ブルーライトヨコハマ
昔から暴力事が何よりも大嫌いだ、口汚い言葉で大きく怒鳴りつけて身体にかっこよくもない絵を彫り込んで、組やら顔やら格好つけた事ばかりを言う男共、そんな世界が大嫌いだった
いつだって暴力で人をひれ伏させ、上から物を言い、見下ろすのが嫌で出ていっても親の権力は思いの外強く逆らうことも出来ずに黙っていた、家にいるだけでそれ以上は求められることは無かったから余計だろう
「迎え来てやったぞ智花」
「…遅れてすみません」
「良いってことよ、それより渡した着物いいな似合ってる」
下から上まで舐めるように見つめた後に男は笑って腰を抱こうとして来た手を思わず叩き落とせば近くにいた舎弟が声を荒らげる
「おい、うるせぇぞ」
「あ、兄貴でも」
「お前俺に逆らうのか?あ"ぁ智花は俺の許嫁だっつってんだろが」
「もういいから、車乗らせて」
「わーったよ、んな顔すんな悪かった」
碧棺左馬刻、知らないわけが無い
ヨコハマディビジョン代表のチームリーダー、Mr.HCは智花の祖父の組、水蓮組の敵対する同業者である火貂組の若頭だった、若く頭も切れて整った顔立ちはそれは女にモテるはずが智花の許嫁になった
火貂組の頭と水蓮組の頭が互いに組を大きくするためだとした、そうすれば互いの組は潰し合うことはなく犬猿し合うことも無く今後も横浜を大きくできるからだろう
とはいえ智花は大のヤクザ嫌いでそれは全員が知っていた左馬刻もそれを理解していたが決まったことには反対出来るはずもなく嫌々受け入れた
「不味いか」
「いいえ、凄く美味しいけどこんなところじゃなくて良かった」
「へぇ意外と貧乏舌なのか」
「貴方達みたいに無駄に毎日豪勢なもの食べないの、胃もたれする」
料亭で出される天ぷらになんの恨みはない、塩から素材から全て完璧に美味しいことには間違いはない
だが智花からしてみれば美味しい料理より嫌いな人間と食事をする方が辛いものだった
いつもより幾分か整えられた服装は彼なりのドレスコードなのだ、礼儀といい食事作法といい育ちはいいが所詮同じ穴の狢
暴力で何もかもを支配するのだと智花は心からずっと考えた
「左馬刻さんは許嫁を解消しようと思わないの」
「ねぇな」
鮎の天ぷらを咀嚼して彼は簡単にそう告げた、女でなく男からいえばまだ話を聞いてくれると思っていた、許嫁になり3ヶ月、2回目の食事はまだまともに話ができるようになったもので智花は左馬刻をよく分かっていない口が悪く咆哮の様にラップをつらつらと並べるこの男の事など理解する気もなかった
「なぁアンタが嫌なのは知ってる、だがな俺はあんたに惚れてる、オヤジが解消してきたとしても俺はアンタを嫁にする、嫌なら自分で話し込みな俺は絶対にお前を嫁にする、そして抱く」
「っ…わ、私を馬鹿にする気?爺さんが私の話を聞かないからって、バカにしないでよ貴方は私と結婚したら組の長だけど、私は貴方の駒になんてなる気は無いから」
「そういう顔だ、あんたやっぱりコッチ側なんだよ怒り方も吼え方も嫌いなのは自己嫌悪だろ、まぁいいが飯食えよ」
そういって皿に入れられたのは1番美味しかったさつまいもの天ぷらだった
悔しいが左馬刻の言う通りだとも思った、着慣れない着物姿に左馬刻は素直に綺麗だと言いながら雨の中傘を差して待つ中でも彼の高い着物の右肩は僅かに濡れていた
ヤクザに育てられてヤクザとして産まれた、女だから家を継ぐ訳でもなかった
「また次食いてぇもの考えてくれ」
家の前までそう言って送ってくれた左馬刻に智花は小さく頷いた、3つ年上の左馬刻は智花には随分と大人に見えた潜ってきた修羅が違う事も理解してはいるもののそれでも悔しかった
