ポートガス・D・エース
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さらにその前は天竜人の奴隷でもあったという
だからか彼女は暑い日差しの中でも肌ひとつ見えないように大きな長袖やズボンを履いていた
エースがナマエに惚れたのはとてつもなくしょうもない事だった、雑用係として船に乗せられた彼女が丁寧に本棚の整理をしているのを見た時にその顔や仕草がすべて綺麗だったからだ
「付き合ってください」
「ごめんなさい」
今日もモビーディック号の甲板で男達の楽しそうな声が響いた
エースどんまい、エース残念だったな、ナマエ俺にしときな、明日があるぞ。なんて言った慰めの声にエースはうるせぇと言い返すうちにナマエは逃げるように行ってしまった
これで87連敗中であり、彼女の気持ちがこちらに向く気配はやはり無い
それでも好きでたまらなかった、いつも少し困ったように笑う彼女を腹の底から笑わせてやりたかった、チンケな言葉になるが幸せにしたかった、彼女はこの船の食事ひとつにさえ感動して驚いて本を読む度にまるで子供がおもちゃを貰ったみたいに熱中した
なのに彼女は自分を卑下する、綺麗な顔も優しい性格も丁寧な仕事もすべて当然であり、それこそが生き甲斐であり、そうでなければ生きては行けないと思ってる程だった
何がダメなんだとミートスパにフォークを突き刺しながら悩んでも解決することは無い
相談相手兼心身共に大人を代表する一番隊隊長マルコに聞いても
「ナマエだって苦しんでるんだよい」
と言われる始末で、その苦しみが過去を表してるのか現在なのかすら分からない、それでも諦められず根気強くナマエを求めた
その度に振られて彼女は困ったような顔をした、最初こそそんなエースをからかい混じりに見てナマエのことを少し疎ましく思っていたナース達や冗談だと笑い飛ばしていた仲間たちも応援するようになりみんなが2人の幸せを願っていた
それでも彼女に想いを伝える度に
「気持ちは凄く嬉しいの、ありがとう…でもごめんなさい」
とナマエは行って去っていく
その腕を掴んで抱き締めてどうしてなんだと叫びたい気持ちもあるがそんなことが出来るほど強い男ではなかった
そんな毎日が続く中である日の事だった
新しく入ってきた新人達が嫌な笑い方をしながら話していた
「なぁ雑用係のナマエの身体見た事あるか?めちゃくちゃ気持ちわりぃ身体だったぜ」
ただの噂話か、それとも真実かそれはどうであれ何でも良かった
エースからすれば彼女の顔が仮に人から見れなかったとしても、身体がどれだけ汚らしくてもどうでもいいことだ
だがそれを侮辱し嗤う者がいるならば許されることは無いだろう、1度高くなった沸点を下げることが出来ず何も知らないその男達を広い甲板に投げつけて拳を顔に下ろした
エースを止めることなど並大抵の人間じゃ出来ないと判断し、慌てて隊長格を呼びに全員が走った、床に転がる5.6人の男は情けなく涙を流した
「ナマエに謝れ!!あいつが汚ぇわけないだろ!!」
船の上にエースの声が響いた
男たちは気絶していた、それでも手が止められずみんなは本当に死んでしまうとエースを止めようとしたが数名がかりで押さえても火事場の馬鹿力のようにとてつもない力で振りほどいて新人達を殴った
「もういいよ、やめて死んじゃうよ」
隊長達よりも早くに止めたのは最初に侮辱されたナマエだった、いつも通り眉を下げて優しく微笑んだ
遅れてやってきた隊長たちが全員呆れた顔をして医務室に男たちを運び込み、内容はどうあれエースは数日自室謹慎処分になった
今回の件はただの喧嘩ではなくナマエの侮辱を含んだからだろう、男達は次の島で降ろされた、オヤジもナマエを愛しているからだろう息子とはいえ家族を傷付けて笑うヤツらを許せる程男を捨てている訳では無い
そんな事件から次の日の夜エースは外に出ることも出来ずベッドの上で寝転がりながら今更痛む拳を見つめていれば部屋のドアがノックされる
こんな時間なのだから怪我の調子を見に来たマルコ、デザート片手に慰めに来たサッチか、はたまたからかいに来た他の奴らかと考えていれば違う声だった
「ナマエだけど入ってもいいかな」
「え!あっおう」
思わず驚いて部屋の中を見渡す、女にはいられること自体は別に構わなかったがナマエは別だ、慌てて部屋の中を片付けてないことを後悔して取り敢えず近場の物は全て押し込めるものをベッドの下やクローゼットに押し込んだ
「こんな夜にごめんね、あれから怪我の調子はどうかな?って」
「あーいや、別になんともねぇよ」
「マルコ隊長に見てやってくれって言われて、ほら手だして」
「…別に怪我は大したことは」
「私の為に怒ってくれたんだよね、ありがとうエース」
ベッドに座っていたエースの横に座ってナマエは優しく怪我をしている手を撫でて微笑んだ、眉を下げていない彼女の笑顔はやはり綺麗でだけど少し悲しそうに見えた
包帯をなれた手つきで変えていくナマエは柔らかいシャンプーの香りがして、ああ風呂上がりなのかと感じまるで思春期の子供のような自分の思考に好意を踏みにじる真似をするなと憤怒した
「なぁナマエ、もう言わねぇからさ聞いて欲しいんだ」
「なあに?」
「本気でお前が好きなんだ、幸せにしたい2人で家族になって毎日笑い合いたいんだ」
いつも人目に着いた告白だから、2人きりの密室での告白はまるでプロポーズのようになってしまいそのことに気付いてエースは慌てて訂正しようとする
