り返れば廊下を走ってきたのは見慣れた白い幼馴染
見られたくなかった。と内心小さく思いながら隣を歩く成宮に部活に戻りなよと可愛くもない答えを出す

「あのさぁ、ほんと俺はいいけどもっと素直になりなよ…これも転けたって誰かにされたんだろ」

「そんなことないし別に鳴に関係ないじゃんか」

「そう言ってきたこと全部俺絡みだった」

「本当だし、別に鳴に関係ないしどうでもいいじゃん」

「馬鹿!」

ふと顔を上げて成宮をみれば、彼は泣きそうな顔をして花音をみていた
泣かせたいわけじゃなかった、思わず成宮の頬に手を添えて慰めるように何度も指で撫でる

「知ってんだから、お前が俺のこと誰よりも考えてくれてるの学校遠いのにここまで来たのも、なんでマネージャーになったのかとか、女子の嫌がらせとか陰口叩かれてることなんて、俺がわからないわけないだろ!」

「別に鳴の為じゃない、私がそうしなきゃ面倒なだけだしなんで、なんで泣くのよ止めてよ私別に平気だし…鳴が野球してる姿みてるだけで満足だしだからやめてよ、勘違いするじゃんかさ」

どうして成宮が文句を言いながら言うことを聞いてくれるのか、どうしてそばにいてくれるのか、分からないわけはなかった、けれど知らないフリをして目をつぶっていたのにお互いに涙が出て止まらなくなった
足が痛いからじゃないことはわかっていた、廊下の真ん中で強く抱きしめられて少しだけ左肩が濡れる感覚が分かった
胸に顔を埋めて鼻を鳴らした、だから嫌だったんだこの恋を自覚することなんて、そう思いながらも暖かいその胸が心地よくてそっと背中に腕を回した、グラウンドの野球部の声が今日もまた大きく響く。