ユースタス・キャプテン・キッド


ダメという声を飲み込まれ、イケナイという考えを捨てきれず、けれどその若い体に触れる度"女"としての欲を暴かれて、全てを喰らい尽くされてしまいそうだった。

シャワーの音が部屋に響いた、女はタイツに足を通してスカートのファスナーをあげて髪の毛を結い直す
いつの間にか消えたシャワー音と開いた扉に顔をあげれば赤い髪の男がまた今日も不機嫌そうな顔をしていた

「帰るのかよ」

「もう時間だから、まだいるの?」

「…こんなとこ一人でいれるかよ」

「別の女の子呼んだらいいじゃない」

からかうようにそう言えば苛立ったように彼は近付いて塗ったばかりの口紅を乱す、彼の厚い舌が絡んで互いの熱を高めようとして足の間に入った彼の太い足が股ぐらを撫でた

「っん、もうだめ」

「延長できるだろ」

「ダメです、帰らなきゃ今日は帰り早いかもって言われたんだから」

「どうせンなことねぇよ」

「………そう思わせて」

彼の言葉に少し苦笑いを浮かべれば彼は罰の悪そうな顔をしてシャツに腕を通した
女は枕上のライトの近くに置いていた指輪を左手薬指につけて靴を履いてルームキーを持つ、その間に用意を終えた男も同じように靴を履いてエレベーターを呼んだ

「次はいつがいい」

「キッドくんに合わせるよ」

「…なら明日」

「若いねぇ、明後日ならいいよ

チンと音を立ててドアが開けば乗り込もうとする若いカップルが降りる2人を2度見した、こんなことは慣れている
フロントのチャイムを押せばスタッフが現れて会計の値段を言う

「あっキッドくんポイントカード頂戴」

女が慌てて声をかけるものだから、財布の中にある大量のポイントカードを渡せばこれでもないそれでもないと言ったあと「あっすみません、ポイントカードあります」と声をかけて1枚のカードを店員に渡して、同時にトレーに1万円札を置いた
ポイントの付けられたカードを返されて(お前が持ってたらいいだろ)と言いたくもなるがそれが出来ないことを知ってるキッドは黙って財布に戻して会計の終えた彼女の背中を追いかけるように歩く

「どっか行くか?」

「ンー、今日はダメあの人が帰ってくるかもだから、じゃあまた連絡するね」

そういって女は車に乗り込んで車のサンバイザーに掛けていたサングラスを掛けて行ってしまった
帰り際のこの時間はいつも苛立ちが積もるなと男は思って舌打ちをしながら歩き出した。


ユースタス・キッドくん
と呼んだ彼に出会ったのは、興味本位で入れたマッチングアプリからだった
軽い気持ちだった、同じ結婚をしている友人が「私最近マッチングアプリでマッチした子と遊んでさァ」という下世話な話だった、この歳になれば不倫も離婚もよく聞くことで驚く事も不思議と嫌悪感もなかった
その話が出たこと自体この結婚が終わりに近付きそうだったカラかもしれない、仕事続きで家に帰らない夫、子供も居らず2人きりの家もいつの間にか1人きり
新婚の頃のような触れ合いもなく、愛の言葉もなく、残されたのは桁の大きな通帳、何を買っても怒られず、何をしていても言われない、それならいっそ…と言い訳をするならば魔が差しただけだ

「あんたがナマエか」

「あなたがキャプテンキッドさん?」

マッチングアプリを始めれば即座に男性たちからメッセージが来た「人妻好き」「熟女好き」「兎に角デートがしたい」なんて欲望にまみれたソコは比較的まだ健全なマッチングアプリだと紹介を受けたがそれでもこんなに情熱的なのかと驚いた
その中の一人ニックネーム"キャプテン・キッド"は赤い髪に逞しい体でプロフィールには「年齢問わず、趣味は筋トレとバスケにサーフボード、大学3年」と記載された彼にハートマークを送れば即座に"マッチング完了"と表記がされて少し驚いてしまったのだ

「結婚…してるのか」

「あっ、うん、ごめんなさい」

「アンタはそういうつもりで来てるんだよな」

フレッシュのみ入れられたコーヒーを飲んだ彼が言った、彼の赤い唇は美しくその形を作るように口付けられたマグカップには綺麗なリップの跡が残されていた
彼の言葉に声も出さず小さく頷けば返事もされず会計をされ、手を引かれホテル街に連れ込まれる
こういうのって2回目からじゃないの?とナマエが問いかければ、彼はまるで何も知らない子供に笑うみたいに声を出していった

