恋心と愚者

恋ってのはどうしようも無いものだと感じたのはその時だった、人に恋をしたことも愛をしたことも無い人生の中で初めて緑の煙から現れたあの紳士に心を奪われたのは決して死にそうだったからでは無い事は確かだ。

心臓の鼓動が早くなり血管の血が溢れそうな感覚、心臓がぎゅうっと縮まったり大きくなったり肺で息が出来なくなり脳みそが解けるように意識がぼんやりとし始める

「ふむ、もう少しだな」

ヒューヒューと荒い呼吸が口から情けなく出ていき扉の奥で興味深そうな顔をする男に心底思う、好きだと

「こすて…っく、博士」

「また君か協力感謝しよう、君には毎度世話になっているのだからな」

「っあぐ!ひっぃ」

「これは僅かながら私からの礼だ、また次回も協力頼もう」

首元を掴まれて抵抗も出来ずにいれば胸元にあったガスを顔に浴びせられる、数少ない新しいガスなのかまるで顔が溶けそうな程の感覚に悲鳴も出ずに気づけばシップの中に逆戻りであり目を覚ませば部隊順位は11位であった、知らない新人達と組んだのだ生き延びた方だろうと内心考える、本日の優勝チームが決まったらしく成績表を見た中で見覚えのある男がいた
何度その手で殺されたのか、何度その手で殴られたか撃ち殺されたか、思い出すことも出来ないほどの記憶を探る、コースティックと呼ばれしマッドサイエンティストはこの世界でこのゲームを楽しんでいる1人だろう
初恋の相手であり今なお恋い焦がれる想い人である彼は人をモルモット、研究材料以外には見られない人間だった、例え自身が死んだとしても次回の研究材料等になればいいと思うかもしれないと勝手に思えた

「こんにちはコースティック博士、入っても?」

「あぁ構わない」

試合用の移動シップは未だに家には到着しないらしく、アナウンスもない、仕方なくレジェンド達に与えられている小部屋を歩き回り、その中にあるコースティックの個室に声をかけた
試合の服よりもラフであり、見ることの少ない素顔を思わず眺めつつ頼まれていた研究材料とカフェルームから奪ってきたコーヒーを彼の作業台に置いてやる

「本日の優勝おめでとうございます」

「世辞は要らない、それよりも頼んだいたものは完璧か」

「そりゃあそれよりほら、ご褒美下さい」

「…君も飽きない女性だな」

呆れたような顔の彼が椅子に座ったままそっと腕を広げてくれる、まるで子供が父親に甘えるように胸に抱きつけば背中に腕が周り年齢よりも随分とついた筋肉や体質のせいかふんわりとした所々柔らかい身体、思っているよりも随分と優しい匂いに包まれて目を閉じる
彼の求めるものの代わりにハグを求めたのは手伝い始めてからすぐの事だった
このゲームに参加をした理由はお金ではあったが、彼からの褒美として貰うものはそんな物ではなく偽りでもいい愛情と温もりだった、夢はいつか覚める様に部屋の中に小煩いアラーム音がなって1分という短い時間が過ぎてしまったのだと感じ閉じていた目を開ける

「また頼む」

「えぇ博士のためですから」

例えそれが偽りのものであっても構わなかった、ドロップシップの中で金髪のあの有名女性レジェンドと話をする時の彼は何処までも好意的であり、それが異性ではないと分かっていながらもそれさえ向けられない自身が辛く、そして何よりも彼女が羨ましいものだった
目が合った時に会釈もなく、ただ見つめ合うだけだとしてもよかった、深く息を吐いてスコープの奥でダウンした敵を見つめるあの敵と変わらないようなものでただ目の前に餌があるから摘んでいるだけなのだ
コースティックという男が人間というものに興味が無いことと同じで智花も彼以外の人間などどうでもいい。

「博士、今日は少しだけ御褒美を変えるのはダメですか?」

「…聞くだけ聞こう」

「手を繋いで欲しいんです、向かい合わせで目を逸らさずに今回だけ」

その日のゲームの調子は良かった18キルに4000ハンマーもいった、だからこれくらいワガママいいだろうと思い告げれば思ったよりも困ったような迷惑そうな顔もせず、代わりに彼が小さくため息をこぼした音を聞き逃すはずがないどうせ断られることも分かって言っていた、だがコースティックは反対に返事を出す

「…君の頼みだ、断る事は難しい話だな」

そう述べて手を差し出した彼の前に椅子を持っていき握手するように繋いでいたはずが、思ったよりも彼は情熱的に指を絡めた
普段感じるのは匂いや温もりだが顔を見合い更には手を繋ぐのはまるで恋人のようでヘタに緊張してしまう
美しい瞳の色や髪色、顔の薄いシワやシミが年齢を感じて更には普段マスクで隠されている口元は無造作な髭で囲われている、それさえ全て愛しさであり、どうして父より少し年下でありさほど母と変わらない年齢のこの人に恋をしたのだろうかと悩み始める

「どうしたんだ」

「博士は私が迷惑でしょうか」

「迷惑ではない君は私に従順だからな」

悪びれなく彼はそういって目を逸らさないで話をした、タイマーの設置はなくどちらかの気が済むまでは許されるこの状況にまるで彼の毒ガスを浴びたかのように心臓が大きく音を立てる

「私はコースティック博士が好きです」

「知っているとも、利口な君のことくらい」

「恋人ごっこをして欲しいとは思わないんですが少しだけ報われたいんです」

何も気にしたことないように彼の美しい瞳がまるで全てを見透かすように見つめられる、思わず目を逸らしてしまえばパッと繋いだ手を離され思わず情けなくあっ…と声を出してしまう
それでも目の前の彼は背中を向けて研究に戻ってしまい何も言えずに立ち上がる

「君の求めることはこういうことでは無いのだろう」

そういって向かい直したコースティックが智花の腕を取る、何をされたのかは分からず数秒経ってから智花は唇に触れた温もりを感じ目を丸くしたあとまるで初心な少女のように顔を赤く染める、目の前の彼は何も気にしておらずそれにさえ恥ずかしい程だった

「冗談ではなく私は本気で博士を愛しています!…でっではまた」

後ろでコースティックが何かを言っていた様な気がしたがそれさえ耳にも入らずに思わず部屋を飛び出した、乙女の恋心を彼は理解していないと内心智花は言ってやりたかった、それでも部屋を出てから声も出ずに深く息を飲み込んで深呼吸する

「あれ智花顔が真っ赤だよ」

目の前にいつの間にかいたパスファインダーがそういった、返事もできず彼に抱きついてようやく状況整理をした
次回から彼にどうして接したらいいのだろう、なんて何も気にしていないような人相手にそう思いながらため息を着くのだった

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