君と君以外

「それで…これだけしたんだもの、ご褒美があってもいいンじゃない?」

そういって軽い力で押されてベッドの上に腰かければ機嫌良さそうに口は弧を描く。
綺麗にされた細い指先がしっかりとアイロン掛けまでしたレモン色のネクタイにかけられ、じっと下から覗き込めば支配下に置いて機嫌良さそうな女の顔が近付いた、これも立派な仕事だから仕方がない

「お疲れ様最高だったよ、また宜しく」

「えぇ、今後とも是非宜しくスティーブン」

HLの中でも屈指の高級ホテルから出てふとスーツの匂いを嗅いだ、あぁあの女のシャネルの香水が、嗅覚を鋭く攻撃する、どう足掻いても匂いがこびりついて消えやしない、時刻は夜の22時前スマホは元気に震えていた
胸ポケットにしまっていたUSBを近くの路地に投げ捨てればそれは綺麗にキャッチされる

「中身のチェック頼むよ」

「はい、畏まりました」

低い声がそっと聞こえて消えていく、相変わらず彼等はゴーストの様だった、疲れきった体を癒すには美味しい食事と可愛い恋人だとスティーブンは思いつきケツポケットにあるスマホを覗けば早速相手からの連絡を見て、機嫌良く足を早めた

智花が嫉妬をしないわけが無い、けれど仕方が無いと思う気持ちが彼女にもあるのか責めることは無い、それでも物言いたげな顔でソワソワと玄関先からじっとスティーブンを見つめた

「あー、ただいま」

「お帰りなさい、ご飯食べましたか」

「いやまだなんだけど、僕の分あるかな」

いかにも彼女は拗ねています。みたいに少しむくれた顔で出迎えたかと思いきや両手のあいているスティーブンの胸に飛びついて猫のように顔を擦り寄せる

「なんだい智花」

「匂い付けです、私と貴方以外の匂いはこの家にいりませんから」

あぁヴェデットさんは別です。なんて言いながら甘える恋人を上から覆い被さるようにぎゅうっと強く抱きしめる、まるで馬鹿みたいな新婚夫婦の様に2人してそのままリビングに向かう、やさしいオニオンスープの匂いとホワイトソースの匂いに釣られてキッチンを覗こうとするもそれはまだ早いというのか追い出されてしまう

「シャワーしてください、私もご飯まだなんです」

「仕事終わったの早かったんだろ?先食べてりゃ良かったのに」

「私もデート相手くらいいますから」

「嫉妬しちゃうなぁ、僕のキティを誑かすのは誰だ?」

ジャケットを脱いでクリーニング用のカゴに入れて食事の準備をする彼女に飛びつくように抱きしめる、鍋の中を混ぜながら彼女が顔を上げて悪戯げに笑う
それは仕返しだろうスティーブンは智花に隠さずその日のことを伝える仕事の内容も相手の性別も相手が自分に送ってくる感情も
智花はそれに対して文句は言えずとも嫉妬はする、だから仕返しという訳だった、どうしようかなぁ?なんて迷いながら答えない智花の頬にキスを送って混ぜる手に重ねる

「君は僕のamoreだ、もしそんな男がいたら殺してしまいそうだ」

だから教えてくれるだろう。と言えば智花はうーん?と声を出して言う

「クラウスさんでも?」

「…そりゃあ無理だ、彼と君は別の意味で特別だからなぁ…クラウスなら仕方ないけど…意地悪した罰だキスしてやる」

まるで子供みたいに何度も頬や額や唇に沢山のキスを落としてくすくすと2人で笑う、そろそろしっかりお互いにやることをせねば時間は23時を越えてしまう、慌ててシャワーを浴びて上がればテーブルの上には2人分のグラタンとサラダとスープとパンが並べられていた、そして今日クラウスと買ってきたというワインを2人で開けて楽しむ
数時間前にあの女と楽しんだ時間など嘘のように智花といると羽を伸ばせる、幸せでありどこ迄も愛おしいと実感する、ほろ酔い状態の智花がぼうっとテレビのニュースを見て食べ終わった食器を片してやる

「ほらハニー食後のデザートは要らないのかい」

「んー、チョコレート」

「仰せのままに」

2人にしては少し大きすぎると感じる冷蔵庫も自炊する智花がいればギュウギュウだ、更に冷凍室の中はアイスや貰い物の肉やらで埋まりきっている
その中でもとびきり高いチョコレートアイスとラムレーズンアイスを片手にリビングのソファーに座っていつの間にか流れているラブロマンスドラマに食いつく智花の口にアイスを入れてやる

「美味しい?」

スティーブンが聞けばドラマに真剣な智花は小さく頷いて小鳥のように口を開ける、次はラムレーズンと味を交互にいれつつ自分も食べていく
まるで子供のような智花を世話をする時間が幸せでたまらずにスティーブンは口を開けた間抜けな智花の少しチョコレートで汚れた口の端をティッシュで拭いてやる

「このドラマすごく素敵なんですよ、引き裂かれた2人のカップルが再び困難に負けずに立ち上がって」

「へぇ、僕らよりも素敵なのかい」

「そりゃあスティーブンさんのが素敵ですね、最優秀俳優賞を上げなきゃ」

ドラマを見終わった智花は興奮気味に話をするため、それに相槌を打つあぁ本当にティーンみたいなやり取りだ甘くて馬鹿で脳みその中まで砂糖で出来ている感覚、それでもスティーブンは幸せだ、可愛い恋人に嫉妬されて嫉妬して愛おしさを噛み締めて

「明日は普通に帰ってきますか?」

「まぁいつも通りかな、明日は僕が作るから何が食べたい」

「タコス食べたいです」

「タコスゥ?美味しくなくても笑うなよ」

「ふふ、それは味を見てから」

「なんだってぇ」

ベッドの中でそう会話をして智花の上に跨る、ふと智花がスティーブンのパジャマのボタンを外す指先をじっと見つめれば、互いにそこから熱が広がるような感覚を感じる

「好きだよ智花」

「私も」

サイドテーブルの灯りを小さく灯して2人して口付ける、今日何回目のキスだったかなんて忘れたが、どんな人間を抱いてどんな人間と食事をしてもきっとスティーブンの中には智花以上に何かを得られる人間など居ないだろう、それ程彼はゾッコンだから。

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