キムチ鍋

息が白くなる頃、暖かいものが食べたいだなんてふと考えていればポケットに入れていたスマホが小さく震えてすぐ止んだ、同じ考えであったらしいそのメールを送信してきた相手に返事を出して歩き出す
今日は鍋にするらしい

11月近くになれば外はめっきり秋という季節を無くしてくるこの頃、紅葉など見る間もなく散ってしまいあたりはイルミネーションとハロウィンの飾りとサンタクロースの顔が混ざり合う。
近所のスーパーに向かって買い忘れたらしいキムチ鍋の素とかかれた瓶とついでにとアルコールコーナーにあるビールを数本カゴに入れる
レジ付近にあるチョコレート菓子にそう言えば好きだったと思い出してついでにカゴの中に放り込み店員に渡して会計をする

「あれ七海さん!」

「お疲れ様です」

「はい、お買い物頼んじゃってすみません、私も今帰りなんです七海さんもですか?」

「えぇ荷物持ちましょう」

「大丈夫ですよ、帰ってキムチ鍋しましょうね」

美味しいんですよ。なんてニコニコ笑う彼女に釣られて表情が緩まる気がした
呪力もなければ呪いなんて分かりもしない一般人な恋人と出会ったのは呪術師を一時的にやめていた時だった、同じ電車でスマホを忘れていった彼女のアタックに負けたのか、それとも初めから惚れてたのか、否両方だったのかもしれない。
それでも七海は心地いいほど智花という女性が好きであり、共にいる時間を大切にした
小さなアパートの鍵を開けてまだ冷える部屋の暖房をつけた七海に智花は直ぐにキッチンに立つ

「作ってますからお風呂入っててください、そういえば今日泊まりますか?」

「えぇ良ければ」

「良かった、パジャマ新しいの買っておいたのでそれ使ってくださいお揃いですよ」

その言葉についぐっと何かを言いたい気持ちを押し切っていつも通りに泊まり用の衣類のあるタンスの引き出しから真新しい白と紺色のパジャマを片手に風呂の用意をしに向かう
智花と付き合って1年が過ぎた、仕事のことを包み隠さず言うも深く理解は出来ないだろうが分かった。とだけ告げた
ボロボロになる姿を見ては泣きそうな顔をして仕事を辞めて欲しいと当然の話だってされた、お互いの年齢や性格を見て結婚が妥当だが踏み切れずにもいたのは七海の問題でもあった

「手伝いましょうか?」

「あれお風呂は」

「お湯入れてますから30分くらいはかかりますよ」

「なら切ったお野菜入れてもらっててもいいですか」

皿の上に盛られている大量の野菜にキノコに肉類を赤い液体の入った鍋の中に入れて電子コンロの火をつける
鍋いっぱいになったところで蓋をしてやり次の指示を待つように後ろから覗けば律儀にエプロンを着て野菜を切る姿をみた、別に料理が珍しい訳では無いが七海とて惚れた女の姿には何度でも見惚れるところはあるのだろう。

「そんなに見られたら私緊張しちゃいますよ」

「それは失礼しました」

「あ…七海さんって辛いのいけるのは知ってますけど締めは何します?ラーメンご飯うどん」

「どれも捨て難いですね」

「私も実はすごく悩んでます」

うーん、と2人して固まりながらも冷蔵庫と炊飯器を見れば特に締めに使える材料はなく風呂もまだできる気配はなかった

「ならラーメンにしましょう、買ってきますよ」

「えぇいいんですか」

「すぐ帰りますから、気をつけて料理してください」

そう言って彼は智花の頬にキスをしていく、まるで子供扱いだと言わんばかりだが智花は少し気恥しそうにけれども嬉しそうに頷いて玄関から見送った。
再度やってきたスーパーの鍋コーナーの中にある鍋用ラーメンを1つ手に取りレジに向かう…前に少し見えたアイスコーナーで高級アイス(1つ300円)を2つ手に取りレジに行く
七海はふと甘いなと自分に対して思えてしまう、智花を思えばいつだって面倒くさいことをするし、彼女を思えば色んなものを買ってしまう、少し前に「七海さんに太らされた」とむくれた顔で言い出した智花を思い出しながらも辞めることは出来ない彼は先程と同じ店員にスプーンは2つと言いつつまた同じ道を歩いていく