包帯を変えきったナマエがエースの大きな手に自身の手を重ねて眉を下げて微笑みながら言う
「ありがとう、本当に…本当に嬉しいの、でもね私"女"じゃないから無理なんだ、ごめんなさいおやすみ」
どういう意味なのか理解も出来ずに固まったエースを置いてナマエは出ていった、丁度入れ違いできたマルコが「ナマエのこと泣かせやがって」と苦言を言うものだから慌てて腕を引いて部屋に連れ込んだ
先程の言葉の意味もわからず、自分が告げた言葉とその返事を1字1句間違えずに言えば彼は頭を抱えエースを軽く叩いた
「ナマエには子供が出来ない身体なんだよい、だからお前が言う"家族"になれないと思ってるんだ」
夫婦がいて、子供がいて、それからずっと子孫を作って、笑い合うことが彼女にはできない
エースのいった言葉はそういう意味ではなかったがナマエにとって"女"の価値はそこでありそれが出来ない自分は何者でもないと言い聞かせていたのだろう、現に主治医でありナマエの体をよく知るマルコは痛々しい彼女の傷を見た、まるで拷問のような跡は男でも耐え難いものだろう
部屋から飛び出したエースはナマエの部屋に行こうとした、難しい境遇の彼女にはシャワー付きの個室がつけられていることを知っていた
「ナマエさっきはわる…」
ノックもせずドアを開ければナマエは服を着替えていた、思わずドアを閉じて悪かったと大きな声をあげれば外からうるさいぞと言う声が聞こえた、数分後「もう入ってきていいよ」とナマエの声が聞こえて恐る恐る怒られる子供のような間の悪そうな顔をして部屋に入った
「さっきは悪かった、言葉のこともあとノックせずドア開けたことも、マルコに聞いたんだナマエの体のこと」
「怒ってないから大丈夫だよ、ほらこっち来て座って紅茶入れてあげるね」
ナマエは肌が綺麗に隠された分厚い服を着て、2つのマグカップにたっぷりの蜂蜜を混ぜた紅茶を入れて手渡した
酷く優しい味で落ち着いていれば、数十分前同様に隣に座るナマエをみた必要最低限のもの以外はなく、質素な部屋だと感じたベッドはあるがあまり使われていないことも見てわかる
「私エースのことが好きだよ、でもね…私じゃダメだよ、貴方を幸せにしてあげられない」
強さも美しさも知恵もない、出来ることは雑用だけで身体は見るも無惨なもので喜ばせることも出来ない、きっと幻滅をすると彼女は言う
「奴隷ってね、雑用とかだけじゃないんだよ…色んなことをするのナイフで刺されたり、タバコの火を押し付けられたり、理不尽に殴られたり……セックスの相手をさせられたり」
ナマエの手が震えながらエースの体に触れた
ふと彼女の服が汚れているのを見て、涙がこぼれていたことに気付いた
「色んな人に沢山のことをされたの、ずっと私は誰かの"奴隷"でずっと私は誰かの支配下で
だからダメなんだよ。と言い聞かせるようにナマエは告げたものだからエースは頭に血が昇りマグカップをテーブルに置いた、それは怒りではあるがいつものそれとは違う、自分自身や彼女にそれをぶつけた者たち全てに対してであり、それと同時にナマエを心底愛おしく感じた
「馬鹿にすんじゃねぇよ、俺がそんな程度で嫌いになるかよ、何を見てナマエを好きになったか知らねぇだろ、お前のすべてがあまりにも綺麗だったから…おれは好きになったんだ、だから汚ぇとか綺麗とかお前自身が決めるなよ」
彼女の体を抱きしめた時自分の体に覆い隠されあまりにも小さいのだと実感した、背中にしっかりと腕を回してまるで消えていかないようにと強く力を込めた
「私本当に汚いよ、エースが思うよりずっとずぅっと悪いこともした、生き延びるためって言って人だって殺した、そんな私が幸せになんてなっていいのか分からないの」
ナマエの涙がエースの胸に流れた、肌に当たる吐息涙のあとが苦しくなった、それでも彼女は自分がどれだけ最低で卑怯でずる賢く生きていない方がいいかと語ろうとしたものだから彼女の唇を奪った、何秒間キスしていたのかその時わからなかった
たった1秒のキスが10秒にも1分にもはたまた1時間にも感じられて、ようやく顔を見たナマエの涙を親指で拭ってやる
「幸せになっていいかなんててめェで考えりゃあいい、俺と一緒に生きてみりゃあさ、俺が幸せだっていくらでも思わせてやるから、なぁ…だから…そんな程度の悩みなら俺のものになってくれ、俺が全部一緒に抱えてやる」
目を丸くして少し驚いた顔のナマエに向かってエースは優しく笑った、まるで太陽のように炎のようにナマエの心の氷を溶かしてしまうような暖かい笑顔だった
拭ったはずの涙がまた零れ落ちてナマエが泣くものだからエースは今度こそどうしたらいいのか分からずにどうにか励まそうとした
「ふふっ大丈夫だよエース、私もあなたが好きだから」
涙を流しながらナマエは微笑んだ、眉を下げていない優しい笑顔は今までで見た事のない表情で呆気を取られていればエースの唇をナマエは奪った
「大好きだから」
そういったナマエに遅れを取ってエースは思わず抱き上げて大声で喜んだ、大きなモビーディック号の中を走り回って全員にナマエが自分の女になったと言ってやった
もう夜が遅いというのに聞こえたエースのその言葉に皆が喜び突然の宴会が始まった、幸せとは何かとナマエはふと思ったが隣をみたときエースが微笑んでいる、それが幸せなのだろうと気付いてまたひとつ笑みが零れるのだった。
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