ミニシアター

「お先失礼します」

「お疲れ様」

時刻は定時を15分ほど過ぎており、足早に智花は事務所を出たスマホの時計は18:16分になって最寄りの出口で降りて早々に目的地に向かう、寂れた古臭いミニシアターはその日も誰も見ないようなB級映画を上映していた、入口の老人に声をかけてチケットを買って早々に1番見やすい席に座る
来る前に近くのスーパーで買った袋ポップコーンの開ける音など人っ子一人、異界人も居ないここでは不快な顔をする者など居ない
上映が始まるアナウンスが流れ真っ暗になれば予告もなしに本編が流れる、小さな頃に見た覚えのあるSF映画が流れ始めたと思えばオンボロな扉がキィ…と音を立てて開いた音がして、映画の音に混じった現実の小さな足音が近づいた

「いりますか?」

「是非」

こんにちは、隣よろしいですか?なんて言葉もなく隣に座った男性にポップコーンの袋を向ければ大きな手と裏腹に控えめに2.3粒ほど取られてその大きな口の中に消えたのだろう

「コーラでよかっただろうか?」

「えぇ、最高ですね」

「買ってきておいてよかった」

コーラの瓶が2つ2人の横にあるドリンクホルダーの横に刺さった、映画はエイリアンに侵略されようとする地球人だが昔の映画はCGも難しいせいかチンケでそれさえ2人を楽しませるものだった。
不思議な骸骨のようなデザインのエイリアン達はアメリカにやってきた、歓迎を迎えるセレモニーの中1匹の鳩が飛んだことをキッカケに次々と人々は滑稽な形で死んでいった、昔の映画は今この街では日常のようなもので普通の日々を映像にされているようだ

「ぷくく……ふふっ」

隣の彼女は面白いのかそんな映画に小さく笑った、隣に座る男は真剣に映画を見た何もこの映画は初めてではないというのにいつでも彼は何事でも真剣だ
あっという間の1時間半が過ぎてエンドロールが流れ、空になったコーラの空き瓶とポップコーンの袋を片手に2人は終わったと同時に立ち上がる
常連だと言える2人から無言でゴミを集めてオーナーは静かに映画館の看板をCLOSEに変えた

「最後のオチといい、火星人の弱点が音楽だなんて可笑しいですよね」

「何度観ても不思議な映画だ、だがあの監督のデザインセンスはやはり奇妙でいて美しい」

「そうですね、私が小さい頃にDVDで見て以来ですよ」

「面白かっただろうか?」

「そりゃあ勿論」

心底楽しそうに笑う彼女にクラウスは柔らかく微笑んだ、毎週金曜の定時明けの来れる日は2人は映画館で待ち合わせをして映画を見て食事をする、ハンバーガーの食べ方で悩む彼に食べ方を教えてコーラとポップコーンの美味しさも教えてやった

「来週は何をするのだろうかそれが毎週の楽しみだ」

「私もクラウスさんとみる映画はとても楽しいです」

「あぁそうだ、私も君と観る映画が心底楽しい」

そう笑ってクラウスは智花の口端に着いたケチャップをナプキンで拭ってやる、上司と部下であるが外に出れば対等な友人でいたいと言ったのはクラウスだった、初めこそ困惑したが彼の優しさや互いの趣味を考慮しても飲み込んだ
夕飯を食べ終えればクラウスはスマホで連絡を入れるギルベルトの迎えを頼んだのだろう

「智花今日くらい一緒に帰らないだろうか」

「流石にそこまでは出来ませんよ、私の家遠いし車だと行きにくいので」

じゃあ。と告げて店から出ていった智花の背中を見つめてまた深くため息をこぼしたクラウスは悩んだ
智花に好意を抱いているが未だに伝えられずにいるからだろう、趣味が共通していた故に関係を持ったがそれ以上などある訳もなく友人よりも距離がある今の関係になんとも言えぬ感情に支配される

「ガツンと行けばいいだろう、智花だって嫌なら君とは行かないだろう」

木曜日のアフターヌーンティーにて同僚スティーブンはため息をついた、女性をよく知る彼がそう助言をしたとて力には正直ならなかった、だが遠くで楽しそうに笑う智花を見ればクラウスも腹を括るべきなのかと悩んだ
先週のSFから1週間後、また金曜日がやってきた大きな仕事を片付けて打ち上げは後日になり今日は全員直帰という話で解散になった

「お疲れ様です」

「お疲れ様」

いつも通りの声が聞こえてクラウスは足を映画館には向けずに反対を向け歩き始めた
つまらなくは無い最近人気なラブストーリー、珍しくB級じゃないのか…と智花は思いながらコーラを飲んで映画に食いついた、この映画館を知ったのはたまたま帰り道にあったからだ、それがいつの間にか毎週来るようになり、オマケに意中の相手とは思わず智花はいつも胸が張り裂けそうだった
映画は中盤に進み、主人公は悩み相手が好きだと気付くも自分の身分の違いに打ちのめされる
キィ…と扉の開く音が聞こえて隣の席にドリンクを置いて画面を見つめる

「今日はそのこれを」

「ありがと…え、どうしたんですか」

差し出されたものにいつも通り受け取ろうとするも大きな花束に気付いて智花は映画も見れずにクラウスを見つめた
スクリーンの光に照らされたクラウスの顔は真剣でいつものように見つめていた

「映画の邪魔をしてすまない、だが智花に伝えたい」

「今はダメ!ってあのいい所だからその見終わってからにしましょう」

「あっ!あぁ」

渡されたバラの花束をできる限り智花はしっかり持って花束の奥から小さく隣を見れば彼は気にせずいつも通りに映画を真剣に見ていた、智花も頭の中を空にして映画を見直したいつの間にか主役2人は恋仲になり漸くそこで初めてのキスをしていた
ぼおっとエンドロールを眺めて明るくなったシアタールームの中で智花は座っていた

「終わったぞ」

老人の声が聞こえ智花はハッと隣を見れば手を差し伸べられ席を立ち連れられる、映画館を出れば見慣れた車と執事が1人の隣に立つクラウスは困ったような顔で眉を少し下げて言葉を発する

「今日は送らせてくれるだろうか」

「今日だけですよ」

その言葉にクラウスはほっとしたような顔をした、智花はその返事を出したことに後悔はない、大きな手のひらが智花の手を大きく握ったその手は薄ら汗ばんで彼の鼓動が聞こえそうだった、来週の映画はなんだろう。なんていつもの感想はもう出てこなかった
数時間後にはさっきの映画のような結末を迎えるのだろう、そう2人は幸せなキスをしました。と

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