「いい匂いですね」

「あれ早かったですねおかえりなさいってあー!ハーゲソダッツ」

「食後にですよ、後これも」

最初に買ってきた袋からチョコレート菓子を手に置いてやればキラキラと子供のような目をして七海をみる
この瞳を見る時に七海はこの世界が捨てたものじゃないと思え更にこの人を守る為ならばクソのような仕事も頑張れると思えた
ぐつぐつと煮えたぎる鍋の蓋を開ければ先程の寒さも忘れるような食欲と熱に沸かされる

「お風呂出来てるみたいですけど、どうします?」

「先食べましょうか、その後ゆっくり風呂にしましょう」

「えぇ勿論」

じゃあお皿出しますと七海は用意していき智花もエプロンを外して席に着く、智花の買ってきてくれたビールをコップについで貰い2人して嬉しそうに乾杯した
熱いキムチ鍋を2人でよそって仕事の話や最近あった話しや愚痴や色んな話をしていく、互いに社会人で別の仕事をしているために会える機会も少ない七海は出張も少なからずある訳で智花を寂しくさせている自覚もあった
同棲しないのもその為であり踏み出せないでいるばかりだった、鍋の3/4も食べてしまえば残りは出汁の染み込んだ野菜たちが残るばかりだった

「そろそろ締め入れますね」

「おねがいしまーす」

料理関係をほとんど智花がしてもらった為に最後くらいはと七海が袋からラーメンを出してついでに冷蔵庫にある卵と葱も取り出した
智花はほろ酔い状態でビールを片手に暑いためか腕まくりをして作る七海を見つめた続けた、ラーメンを入れてその上に卵を乗せて加熱し蓋をする2分ほどすれば麺がほぐれて卵も半熟で美味しそうだった
キムチ鍋の汁を吸った野菜と混ざって腹6分目辺りではあるがさらに食欲をそそる

「器ください、入れますよ」

「ありがとうございます、七海さんのラーメン美味しそう」

「智花のお陰ですよ」

七海は器についでやり自身のものを入れる間に先に智花はラーメンをすすり、美味しい美味しいと幸せそうに笑った顔を見てふと七海は言った

「結婚しませんか」

二人の間には凡そ30秒ほど間が空いて七海は自分が何を言ったのか理解出来ずに智花は噎せることなく口に入れていたラーメンを飲み込んでから、5秒ほど目を丸くして笑顔で答えた

「はい、喜んで」

「え、本気ですか」

「七海さんとなら絶対私幸せですから、七海さんは嫌ですか?」

箸を止めて智花はほろ酔いしていてもハッキリした目でそう告げた、その返答にいつも冷静である七海が少し大きく声を出す

「嫌な訳ありません、智花とじゃなきゃ結婚なんて考えるわけもない」

サングラスの要らない部屋の中でみる智花はいつも幸せそうに微笑んでいる、其れが好きでたまらない愛おしさが溢れて心地よかった
この小さなアパートの部屋の中だけは汚い呪霊も何も無い天国のようにも思える程、苦しい過去も現在も夢だと思えてしまう程心地が良いのだ

「じゃあ私これから七海智花ですね、健人さん」

「…あ、あぁそうですね」

「ねぇ健人さん、私凄く嬉しいです」

「こんなダサいプロポーズがですか」

「ううん、貴方との食事も会話も全部幸せです」

これが続くだなんて幸せですね。なんて智花は笑うあぁその通りだ彼女に勝てないな。なんて七海は思いながら少しふやけたラーメンを食べる出汁を吸ったそのラーメンは少し濃い味でこれからの2人の門出を実感させるような味だった。

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