ポートガス・D・エース




身体は細くて小さくて柔らかくまるで小動物のようだ、少し垂れた大きな瞳はウサギのようで長いまつ毛が風に揺られ小さな血色のいい唇を見つめて心臓がバクバクと動く
誰もいないのを見て「いいか?」なんて聞けば彼女は小さく頷いた、肩を抱いて顔を寄せた所だった

「あぶねぇ!」

どこからが聞こえてきた仲間の声、ばしゃあんと鳴る水の音
そして目の前には男、身長は2mは優に越えており筋骨隆々特徴的な甘い垂れ目に見慣れた髪色そして見上げたその男は困った顔をして言う

「ごめんね、エース…乾かしてもらえるかな」

俺の恋人は水にかかると男になる
なんとまぁ不思議なものだと思ったが残念ながら現実である
ナマエはそこいらに居るような平凡な女であり、このモビーディック号の船長に拾われてからというものの非戦闘員として彼女は食事を作ったり治療の手伝いに船の修繕にと出来る限りのことを全て請け負った
おかげで今じゃあ隊長とは別でなくてはならない存在であり重宝されている
そんな小さな体で健気に働く彼女を見て惚れない男はいないだろうと思ったがどうやら大きな問題があるとは知らなかった

ある日の夜エースはたまたま、本当にたまたまナマエに用事があり彼女の自室に夜分遅く出向いた
1人部屋の彼女の部屋は少しだけ広く風呂トイレまで着いている豪華仕様になっている、その分仕事のために引きこもることも少なくはなくエースは自身の隊の出し忘れていた始末書や領収書を片手に会いに行った
もう寝ているか?いや寝ていなかったとしたらパジャマか?なんて様々な妄想をしてノックをすれば「待ってください」と聞こえた声は少しナマエの声にしては低いなぁなんて思った
それから数秒後ドアを開けたのは筋骨隆々のガチムチの男だった

「テメェ誰だ!」

まるで威嚇する猫のように全身の毛を立てて彼は叫んだ、その両手からは火が出ていた
目の前の大柄な男は髪の毛をタオルで乾かしながら慌てた様子であり、部屋の中にはナマエはみえなかった

「ナマエはどうした」
「落ち着いてエース、私がナマエだよ」
「よくまぁそんな嘘付けるな、この船でも見た事ねェやつだ本当のことを言えよナマエはどうした」
「本当に私なんだよ、ナマエなんだけどなぁ…あっ、そうだじゃあエースにしか分からないこというよ」
「…なんだよ」
「先々月の領収書のたっかいお酒こっそり経費で落としてあげたでしょ、あとは…あ、そうそう半年前くらいには女の子にぼられたからって給料の前借りしに来たよね」

全て見に覚えがありそしてそれはナマエしか確実に知らないことだ、万が一オヤジやマルコに知られていれば今頃殴られているどころか海に突き落とされて1ヶ月は船に括り付けられながら旅をしていることだろう
もう一度目の前の男を見上げればナマエに要所要所が似ており、まるで兄妹のようだった、結局部屋の中に入れてもらいナマエに言われ柔らかい火で髪の毛やら濡れた部分を乾かしていけばまるで魔法のようにみるみると体は縮んでいきいつものナマエに戻った

「驚かせてごめんねエース、それよりあの…持ってきてた書類とかって」
「あぁそうだってあーーー!燃やしちまった!!」
「領収書については難しいけど何とかしてあげるから覚えてる分だけでも教えてくれる?報告書は私が書いておくよ」
「悪ぃな、それよりさっきのって悪魔の実か?」
「ううん違うんだけど、小さい頃変な人にそういう薬飲まされてね、そこからこんな体なんだ、濡れたりするとなっちゃうみたい」

困ったように笑うナマエからしてみれば大変な生活だろうがそんな姿でさえもエースからしてみればかわいいな。と思えた
惚れてしまっては全てが愛おしく見えて仕方がないのだ、そんなナマエも受け入れるといいエースは兎に角アタックし続けナマエは折れたことにより2人の交際は始まった
だがしかしこの物語の冒頭のように2人が何かをしようとすればまるで悪魔のイタズラのように彼女の性別が入れ替わってしまいその度にエースは戸惑ってしまうのだ
どちらも彼女であるというのに姿形が違うことにより思考が停止されてしまい、頭が真っ白になる

「ふぅ…ようやく乾いたねいつもありがとう」
「いやいいんだけどさ、仕切り直ししねぇ?」
「え…ぁ、うん」
「目ェつぶって」

静かに瞼を閉じるナマエのまつ毛が長くいつもそれが新しい発見のように感じるほどその顔に飽きが来なかった
あと数mmというところだった、どこからとも無くかかってきた清掃用の水を頭からかけられたナマエはまた男になり苦笑いをした

