さよならバイバイおかえり

ある日家に帰った時家の中はまるで初めから誰もいなかったと言うようにまっさらな状態だった、自分一人分だけの衣類やマグカップに歯ブラシ、そして一言テーブルの上の紙には【また逢いましょう】と残されていた

「それが僕らの終わりなんじゃないのか」

至極眼前の男は苛立ちを隠すことなく足の先から指先まで表して睨みつけた、今日も街は煩いほど賑やかで外で車の爆発音が聞こえHLPDの忙しさに憐れむ

「逢おうね。って書いてたなら終わりじゃないでしょ」

女はまるでつまらない話を聞いてるように目の前のピザのチーズに夢中になってるだけだ
それが更に苛立ちに拍車をかけて思わず大きな音を立ててテーブルを叩いた

「僕がどれだけ待ったと思ったんだ!」

「…1週間くらい?」

「馬鹿言うな、2年と9ヶ月だ」

そんなにも君は待たせて急に帰ってきたかと思えば今日はピザがいい。などと言うんだから怒るのも無理ないだろうと何時もなら冷静な筈のスティーブンが言う
目の前の女、元恋人と言うべきか恋人である智花はそんな彼の言動を気にする様子もなく軽くごめんね。と笑うばかりだった
元より智花はライブラ所属、ではなく手伝いのような形で情報提供等といったサポートをする外部の人間である。
だからこそライブラに居なくても、他の人間がスティーブンとどうなろうとあまり知るよしはなかった、とはいえ同棲をして更には深く想いを寄せてる相手がある晩消えていたと為ればこんな世界なのだから心配もすれば心はすり減ったものだった

「そんなに怒ってて副官なんて務まるの?」

「他のやつにこんな態度するわけないだろ」

「そういう所酷いなぁ、ピザ頼めばいいでしょ」

「今から頼んでも遅いだろ」

1番チーズの多かった部分を奪ってはしたなく口を大きく開けて下から食べてみせる、スティーブンも智花の前ではいい子ではいない、ただの悪ガキであり少年に戻る
智花は不貞腐れた顔をしてテーブルの上にあった、口を少ししかつけていないビールを奪って飲みほした

「あっこら」

文句を言う彼の声など制止して、智花は飲んだ飲んで飲んで呑まれて飲んだ何杯目だと考える余裕もなく胃の中にビールを押さえ込んでスティーブンは仕方なくそれを止めることも出来ずに見つめた
少し年上のどうしようもないこの女が好きでたまらないと思いながら。
冷たい空気に触れて背中に乗せた温もりを感じながらあの日を思い出す、突然消えたあの日智花は何を考えて飛び出したのか何も言わなかった、探そうと思えば探すことも出来たが仕事を言い訳に彼女を迎えにも探しにも行かなかった、お互いそれが間違いでもないと思えた
昔から仕事や自己中心的な考えで生きてきた為に今更気にすることも無い…と、何なら智花はまたすぐに帰ってくるだろうとスティーブンは本気で考えて毎日待っていた、1週間も過ぎれば彼女が出ていったことに気づいて忘れたフリをした

「だからって…今更帰ってくるのか」

忘れよう、忘れられると思った時期に帰ってきて土足で気持ちを踏み荒らす、ようやく人ひとりを抱えて家に着きベッドの中に彼女を寝かせる、高く痛そうなヒールを外して床に投げて慣れた手つきで服を着替えさせてメイクも取ってやる

「君だけなんだ俺にここまでさせるのは」

したいと思うのも、行動に移すのも他の女に惚れてもきっとない事だろう
女はごまんといる、擦り寄って甘える存在なんて吐き捨てる程それでも自分がそうなった時に悔しくて堪らなかった、あぁ振られた側はどこまで行っても負け犬なのだと理解するのに彼女はそんな負け犬に遊び本意でまた手を差し伸べる

「すてぃ、ぶここどこ」

「僕らの家だよ、あんなに飲むなよ弱いんだから」

「無理よ、私顔向け出来ない」

情けなく彼女はグズグズと鼻を鳴らし始めれば、さっきまで冷たくしていた態度も嘘のようにスティーブンは近づいて地面に膝を着いて智花の顔を覗こうとする
それでも顔を隠す智花に参った、なんと言ってやればいいかもわからずただ頭を撫でるしか出来なくなってしまい「なぁ」「おい」「どうしたんだよ」「智花」と何度も同じ言葉を繰り返した

「捨ててやるっておもった」

「僕を?」

ぽつりと零した言葉に目を丸くして話を聞いてやる、捨てられたのは僕だろ。なんて悪態は彼女の涙と共に消えてしまったので声には出なかった、ゆっくりと細い指が伸びて指先は火傷をした跡が残っていた普段は隠すそこもこの家では晒し出される

「すきだから、その内捨てられる前に、捨ててやるって決めたの」

「なのにずぅっと頭に残って忘れらんない」

「私バカみたいもう30過ぎて何してんだろ」

1人で話す智花にスティーブンはベットに入る、追い出そうと暴れる智花の手足なんて簡単に抑えて涙の残るその頬を少し指先で拭って、指先の火傷の跡をなぞる、額を合わせて鼻にキスをしてどちらとも無く唇に落ちる

「なぁ僕は君しか愛してないんだ」

「うん」

「酒臭くて振り回して自己中な君が好きなんだよ」

「私も」

「居なくなるなよ寂しいんだ」

ぎゅっと手を握った、智花の手を包む冷たい指先にあぁやっぱりこの男は氷の男だと思ってしまう。
足先を合わせてもう一度キスをして布団を被り電気を小さく消していく

「おかえり智花」

「ただいまスティーブン」

もう二度とここには寂しい部屋も、冷たいベッドも存在しない、何故なら2人は愛しているから。

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