マルコ
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「いつか別の誰かのものになるかもしれないよ」
そう彼女は淋しそうに話した、同じベッドで熱を分け合った日の朝だった
過去数回彼女は"私を船に乗せて"と言った、当然男が首を縦に振ることは無い
ただ夜を過ごすだけの女なら、ただ人肌恋しいだけの時のその場限りの人間ならどうでもいい、船に乗っても直ぐに死ぬだけだ
けれど心底惚れていた、この女を何年もこの島に縛り付けて俺だけを思って待っててくれとズルい言葉を囁いて
初めて出会った頃からもうそれこそ10年以上経っているだろう、健気に待つこの女が愛おしく、それ故に何も踏み込めなかった
「笑えない冗談だな」
返事を返せば彼女は困ったとでも言いたげに眉を少し下げた、彼女の日に焼けてない白い左手を手に取って、するりと手の甲を撫でて薬指をなぞる
「お前はおれのものだろうよい」
そう彼女に返事すれば「なら私を海に連れ出してよ」とえらく今日は強く言った、この島の小さな村医者である彼女が離れれば惜しむ人間も多い
彼女を守れない訳では無い、ただ海の怖さを知るからこそ気軽にその言葉に答えることなどできない、それはきっとどの船に乗る男も皆そうだ、愛するものを失った時の痛みなど味わいたくも無いものだ。
ゆっくりと朝を共にしてコーヒーとサンドイッチを食べる、時計を見ればもうこんな時間かと身嗜みを整えて「じゃあ行ってくる」といえば彼女は優しく「行ってらっしゃい」といった
この関係が何よりも幸せで帰る家があるというのはこういう事なのかとも思えた、自分たちには到底ない一般的な家族という幸せがこの村にはあると知った
なのにだ
半年ぶりに来てみれば彼女の家には誰もいなかった
近くに住む老人にどこに行ったんだと聞けば
「あの子はこの島の1番大きな街の大地主の息子に嫁ぐんだとさ」
とあまりにも面白くない冗談を言われた
村の人間に聞けばみんな同じ答えを吐いた、ここから東にずっと言ったところにメインの大きな街があると物資の多さ等を誇り観光客も海賊もみんながそこにいくのだ
マルコとナマエの仲を知る村のもの達は顔色悪く答えるばかりで村医者が居なくなると困ることもあるのだろう、言われた大きな街に行ってもナマエに会うことも出来ず苛立ちを隠すことなく酒場のカウンターで酒を浴びるほど飲んでいれば店の女が前に立って問いかける
「…俺の恋人がどっかの馬鹿な男と結婚するだとよい」
そういうと女はケタケタと笑ったものだから苛立って飲み干したジョッキをテーブルに投げるように置けばまた新しいビールが注がれた
「あたし知ってるよ」
女はいった、この街1番の大地主の息子はもう何年もその女にアプローチを続けていたが拒否されたと
遂に我慢の出来なくなった男は強行手段で結婚をしなければ小さなあの村がどうなってもいいのかと脅し、逆らった結果彼女の家の裏の森は完全に伐採され冗談ではないと言ってみせたのだと
なんてクズな男だと海賊ながら思ったがいつだってそんな野郎を見てきた
そして明後日2人は結婚式をするのだという、街のみんなを含めた大きな披露宴をして1番大きな教会で式をあげると、だから街は今結婚式とはいえパーティが出来るから浮かれているんだと
その言葉を聞けば聞くだけ青い炎が指先からゆらゆらと揺れてしまう程苛立ちを隠せずにいるばかりだった
『いつか誰かのものになるかもしれないよ』
彼女がそれを言い出したのはここ数年だと気付いては尚のこと自身の唇を噛み締める、血が出ようとも何も気にならずに青い炎は唇を燃やす
どれだけ自分を傷付けてもそれは何も無かったように消えていく、まるで彼女のことでさえも
だがしかし男は海賊だ、やることは決まっている
そうと決まれば彼は船に戻っていった、酒を飲んでいたことなど忘れるほど冷静であった。
マルコに恋をしたのは何年前だったか
海賊船が数隻この島に停泊し次々と降りてくる、何をされるか分からない人々は恐れていたが彼らはただ食料を買って数日だけ世話になると言い残して船の中に静かに過ごした
そして島の端の小さな村の医者の元にやってきたのがマルコだった
「ここにこの薬はあるか?」
至って普通の家にやってきた彼は変わった出で立ちで村の人ではないことはナマエには当然即座にわかった
渡されたメモを読みながら用意のできる薬や薬品など様々なものを袋に詰め込んでいく
「39860ベリーになります」
「釣りはいらねぇよい」
「貴方たちは海賊でしょう」
「ん?あぁそうだよ」
「お金なんて払わず盗まないの?」
ナマエは不思議に思って思わず彼に聞いてしまった
街にくる海賊達は時に暴れて略奪するその度に海軍がやってきては沈静化してくれると、こんな離れた小さな村に海賊が来ることなど今まで無かった為暴力的で支配欲を感じない彼らが不思議に思えたのだ
もちろん海賊とて十人十色だとは理解しているが安くも高くもない買い物にケチをつけたくないということなのか、とも思えた
「海賊が奪いてぇものなんて本当に欲しいものだけだよい、何でもかんでも取ってくやつはそりゃあ海賊でもなくただの盗人だろう」