「仕事に戻ろうか」

こんなはずじゃない
もっと普通に恋愛をしていい感じにキスをしてそしてそれ以上…と願っているがいつもその雰囲気になる途端水が飛んできたり雨が降ったり頑丈なモビーディック号のナマエの部屋だけ雨漏りしたり、もちろん2人で風呂に入るなど以ての外だ
万が一自分より立派なものがあった時に悲しくなるかもしれないからだ、いやこれは3割冗談だ

いつもそのまま終える度にナマエは少し悲しそうな顔をしていってしまう
エースは考えた、男でも女でもナマエはナマエで受け入れるべきだし、なんならそれを受け止められず彼氏が名乗ってられるかとも自分に叱咤する、だがしかし体は言うことを聞かず止まってしまう
どれだけ熱に浮かされても男だとなった途端に冷水をかけられた気分だ、それはナマエも理解しておりその度に悲しそうな顔をしながらも元の姿に戻ってから帰っていく
あの顔を見る度に胸が痛いほどに締め付けられる、どうしたら治るのかどうしたらいいのか誰に相談してもどんな本をみても答えは載っていないがある日の誰かが零した

「真実のキスだよ」

誰かって??あぁ隊長格の誰かさんだ、酔った勢いでそんなことを言うものだから思わずはぁ!?と声を大きく漏らした
その言葉に聞いていたナース達は変な盛り上がりを見せた「物語はいつだって王子様のキスでハッピーエンドだものね」なんて、冗談じゃあない
そんなことで終わるならとっくにキスなんざしてやがると悪態をついてしまうがふと本気で考えた、この沸き上がる嫌悪に未だかつてしたことの無いキスは結びつくのでは無いのかと
これが魔女の呪いならば真実のキスが正解では?と、そうと決まればナマエの部屋に走り出しノックもなしに飛び込んだ
相変わらず可愛い小さい体の彼女がそこにいた、小さいっても女性の平均であり特別な訳では無い、だがしかしエースは体格がいいぶん隣りに並べばどうしても華奢な部分も相まって小さく見えるのだ。

「ナマエキスするぞ!」
「えぇ、どうしたの」

やはり驚いたナマエにエースはかくかくしかじかと説明をした
そして真面目な顔をした彼女はその言い分は確かにと納得した顔もした、そうと決まれば2人はベッドに腰かけて顔を向き合わせた今からキスをすると言うだけで体温がぐっとあがり喉が乾いた
ごくりと唾を飲み込んで彼女の柔らかい桃色の唇に重ねようとした途端だった、ドゴンと音を立てて部屋に設置されてあるシャワーの根元が外れて部屋がスプリンクラーが発生したように水が飛び散り始めみるみるナマエの体はいつもの筋骨隆々の男に変わる
自分よりも大きな体で低い声、穏やかな見た目だがエースの中には好きという言葉も感情も全てなくなるまるで氷水をかけられた気分だ

明らかに変わった態度にナマエは苦笑いを浮かべながら壊れたシャワーを治してタオルで濡れた箇所を吹いていく

「また修理担当に言わなきゃ……ね」

ふとエースの方に振り返れば彼はとっくにナマエのそばに居て彼女の…いや、彼の唇に自身の唇を重ねた
2人の間に小さな星屑が現れてキラキラとナマエの体を包み込む、思わず目を丸くしてみればナマエはいつもの姿になっており、エースを見上げ「あれ?」と声を出すがそんなナマエのことも無視してエースは思い切りナマエに水をかけた
今までとは違う何も変化は無く、そこには濡れた姿のナマエがいた
ぱちくりと2人は瞬きをして顔を見合せて声を上げた

「解けたんだ!ナマエの魔法解いてやったんだ」
「え、え?どうして」
「やっぱり言ってた通りだな」
「キスしたら治るってこと?」
「おう……それより、仕切り直ししねぇか」

びしょ濡れのナマエの肩を抱いたエースが真剣な目をしたものだからナマエは驚きなど忘れて胸が高鳴る、小さく頷けば彼の端正な顔が近付きあと1mmというところで突如ドアが開く

「ナマエ!お前の部屋から雨漏りしてんだけど!!」
「さ、サッチ!?」
「……は?なんだよいいところか……ってお前その姿」
「サッチお前流石に許さねぇからな」
「エース?何キレてんだよ」

突如現れた下の部屋にいたらしいサッチに2人はかたまり思わず離れてしまう、そして彼を追いかけていったエースを見届けてナマエは風呂場に向かう
もう無くなった男の体の自分を少しだけ名残惜しく思いながら
そして2人は知らない後日エースが女の子になってしまうことなど。

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