クザン
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「来週1週間程居ませんのでよろしくお願いします」
クールにそう言った彼女は海軍の中でも群を抜いて優秀な補佐官であり青雉ことクザンの直属の部下である
「は?何突然」
「有給の消化です」
「旅行でもいくわけ?」
「実家に帰ってお見合いするんです」
その言葉にあまりに驚いて思わず床一面を凍らせてしまったがナマエは何も気にせず山のように今日も積み上がった書類を持ってきては分けていく
冷静に今日の予定や、これがどうやらと説明する彼女の言葉などいつも以上に耳が入らず震える声で問いかけた
「お、お見合いって?」
「母の知り合いの友達の息子さんです、私もいい歳ですから結婚を急かされているんです」
「急かされてるってナマエちゃんまだ24でしょ」
「よく言うじゃないですか、女はクリスマスケーキって」
「なぁにそれ」
「25が過ぎたらいき遅れってことですよ」
彼女はただの平凡な日常会話を上司としただけだ、少し仲のいい異性の上司に、それが自身に好意があるとはさほども思っていないからであろう。
いい歳した男が若い女に…とは内心思うものの恋に年齢は関係がないことは事実である、たかだか25歳の女がいき遅れだと言うのならこの世は溢れかえってることだろう
というよりそれなら男なんてどうなんだと言いたくもなるがそんなことを彼女に言っても仕方がない、そもそも彼女の実家は知る限りとても小さな島でだいぶ田舎の方だと言っていた、古い風習や考えがあるのは仕方の無いことだ
「ふぅん、相手の男ってどんな」
「こんな人です、仕事は親の農家を手伝ってるとかで」
「弱そう」
「そりゃあ大将に比べたら当然です、それにしてもこんな事を気にしてくださるなんて珍しいですね」
「まあね」
そりゃあキミが好きだからだよ、と言えれば簡単な事だが上司と部下の関係以上何も無いのだからいえるはずがない
たまに2人で仕事終わりに飲みに行くのがどれだけの楽しみか知らないだろうと聞いてやりたくもなる
そんなことを知ってか知らないか彼女は小さく笑って「これ今日中に必ずお願いしますよ」といった声を無視して部屋から出ていく、いつも通りの行為に小さなため息が聞こえるがいいのだ
なんてったって彼女はスーパー補佐官だ1000人分の仕事をこなすことなんて朝飯前の彼女にとって、たかだか1人の大将の仕事なんて寝ながらでもできることだろう。
「それを言いに来たのか」
「知ってたか」
「まぁな、あいつの有給許可に判を押したのは俺だからな」
「先に言ってくれよ」
「それより俺は忙しいんだ、それ以上用がねぇなら行くぞ」
「ハイハイ、ありがとさん」
彼女の元上司であるスモーカーに声をかければ奴は呆れたような顔で答えて帰った
たかだか見合いくらいいいじゃないか、という事は頭では理解しているが体は拒絶した、いっその事氷漬けにしてしまうかと思うほど
それから数日が経ったある日の事だった
「あの大将、今日飲みに行きませんか」
以外にも声をかけてきたのはナマエからだった、仕事を終えていつも二人で行く酒場に行き奥の個室を開けてもらう
何も変わらないメニューと酒を片手にナマエは仕事の話や仲間の話やらをしてそれをウンウンと頷いて聞いてやる
彼女は元々ストレスが溜まりやすい、その為毎度飲みに連れていけば彼女は潰れるほど飲んでは家に送り届けた、信用されているという事が時折残酷に思えるほどだった
「それでスモーカーさんが突然この間やって来てお見合いの話ぶり返してくるからもう驚いちゃって…てかみんな最近お見合いの話ばっかりで」
もう3.4杯目が飲み終わる頃だろう、彼女が顔を赤くさせて饒舌になっていくのを眺めた
焼き鳥を食べながら彼女のお見合い話を聞けば聞くほど苛立ってきてしまいそうで話半分に聞いた
「そいつと結婚するの?」
壁に貼り付けられたビールの宣伝ポスターを眺めながらぼそりと呟いた、言ってしまったなぁと思い視線だけを彼女に向ければ少し呆気を取られた顔をする
「どうですかね…私みたいな人貰ってくれる人なんて中々いませんから、向こうは結構好意的みたいでってこんなの大将にしても面白くない話ですね」
「うん、面白くはねぇけど」
「話題変えましょうか、あっすみませーんビール追加で」
困ったように眉を下げて彼女は即座に追加の酒を頼んだ、嫌な話だったとしても聞きたくてたまらない、彼女の本心を知りたくてたまらない
「俺から離れちゃうわけ」
「え」
「あっ、いや…やめるのかなってだけよ」
「結婚したらそうなるんじゃないですかね、夫を置いて仕事を取る妻なんてそんなの」
彼女の考えも相当元いた場所に毒されているのかと思えてしまう、女は3歩後ろを歩けと言われて来たのか、黙って従えと言われたのか、反吐が出そうだと内心唾を吐き捨てる
それでも彼女は柔らかく笑って「大将といるのはすごく好きなので辞めたくはないんですけどね」とすぐにいった
それからまた追加で4.5杯と飲んだナマエは今日も綺麗に泥酔した、千鳥足でフラフラと一人で行ってしまうものだから慌てて抱えてタクシーに乗り込み住所を伝える
もう何度来たのか数えられない彼女の家、全く上司にこんなことをさせる部下がいるもんかと言いたくはなるものの役得だとも毎度思う
男は狼だと言ってやりたいものだが彼女は聞く耳は持たない、結局抱えた彼女の鞄から小さな鍵を取り出して開けてやる
「ほら着いたよ、ちゃんと水飲んでシャワー浴びて寝なよ、じゃあおやすみ」
「…クザンさん」
抱いていた腕から玄関に下ろしてやる、最後に挨拶をして扉を閉めようとしたが彼女はそれを許さずにドアを開けて手を掴んだ
思わぬことに驚いていれば彼女は酔いの覚めぬ表情で言った
「あなたの傍から離れたくないです」
「は、それはその」
ガキのような言葉しかその時は出なかった、彼女に腕を引かれて思わず驚いてバランスを2人して崩す、深夜に大きなもの音を立てたせいか下からドンと抗議の音を出されドアはギィと鈍い音を立てて閉まった
「私はクザンさんがいいです」
彼女の唇が優しく触れた、酔った勢いでも夢でもいいかと思って2人して沈んで行った
「遅いですよ!もうこの船逃したら次行けるのは明日になるんですから」
「わぁってるよ、そんなに怒んないでよナマエちゃんというか船無くても俺がいたら行けるでしょうが」
「そうですけど貴方の休みを取るのも凄く大変なんですから」
「別に俺はいつでも休みでもいいのにねぇ」
珍しく正義と掲げられたコートを羽織らずマーメイドスカートに淡いブラウスを着た彼女が仕事の時のように声を荒らげる
せっかくの休みの日なんだからゆっくりさせて欲しいと思いつつも足を進めていれば大きな汽笛の音と共に船は出てしまいナマエはまるで猫が威嚇するかのごとく怒ったので仕方なく押していた自転車の後ろに乗せる
「ほらこうしたらいいでしょ」
「もうっ適当なのはいいですけど両親の前ではちゃんとしてくださいよ」
「そりゃあするよ『娘さんを僕にください』ってね」
ほらいくよ。と彼女の手を自身の体に抱き着かせれば小さく「気が早いですよ」だなんて婚約者は呟いた
そんな後ろに座る彼女の顔を想像して小さく笑ってペダルを漕ぐ、空は快晴、ゆっくりと二人は自転車に揺られた。
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