「それもそっか」
「まぁでも一つだけ欲しいものがあるよい」
「あなた達ならどれでも持ってっていいよ」
そういえば彼はそっと肩を掴んで唇を塞いだ、思わず驚いて見上げれば彼はさっきとは違う男の顔をして笑っていった
「あんたが欲しいんだよい」
それから彼は1年に数回やってきては夜を数日共にして出ていってしまう、数日の時もあれば日帰りの日もある忙しいながら彼はやってきては旅の話をしてくれる
時折村の子とも遊んでやったり話をしてまるでここが彼の何番目かの故郷のようにも思えた、海賊だからと割り切っていた、自分が一番でないことも理解している、そう言い聞かせなければいつか彼の腕を握って「どこにもいかないで」と言ってしまいそうだったからだ
子供ではない、様々な恋をしている中でここまで報われないものは無いと思えた
彼が残したベッドの温もりも匂いも金色の髪も手作りのサンドイッチもすべてはただの暇潰し、ただの遊びなのだろう
ナマエはそう思い続けながらもマルコが最愛の人に変わりはなく来る日も彼を想った
例え自分が他の男のものになったとしても、心だけは変わらないと自身に誓って鏡を見た
女が1度夢見る純白のドレス、周りの使用人たちが「ナマエ様美しいですよ」と声をかけてくれるのを笑顔で応えられなかった、彼女達もみんな知っている
けれど男は諦めなかった、いつか自分のものになる心はならなくても身体は…と願ったのだろう
「ねぇマルコ、私もう誰かのものになっちゃうんだよ」
二度とあなたの腕には抱かれない、次に帰ってくる時にはもう自分は他人のものなのだと心のなかで呟いた。
メイクが施され髪を結われ大きなダイヤのネックレスが付けられティアラが乗せられる、人生においてこんなに幸せな事などはきっと無いのだろう、玉の輿のはこういうことだ
実際街にはたくさんの女性がナマエを羨んだ、あの大地主と結婚すれば将来は安定、好きなことを好きなだけして生きていけるのだと思われているのだから
さぁそろそろ行きましょう
とメイド長が言う、重たいドレスを引き摺り長いベールを被せられゆっくりとまるで死刑台にあがるような気持ちで足を進めていく
街は賑やかな祭りになっている、外の声がよく聞こえた
教会のドアが開かれた、嬉しそうに笑う男は自身が待ち望んだ男ではない、ゆっくりとヴァージンロードを歩き男の元にいく
辿り着けば男はナマエを頭の先から爪の先までみて小さな声で褒め続けたがそれでも彼女は微笑まない、だがしかし式は続き神父の声が教会に響き渡る
誓いの言葉に彼は教会に響き渡る声で「誓います」といった、そして神父はナマエをみていった
「夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
ナマエは目の前の男を見つめた、これから新しい人生が始まる、本当の幸せかもしれないのだと言い聞かせて彼女は口を開いた瞬間だった
神父の背後にある大きなステンドグラスが音を立てて割れ、そしてソレは花嫁を掴んだ、青い炎の不死鳥であるマルコだった
「マルコ?!」
「待たせたな、間に合ったようでよかったよい」
「な、な、なにしてるの」
驚きと喜びとが重なり頭がくらくらしてしまうほどだった
その場いた全員が驚き目を見開く、そしてマルコをみた新郎であった男は叫んだ
「俺の妻だぞ!返せ!」
「オイオイ、俺ァ海賊だよい?欲しいものは奪うし自分のモノが奪われたとあっちゃあ取り戻すのが常識だろうがよい」
「俺の親父は海軍大佐だぞ!!分かってやってるんだな!!」
青筋を立てたその男がヒステリックに叫び、近くにいた警備兵がマルコを銃で撃ち抜くが炎は彼を守った、そしてナマエを包み込むように彼を抱きしめていった
「海軍だろうが何だろうが来ぃやいい、俺ァ白ひげ海賊団1番隊マルコだ、そしてこの女は俺の花嫁だよい」
そう言って彼はナマエの唇を奪った、そして2人を祝福するように教会の鐘が鳴り響き次々と現れる警備兵をみてマルコは「さぁ掴まってろよい」と行って飛び出していく
見たことも無い空の景色と風を感じ全身で愛しい男を感じる、数分で町外れの村の端に停めてある船の甲板に乗せられれば沢山の海賊達がいた
「親父、これが俺の妻のナマエだよい」
「いい女じゃあねぇかマルコ、それでお前さんは俺の息子に誓えるか?」
手配書でしか見た事のないあの大海賊が目の前にいた、その人を見上げたあと隣に立つマルコを見つめそして飛びつくように抱きしめた
「えぇ貴方にしか愛は誓わないッ」
そういって彼の唇に口付ければまるで祝いの祝砲のように大砲が遠くから走ってくる海兵達に向けられた
これでいい、今から本当の幸せが始まるのだと彼女はティアラを海に投げこんで。
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あの後帰ったマルコは早急にみんなに嫁(予定)を盗んでくるからよろしくって説明しにいってた
村は白ひげが手を回して守ってくれてるので無事というオチ
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