内臓
「私のどこがいいの」
女が椅子に座りながらそういった、春の匂いを連れて入ってくる風は暖かく彼女の眠気を誘うのか欠伸を噛み締めながら、興味もないのに近くの図書館で借りてきたミステリー小説を読む
「君に言っても分からないだろ」
素っ気なく返す男の声に彼女は嬉しそうにする、地面に毎分落ちていくスケッチは椅子に座って小説を読む女の横顔だったり笑顔だったり、時折その絵は立ち上がったり窓をみたりとポーズを変えている
「でも好きでしょ」
嗚呼君が思うよりずっと好きだ
男は女の前だけ素直になれた、絶対に言えないような甘い言葉も好きだという気持ちでさえも素直に言える
だから心地よかった、例えば夕飯にクリームパスタだと言いながら出てきたイカスミパスタのようなそれだって心地よく平らげられるくらいには彼女が好きで仕方がない
本棚に飾ってあるスケッチブックの6割のモデルは目の前の女だ、いつだって興味を引き付けていつだって筆を向けていたくなる
岸辺露伴と智花というカップルが誕生したのは出会って約7時間ほどだろう、杜王町の小さな居酒屋で出会った瞬間にその女を酷く描き殴りたくなって声を掛けて家に連れ込み全てを見た、胸もヴァギナも口の中も瞳の奥も
そして思うことは内蔵だって見て見たいだなんて思った、ヘブンズドアを使って彼女の過去やその他を知るのではなく身体という全てを知りたいと思って、ホラー映画を見始めた
人を解体するのならこうしたらいいのだろうか、内蔵だけなら誰かのスタンドで見れたらいいのに、だとか考えた
「私も大好きだよ」
子供みたいなチープな言葉だとしても
岸辺露伴はこの女の言葉が心地よくて仕方がない、消えそうな儚さが愛おしい
人並に人に恋したことがあったが智花は特別だった、例えばほかの女が好きと今まで言ってきても答えを出さなかったし、スケッチなんて興味の対象にもならず、セックスだってする気もないような相手ばかり
「僕の愛を分かってないだろ」
Gペンを片手に彼女に近づき前に立ち彼女の喉元に鋭いそのペン先を向けてみた
愛憎という言葉が何故あるのか20数年目にして岸辺露伴は理解した、愛していて愛おしくて苦しいからこそ憎むのだと、けれどそれは憎しみではない優しい愛の形なのだとも理解した
彼女の黄色味がかった日本人特有の手が伸びてペン先を握れば強く握ったせいで赤い血が流れている
「分かってるよ、だって私露伴の臓器になりたい」
プロポーズよりも過激で刺激的で、強い愛の言葉に聞こえたのは何故なのか
彼女の指先に絆創膏を貼れば子供のようにそれに喜んで見つめる、その様さえ小さな手元にあるメッセージカードくらいの紙に書き留める
1ページが愛おしいのだろう、彼女の匂いが鼻を擽る
「私露伴が好きだよ」
小説を読みながら彼女は椅子に座ってそう言った最後のスケッチブックのページを描き終えて彼女を見てみればいつの間にか小説に飽きてこちらを見ていた
だからこそ智花という一層好きな人の愛の告白に返事を出す
「僕は君の内蔵がみたいよ」
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