「マッチングアプリ使ったことねぇだろ」とその後すぐに
「女と男が出会いを求めるってことはセックスするためだろ」と野獣のようにいって適当な部屋に入ってすぐあのマグカップに触れていたはずの唇が自分に重ねられた
夫とは違う身体、若さ、匂い、カタチ、長さ、硬さ、心地良さ
全てが自分を変えていくようだと感じて目を閉じて全てを委ねた、数年ぶりのセックスはとてつもなく気持ちよかった


「ただいま」

静かな広すぎる家に帰宅してカバンを置いてもう一度シャワーを浴びて服を着替えて夕飯の支度をする
スマホが震えて覗けばキッドからURLが送られてきて「行くぞ」と一言メッセージが飛ばされた、開いてみれば食器や雑貨などの即売会でアンティークものから最近の作家のものまで取り扱われており相変わらず趣味をよく理解してるなと感心して「嬉しい」とくまが踊るスタンプを送り返す
夕飯を作り終えて予定時刻を過ぎること30分、スマホが震えれば「すまないが帰れない」と差出人は言われなくても分かるメッセージを見つめて冷めきった夕飯を温めた

「こんなのよく知ったね」

「知り合いが教えてきやがったんだよ」

「素敵な友達じゃない」

「俺ァ興味ねェよ」

「知ってる、でも着いてきてくれてありがとね」

老若男女問わず程よい人で賑わう即売会
ちょうど好きだった作家の新作のデザート皿とスープ皿を購入して満足そうなナマエを横目にキッドも気に入ったカトラリーセットを購入していた

「仲のいい親子なんだね」

ふと売り手の老人にそう言われナマエは隣を見ればキッドは確かに若い青年だ、自分と比べればシワも無ければハリもある体のありとあらゆる部分が違い
40近くの自分と並べばほぼ親子、よくても姉弟であるなと苦笑いをした

「生憎恋人だ」

「そりゃあ悪かったね、お詫びになにかサービスするよ」

「これ貰ってくぞ」

キッドは早口でそう言って小さな指輪を奪うようにもらい、隣のナマエの手を引いて歩き出す、もう散々みたのだから文句を言うつもりは無い
いつものホテルのいつもの部屋をいつも通りホテルキーを奪ってエレベーターで駆け上がりドアを開ける

「あっ、んフッ…きっ、ど…まって」

「待たねぇよ、オラ口開けろもっと…もっと」

両手を押えられて唇を噛み付かれるようにキスされる、互いの口紅が歪んで舌がどちらのものか分からないほど絡まりあって、興奮した彼に少し体が持ち上げられて足がふらりと宙を浮く
子宮がドクドクと心臓のように音を立てて彼を望むのが分かる、食器の入った紙袋を床に置いてベッドに連れ込まれ
服も雑に脱がされて2人して交わった
大きな彼の背中に手を回す、慣れた彼の大きな手がブラジャーのホックを外してパンティーを下ろす

「ナマエ、もっとキスさせろ」

そんなこと言わなくても大丈夫だよ。といいたいのに言葉が出ずに首に手を回せば合図のように口付けられて互いの口紅は落ちている
派手なこの赤い部屋はキッドに似合っていた、真っ赤な壁に真っ赤なシーツと布団、金色のシャンデリア
すべてが彼を彩っていく、スマホが震えて思わず覗こうとするもキッドにそれを制される

「俺だけを見てろ、テメェは俺に抱かれんだ」

若いって情熱的だ
彼の杭を打たれるその時左手を取られていつもの様に投げ捨てるように彼は枕の上のスイッチ達の間に置いた
冷静な頭と裏腹に身体は強い熱を帯びて彼に熱を打たれる、激しい動きに声を上げて、嘆いて、それでも私は"あの人"の女であるから好きだとは嘘でも言わない

「ナマエ…ナマエ…」

うわ言のように彼が呟いて唇を重ねた、綺麗なモデルのような唇は荒れることを知らない、柔らかくて心地いい

シャワーを浴びてベッドに腰かける、今日も少し傷んだ腰に苦笑いを浮かべて奥のシャワーの音をバックミュージックに身支度をしてスマホを開く「今日は早く帰る"友達"とは楽しいか?」とメッセージが入っていて思わず呼吸が止まった
ふと影が自分に差し掛かり上を見上げれば髪の毛の濡れたキッドがいた

「帰さねェよ」

赤い唇は私を塞いだ
付けようとした指輪は床に落ち
スマホは震えていた

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