「早いな誘ってくるの」
「…こ、こういうのは嫌かと思って来ないかと」
「いいや、下っ端の頃とか妹と二人の時はよく食ってたわ」
「そうなんだ、妹さん大切にしてるんだね」
「当たり前だ、俺の一番の自慢の妹だ…一人っ子には分からねぇか?」
4回目に誘ったのは自分からで少しずつこの男を知りたいと思ってしまった、祖父は左馬刻を良く言う
男として奴はまだ若いがしっかりしている、だからこそ向こうの組の若頭が務まっているのだと、智花は胸の中で何度もそう考えながら目の前にある色気のないネギ牛丼を食べつつ考えた
「ふぅ、うまかったな」
「ご馳走様でした」
「もう帰るか?」
「もう少しだけ…左馬刻さんと出かけるのは難しい?」
「俺様の時間取るってことは分かってんだろうな」
あ、この人大嫌いなヤクザなんだと思いつつも彼は楽しそうに笑って電車に乗って行きつけの服屋に連れていかれて服を見繕われる、ドクロや青色や好みがわかりやすいものばかりで時折街を歩く女性がMr.HCとして嬉しそうに声を出すも近づいて来ないのは彼の普段の行いでファンサービス等がないからだろう
「ヤクザ嫌いなんだろ」
「えぇ、すぐ怒鳴りつけて暴力をしてきて最低な人達ばかりだから」
「それはヤクザじゃねぇよ、ただのクズだ」
彼はいつだって優しく肯定をしてくれる、口の悪さは二の次に情に厚いただの男だった
彼は3つ歳上なだけでえらく大人で世界のそんな心理を理解していた目の前でヒプノシスマイクを片手に彼が吼える、血管が切れたような怒った顔で崩れる意識の中で抱き締められて小さく声が聞こえる
「俺様と夫婦になるんだろうが」
と、この時初めて告げられた時と比べて嫌悪なんてとっくに消えてしまっていた
気づいた時には頭が酷く傷んでおり、身体の痛みに小さく声をあげれば隣で座って寝ていた銀髪の男が目を覚ました
「いてぇか?」
「うん…私あんまり記憶なくて、ごめんなさい」
「あぁ??何謝ってんだ」
「迷惑かけちゃったから」
「智花、よく聞けよ俺達は許嫁だ、結婚を決めてんだオヤジが決めたからじゃねぇ俺様がお前に惚れてるからだ、だから許嫁にしてもらった、だから迷惑なんかじゃねぇよ」
そういって抱き締められた彼のアロハシャツはタバコの匂いと香水と薄い血の匂いがして慌てて彼を見れば頭には軽く包帯が巻かれていて大慌てで声を出すも、気にするなの一言だった
その後やってきたあのMTC2番手の警察に事情と軽い事情聴取後すぐに開放された、どうやら左馬刻に恨みのあった連中に違法マイクで気絶させられ拉致されていたのを助けられたのだと聞いた時にはそれはもう先程の言葉など忘れて謝った
静かな車の中で隣に座る左馬刻の左手が伸びてきてそっと繋がられた
「俺様の嫁に来い、何があっても絶対に護ってやる」
「…うん。じゃあさ左馬刻」
言葉を続ける前に唇を奪われて彼の苦いタバコの匂いがした後に意地悪そうに彼は微笑んだ
「ヤクザは嫌いだろ」
そういう彼にムッとして智花は胸ポケットにあるタバコを奪い取って窓を開けて投げ捨てた
「何しやがる!」
「ふふ、ヤクザは大嫌いだよ、私達の組以外は」
怒鳴りつけてすぐに大きな声を出して暴力に明け暮れる品のない奴等なんて大嫌いだ、けれど目の前の男は違う何故ならその手の使い道を知っているからだ、また1度髪の毛を撫でられた後に頬に手が添えられる横浜の夜の光が車の中を照らした、その日私達は心から夫婦になれるのだと確信したのだった。
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