斑目貘





今日はデートの日だ
付き合い初めてはや3ヶ月優しくてかっこよくて紳士的でこの人と私はきっと結婚するし子供も作るし最高の幸せを手に入れるんだ。と信じながらメイクをしてかわいい服を着てデートに来たはずだ

「その…実は好きな人が出来て、別れて欲しいんだ」

申し訳なさそうな彼が顔を俯かせてそういった、目の前のショートケーキの味もコーヒーの味も分からず思わず見つめて恐る恐る口を開いた

「そ、それってどんな人…特徴とかお名前とか出会いとか」

怒ってはいない、ただ知りたいだけだと念を押して言えば彼はまるで花が咲いたように恋する乙女のように輝かしい表情を見せた、この3ヶ月見た事もない表情だった
その事実さえ胸が痛くなるがそんな事はどうでもよかった
彼は言った

美しい白髪に切れ長で大きな瞳に白い肌すらりとした手足に高い身長モデルなんて言葉じゃ到底表せないような美しさを持つ彼はある日一人で飲んでいるところに現れたのだと
隣に座った彼は馴れ馴れしいがどことなく嫌な雰囲気はなく、梅酒のロックなんて飲んで頬を赤くした、濡れた瞳と紅潮する肌美しい天使のような声が耳元でいうのだ

「俺…楽しすぎて帰りたくなくなっちゃうな」



取り敢えず彼氏だったらしい男のことはジャーマンスープレックスを決めて帰った
タクシーを拾ってとあるホテルの場所を告げて自身の携帯をカチカチと長い爪が音を立てながら連絡先のま行にいる男に電話をかけて3コール目にして彼は出た

『どうしたのナマエちゃん?会いたくなった?』
「今会いに行ってるから待ってろ」

デスメタルバンドのボーカルでもしてたのか?というほど低い声の女の声に男は笑った、携帯越しに聞こえる音が小さな袋を破ってカリッと音を立てたことでさえ女、ナマエの苛立ちを隠すことが出来なくなった
タクシーの運転手は今すぐ殺されるのではないかと思いながら都内を80キロのスピードで走り抜けた、他の車のことなど知らない自分の命の方が大事なのだから仕方がない
到着しましたよ、という前にドアを蹴破られ座っていた席には福沢諭吉が2枚置かれており運転手は暫く仕事は休もうと縮んだ寿命に対して言い聞かせた
エレベーターの18階ボタンを押して到着した階の廊下ではカツカツとヒールが音を立て部屋の前で止まり、すぅ…っと深呼吸をした彼女は声を荒らげてドアを開けた

「テメェ斑目貘ゥ!!また私の男奪いやがって」
「いらっしゃい、珈琲と紅茶どっちがいい?」
「今飲んできたばっかだわ、紅茶で……じゃない!」

そう騒ぎ立てる女のことなど彼は何も気にした様子はなくホテルの備え付けのポットのお湯をティーカップに注いだ、インスタントのそれに文句を言うつもりは無くナマエは淹れたての紅茶を受け取りテーブルの上の角砂糖を6つ放り込み椅子に座る

「甘すぎない?それ」
「別にこれが美味しいからいいんだよ」
「そう?俺にも1口ちょうだいよ」
「どーぞ」
「……やっぱりこれ砂糖水だよ」

同じティーカップに口をつける彼はまるで動く彫刻のようだった
長く伏せられた白いまつ毛にきめ細かい肌は毛穴のひとつも見えはしない、芸能人やモデルなんていう一般的な美しさでは到底叶わないような美を彼は持っていると感じた

「それより私の彼氏だよ」
「え?どれ?」
「バーで絡んだやつ」
「あぁあの人ね、ちょろかったね」

はぁ…と深いため息が出た、この男を前に惚れるなという方が難しいことをナマエも知っていた
同性異性老若男女問わず彼の手にかかれば簡単に堕ちていく、その魅力は一種の魔法で魔術だ、ナマエとて彼氏だった男の気持ちは分からない訳では無い、だがしかしそれとこれは別だ
斑目貘は分かっていて相手を奪いに行く、その癖それを物にはせずに捨てていくのだからタチが悪い、そして残された側はその魅力に取り憑かれ二度と忘れられず望み続けてしまうのだから

「もうやめて欲しいんだけど」
「なにを」
「私の周りから人を取るのを」

ナマエの言葉に彼はまるで天使のように綺麗に微笑んで口を開く

「ヤダよ」

斑目貘と出会ったのは倶楽部賭郎の立会人として所属していたからだ
ここまで親しくなってしまったのは彼のお眼鏡にかなったからだ
ただのくだらないポーカーの立会をしに行っただけのあの日美しい少年である彼に心を奪われた

「立会人さん俺のものになってよ」

彼は勝利という大金を手にして人の居なくなった部屋でそういった「お断りします」と告げれば彼は悪魔のような言葉を吐いた

「じゃあ俺のものになるまで俺が周りの人間ぜぇんぶ奪ってあげるよ」

孤独こそ人間を苦しめ
孤独こそ人間を成長させ
孤独ことが人間を死に至らしめる
そうナマエは知っている、幼い頃から得ている孤独を埋められたことは無い、どうにかそれを埋めようと彼女は色んな人間関係を作った
友達・恋人・隣人・セフレ・家族のようなものも、偽りだとしてもそれが気持ちよくて堪らなかった
なのに目の前の男はその言葉通り壊していった、全てを乱して全員が口を揃えて言うのだ

「あの人には自分が必要だ」

とその度にナマエは酷く傷ついた顔をする、まるで自分に価値がなく不要なものだと感じられるからだろう

「独りは寂しいでしょ?」
「そうだね、でも私を独りにするのはいつだってあんたでしょ」
「うん、だってナマエちゃんが俺のところに来てくれないから」
「あんたのものにはならない」
「俺の事好きなのに?」

白魚のように白く細い手が頬を撫でて指先が優しく唇をなぞる
美しい天使の顔が近付いて唇にキスを落とした
甘ったるい砂糖まみれの紅茶の味がしてみつめれば彼はひどく優しい顔をしていった

「早く俺のものになりなよ、そしたら孤独なんて忘れさせてあげるから」

甘い甘い彼の声にいつか堕ちてしまいそうだと感じながらナマエは彼の唇に噛み付いて自分に言い聞かせるようにいった

「ヤダよ」

その言葉に彼は笑ってポケットの中のお菓子を開けた
また彼女は人間と関係を作る、そしてまた自分が壊す、これ以上の愛はないだろうと思って

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