ジントニック
カランカランと入口の鈴の音が小さくなった、グラスを拭きながら反射して映る自分の顔はそこらの男と比べてもやはり男前だと少し思いつつ頭から離れない戦場に思いを馳せていた
「取り敢えずビール欲しい」
深く溜息をつきながら薄手のシャツを着た女はそう告げてテーブルの上に札を置いた
「えらく疲れてるな」
「暑っついの、シティから家まで車壊れたからタクシーで帰りたかったのにタクシーはないし、電車もないから仕方なく歩いてきたってのに店はクローズの看板出してオマケに亭主は自分の顔にうっとりと来た」
「いいだろ?俺の顔中々綺麗だなぁって思ったんだよ」
「はいはい、これ飲んだら帰るから」
「そんな寂しいこと言うなよ」
どうせもう閉店だ、いつもクローズの看板を出した後に直ぐ店は閉めるが其れをしないのは君を待っていたからだと言いたげに彼は白い歯を見せて笑う、やって来たビールを片手に2人で乾杯をして賞味期限が近い冷凍ピザを温めた
「明日は?」
「休み…待ってそういう事しないからね」
「嘘だろハニー、俺を殺したいのかよ」
「私超汗臭いし、家帰るまで時間かかるし服もないから」
「あー、母さんなら居ないしなんならパンツも俺の貸してあげられる、最高だろ?」
「朝ごはんは」
「パンケーキにフルーツ、エリオット様特製ティーにヨーグルトはどうかなお姫様」
「…ノッた」
温まったピザを口に入れてニヤリと笑えば彼は楽しそうに微笑んだ、テレビに映る中継はこの間あったAPEXゲームだった
ここ数週間ずっと彼はこのゲームに夢中だった、恋人である智花は分かっていた彼が何を望んでいるか、その夢を諦め切れずにずっと夢中になっていることも、けれど彼は店も家族も恋人も手放すことは出来ない優しい男だった
彼はどこまでも優秀で自己肯定感が高く完璧な男だ(とはいえ性格が玉に瑕でもある)だがしかし少しでも間違えばあのゲームは命を落としてしまう、出ているレジェンド達はいつだって危険な人間が多く皆野望を持っている
だからこそ笑顔で応援することも送り出すことも出来ずにいた
「なぁ言いたいことあるなら言っていいんだからな」
「どうして?別れたいとかって話?」
「縁起でもないこと言うなよ、こう見えて一途な男なんだぜ智花見たいないい女忘れられねぇさ」
同じシーツの上で裸になって繋がっていた時ふとエリオットはそう声をかけた、少し細く平たい骨張った掌が頬を包むように撫でて、髪を撫でる末っ子のあまちゃん坊のその顔はいつだって好きでいる。
「なぁ…もしかして本気で別れたい、とか?」
「っフフ、そんな訳ないでしょ冗談だよ」
毎日2人で同じベッドで愛し合い、朝は彼の朝食を食べて、昼ぐらいダラダラと買い物に出かけて、夕暮れ2人で夕飯を作って、安いワインを片手に彼お手製のポークチョップを楽しんで、そんな生活が死ぬまであればと願う自分と、そう思ってはいるものの彼の夢への憧れを止められない自分がいた
「ねぇ、死ぬかもしれないよ」
「…あぁそうだな」
「普通のバーのマスターしてただけの人間でしょ」
「みんなそんなもんさ」
「その内怖い快楽殺人鬼が来るかも」
「そりゃあ怖いな…でもな、智花を残して夢に走る自分が一番最低だって思ってるんだ、母さんも智花も俺にとっての唯一無二だ」
ぎゅうっと強く抱きしめられたい、肩に埋められた彼の頭は同じシャンプーの香りがした、そっと背中に腕を伸ばして撫でてやる
彼が軽口を叩いたりよくおチャラける姿は本心ではないことを知っている、本当の自分を隠そうとする事くらい数年の付き合いの今はよく分かる
「じゃあちゃんと勝ってきて、勿論1シーズンじゃなくてずっと負ける姿はあんまり見たくないお店なら私が何とかしてあげるから偶に顔出して、それで絶対後悔しないでね」
約束よ。と智花の言葉にエリオットは顔を上げて口を間抜けにも開けていた
何か言いたげな顔をしてけれどそれを全て飲み込んで口を開く
「絶対だ、富も名声もゲットして、そして俺のデコイを全宇宙に知らしめてやる」
「うん、それでこそ私のハニー」
「さて、そうと決まれば続きだ会えない日々なんか俺には耐えられないが智花の為だ!」
「エリオットのおバカさん」
-APEXのチャンピオンが決まりました-
手に持っていたグラスの奥で光っていた液晶からアナウンスが流れた、3人チームの真ん中で派手に映る男の顔を見ながら女は微笑んだ
「なんだマスター、嬉しそうだな」
「えぇ、今回もミラージュが勝ったから」
「ふぅん、ミラージュ好きなのかい、いい男の趣味してるね」
目の前の男の言葉に口元を弛めて彼女は返事をする
「えぇ、一途な男ですから」
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