飼い主


金曜日の居酒屋はサラリーマンも学生もバイトも人で溢れかえる、時々奥から店員のグラスを割る音やらいらっしゃいませの声など色んな人の声が聞こえながらぼぅっと男は手元のスマホを見た、次々と通知がなっては『今日はどう?』『今度いつ会おっか』『先輩が〜』なんていった連絡が別アカウント達から溢れんばかりに来る

「おーい、尾形お前楽しんでねぇのかよってうわそのLINEなんだよ!1人くらい紹介しろよ」

「知らねぇよ馬鹿みたいに寄越しやがるんだよ」

「えー、やっぱり尾形さんってモテるんですか?」

猫なで声で隣に座る女が大きな瞳で見つめた、何も映しそうにない尾形の瞳が彼女を捉えても考えることは下世話な事ばかりだ、とはいえ所詮大学生のしかも合コンなんて当然下世話な事だけだろう

「私彼女立候補した〜い、あっLINE交換しませんか?」

「いいぜ、連絡返さなくていいなら」

そう言っても媚びたままの女にハァッと内心ため息をついた、何奴も此奴も面白くない、可愛らしさはあるかもしれないが湧き上がる感情も無い
スマホにまた光ってスタンプの画面に隣を見れば宜しく。と伝えられて下らない話を続けられる

「お前ら二次会どうするカラオケ行くけど」

もうすぐ1次会が終わる。という直前で隣の女が喧騒の中で耳打ちする

「2人で抜けよっか…ホテル行こうよ」

「…いいな、のった」

じゃあ俺たちはいい。と声を出したあとすぐだった1件だけまたスマホが震えたがLINEの通知音ではなくメールの通知だった、まるで獲物に食いつく獣のようにスマホを真剣に覗いた尾形は掛けていたジャケットを手に持ち急いで出ようとする勿論出る前に幹事に今日の代金も渡して

「えっえ!どこいくの」

「もうお前に用はない」

あーぁ、また最低な振り方してやんの…なんて周りの男たちは冷めた目で見たあとに残された子を慰めてやった
冷えきった路地をずっと走っていく、家から近くでよかったと安堵して少し古臭いアパートの2階で女が丁度鍵を開けようとした事に慌てて駆けつける

「あれ?尾形くん早かったねぇ」

「まぁ…な、重たいだろ持つから貸せよ」

「平気だって、ご飯食べたんでしょ?」

「全然食ってねぇから飯作ってくれ」

荷物を奪ってから部屋の鍵を開けてやり家にあげる、表札は尾形と表記がありここは勿論彼の家だ、滅多に帰らなかったはずの
風呂の用意をしてやる間に智花は今日は鍋にしようと準備を進めた、部屋にゴミは無いか見られて困るものはないかと真剣に探している様も智花は知っていても何も言わずに我が家ながら勝手に進める

「今日合コンだったんでしょ」

「あぁ、別に飯食いに行くだけの場所だ」

「嘘つき、まぁいいけど毛の1本あっても気にしないからもう座れば?」

「お前俺のこと嫌いなのか」

「馬鹿言わないでよ」

そんな子にこんな事しないでしょ。とワンルームの部屋の中に置いてある小さいテーブルの上に新聞を敷いてから鍋を置いてやりお椀と箸を渡してやる
先程の居酒屋の料理が霞むほどに尾形にとってそれが最高級の料理に思えた、そう尾形百之助という男にとって智花は特別すぎる女だった
年上で穏やかで、別に探したらごまんといる女が特別だった、例え夜中でもほかの女といてもベッドの中だとしても彼は呼ばれたら飛び出していくだろう、靴が脱げても財布を忘れてもスマホ片手に必死に逢いに行くのだ
智花はそんな尾形を懐いた猫だと認識した、人に甘えることは無いが1度甘えるとしつこくてそれが昔飼っていた実家の猫に似ていた

「女の子のこと雑に扱っちゃいつかやられるよ」

「智花以外ならどうだっていい、俺はあんた以外の女なんて眼中に無い」

「ベッドに入れるのに?」

「当たり前だ、人間には欲求があるんだ」

「私入れてもらってない」

その言葉に思わず噎せてしまい、智花が優しく背中を摩ってお茶を渡してやる
尾形は思わず彼女の顔を見れば不思議そうな当然のことを言ったような顔をするものだからはぁ…とため息を別の意味で零しそうになる、彼自身思わなかった去年の今頃ならたった一人の女のために他の物を捨てられるなどでも今なら躊躇なく出来ることだろう

「お前は特別だからな」

「好きって意味で?」

「それ以上だ言葉なんかはない、だから抱かないし抱いても絶対にほかの女みたいな真似はしない」

「別にいいのにその他大勢で」

「なら俺もその他大勢で結構だ」

「あっ拗ねた」

彼女の前だけ子供のような真似をしてしまいそうになる、それが許されてしまう、食事を終えて風呂も終えれば2人してテレビを見て彼女は真面目に眼鏡をかけて仕事を家でもしている
彼女の膝に頭を乗せてスマホを覗けばつまらない女達の連絡が溢れんばかりに来ている、先程の合コンにいた友達からも数件連絡が来ているが返事が面倒くさくなり後ろにあるベッドに投げ入れる

「こら投げないの、なになに…ふぅん、モテモテだねぇ尾形くん」

「別に好きでモテてるわけじゃねぇ、良すぎる顔のせいか?」

「うーーん、確かに顔はいいけど性格がねぇ難しいから女の子じゃ扱えないんじゃない」

「じゃあ俺の首輪は智花さんが付けてくれよ、縛って俺を飼い慣らしてくれよ」

そっと智花の頬を撫でた尾形の言葉に目を丸くした智花は一瞬考えてから彼の首筋に顔を寄せた、その直後ガリッと小さな音と共に痛みが来た思わず眉をひそめれば智花の顔が上がり口元は少しだけ赤い血が付着している

「ほぉら首輪」

そういって彼女はキスマークなんてものじゃない噛み跡を残した、その後を指でそっと撫でれば血が指先に少しだけついた
あぁやっぱり彼女じゃなきゃダメだ。と青年は思いながら飼い主に甘えた

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