コンプレックスシンドローム

人は誰しもきっとコンプレックスを何処かに持っている、それが大きいのか小さいのかはそれぞれであり、大きければ大きい程胸の内をチクチクと刺していく

「智花は無いでしょ、あいつ行くならまだ硝子に行くわ」

開こうとした扉の奥でそんな声が聞こえた、隣にいる数少ない同性の同級生は少しだけ見上げてきた、言いたい事は全て分かっている最低な男だから気にしないで。と慰めようとする彼女の言葉もあまり聞こえず

「ごめん、次の授業出れないや先生に言っといて」

「分かったあいつには私から」

「言わなくていいよ、別に気にしてないからアイツがデリカシーのない男だって知ってるし…ありがとう硝子」

誰だって自分と彼女が並べば10人が10人共硝子を選ぶことは理解していた、決してそれが憎いわけでも何でもない、ただ先程それを言っていた男にだけは言われたくはないと思っていた。
五条悟と出会ったのは中学3年生の秋頃だった、ようやく夏服から冬服に変えて遠いこんな片田舎の学校の見学会に来た時に彼はいた、何度も来たことあったのか同級生なこともあり話しながら学校の案内をしてくれた

「和泉って身長高いよな」

「そうかも、五条くんも高いでしょ」

「まぁ、つか怒ってる?」

「怒ってない、元からこんな顔なの」

「へぇなんか和泉って怖いよな」

彼は全ての地雷を踏み抜いていった、その瞬間に彼は才能に家柄に恵まれたが所詮人間性としては最悪なものなんだと理解した
元々大きくも小さくもない呪術師の家系に生まれ、仕方なく呪術師を目指しているだけだった、長兄は学生時代の任務で亡くなり親は全てを智花に託した
五条のせがれとは仲良くしなさい。それだけを口酸っぱく言い続けられれば智花自身など女である為に不要だとも認識した

そんな過去のことを思い出して人のいない保健室のベッドで横になる、1年から早々にサボってたら夜蛾先生に怒られちゃう、と考えながらも何度も悟の声が再生された
分かっていた、好きだという感情を必死に隠して一緒に過ごしているつもりだったがこうもハッキリ遠回しにフラれれば少なからず傷つく物で、今日はこのまま部屋に帰ろうかとも考えた

「お、いたいた」

ガラガラと古い保健室の扉の音がなって聞き慣れた声が耳に入る、靴を脱いで保健室に入ってきたその男がベッドに近づくものだから智花は目元を軽く拭って起き上がる

「どうしたの傑、先生に呼んで来いって言われた?」

「いや、硝子から理由は聞いてるから大丈夫かなって心配になって見に来たんだよ」

「授業は?」

「悟も硝子も喧嘩しちゃって飛び出してったから今日はもう自習になった」

ダメじゃないかと言いたくもなったが、あぁしていつもクールな彼女が怒ってくれたのかと思えば少なからず心が楽になった。
元から彼女は悟に恋することを良く思わなかった、それはきっと報われることなく彼はその好意を返却されたテスト用紙のように乱雑に扱うだけだから

「なんかあったのか?」

「ううん、何でもない少し頭痛くて」

「痛すぎって泣くほど?」

その言葉にハッとして傑を見れば彼は少しだけ寂しそうな顔をしていた、彼の指先が目元をなぞれば指先は軽く濡れていた

「…うん」

「痛くなくなる方法を知ってるけど教えてあげようか」

傑は狡く優しい人だと、一年もたたない間に分かった彼は優しく狡猾で1番欲しい時に欲しい言葉を渡して人に手を差し伸べる、どんな時も…この時も
智花はうんと返事をすれば傑はベッドの横に腰かけて智花に近づいた、拒否しない智花に両腕を伸ばして抱き締めてやる、傑の肩に顎を置いて恐る恐る背中に腕を回した、彼の大きな手のひらが背中を優しく撫でて頭を優しく撫でる

「智花」

柔らかい春風のような優しい声が聞こえて顔を向ければ傑の顔が至近距離にあり、唇に柔らかい感触がした
人の温もりが近づいて、この時自分が一途な女なら良かったのかもしれない寂しさを埋めてくれるなら彼でもいいと思う愚か者で、更には悟よりもこの人の方がきっと全てにおいて優しいと思ってしまった

「もう帰るのかい明日休みなのに」

「傑は任務でしょ」

「…送ってくから待って」

「スグそこなのに」

「夜遅いんだ心配なんだよ、誰かと違って智花が可愛いから」

いつからかよく傑の部屋を出入りするようになった、授業を終えた日や任務後の日、携帯に「空いてる?」とメールが一通くる事に返事をすることなく行ってそして高校生らしく劣情にかられて過ごすやる事を済ませれば部屋に戻る智花を同じ校内とはいえ送って行ってやる
いつも綺麗にしてる彼が髪の毛を下ろして簡単に1本結びをして、男子高校生らしい真っ黒なスウェットを着た傑をみて立ち上がる

「だから私ファルコンなら強いんだってば」

「そういいながら全敗したろ」

「マップが悪かったの」

帰り道は本当に少しだけ時間がある、下らないゲームの話をしながら歩けばたまたま目の前の部屋から出てきた悟が2人を見る

「…あー、そういう感じか」

「違っ「別にいいだろ、高校生なんだし」

否定しようとする智花の声を遮って傑は言った、物言いたげな悟が智花をみたが何も言えずに目を逸らす

「はいはい、分かりましたよーだ」

「くれぐれも言わないでくれよ」

んーと言いながら悟は背中を向けた片手を上げていってしまう、智花は思わず傑を見上げた、その瞳は怒りと悲しみが混じったような言いようのないものだった

「いいだろ、あいつにふられたんだから」

「…でも、気持ちは変わってない」

「知ってるさ、でも私に抱かれてるんだから別に悟の察してる関係で間違いないだろう」

「うん、そうだね」

傑は優しい、絶対に容姿の話もしない触れることも無い、コンプレックスの部分を全て可愛い、好きだと素直に言う、優しく抱きしめて撫でてそして言うのだ

「好きだよ」

それがどれだけ事実だとしても受け入れることが出来ずに進んだ、2年になってあの天元様の事件があっても変わることは無かった、無いはずだと信じていた
大人になるに連れ互いを高め互いを信頼し…そして人の死を見て、ある日傑は言った

「智花が好きだ、その気持ちだけはずっと変わらないだろうね」

この報われない日々に彼はそういって膝に顔を埋めた、いつの間にか互いに性交等せず静かな夜を過ごすようになった

「ねぇ傑私このまま大人になるなら傑と真剣に付き合いたいな」

その頃には悟への気持ちも踏ん切りが付いて傑の大きな気持ちに揺れた、いつも通りの彼の腕が優しく背後から伸びて強く抱き締めて指を絡め合う、優しい彼の匂いと悲しい彼の感情が痛いほど伝わった

「ありがとう、でもいいんだ智花は本気で悟の事を愛してるから私はその間の代わりで幸せなんだ」

どうして彼がそんな言葉を言ったのか分からなかった、その会話をして約1ヶ月後に傑は呪詛誌として処刑対象になった

「追いかけなかったの」

後ろで硝子の声が聞こえた、行方不明となった傑はその前日共に夜を過ごした人の手の中に指輪を残して
好きだとも最後に言わずに結婚したいとも付き合いたいとも一言も言わずに

「…誘われなかったから、仕方ないでしょ」

最初から最後まで優しい男だった、深いため息を吐いて机に顔を埋める、もう二度とあの愛の言葉も温もりのある夜も来ないのだと感じて指輪をそっと箱に閉まった。

_top