煙を吸って大人になって
穏やかな人だと彼を知る人は言うだろう、柔らかい口調に優しい植物のような色の瞳、好きな事は執事の入れる紅茶と植物達、甘いものも程よく好きであの大きな手は人々を守る救済の手だ
「すまない、まだ臭うだろうか」
ライブラの中には様々な部屋がある(繋がっていると言うべきか)頼まれていた異界製麻薬について報告に来たつもりがドアを開けた時思わず驚き目を丸くした
あのクラウス・V・ラインヘルツが煙草を口にしていたことを、まだここに来て一年が過ぎたばかりだがそんな彼の姿を見たのは初めてで様になっていた
ワイルドな見た目はあまりにも似合っていて、見惚れてしまっていれば気づいたように慌てて彼は灰皿にタバコを押し付けて窓を全て開けていく、ここが何階だったかは知らないが風は程よく入ってきて彼が先に口を開いた
「申し訳ない、滅多に吸わないんだが」
「いえ、驚きましたが大丈夫です」
ライブラには喫煙者がそれなりにいる為に別に嫌だという気持ちもなかった、ただただあの姿が目に焼き付いて離れなかった
要件は?と椅子に座った彼を追うように椅子に座りテーブルの上に資料を並べ説明していく調べ始めて1週間のこの件はもう被害が数十件という程出ていた、粗悪品である麻薬は人から異界人にする代わりに人間であった時の記憶も感覚も分からずに暴れまくる、死者こそまだ出ていなかったが怪我人は多数だった
「スティーブンさんが1度取引に行くということでチェインさんと二人で行くそうです」
「日程を決めて、怪しいならその日中にしよう」
「そうですね」
資料ともにテーブルの上にあるガラスの灰皿と貧乏人の目から見ても高価だと分かるライターに目を向ければ、さも気まずそうな顔をしたクラウスと目が合う
「なんだか悪い事をした子供みたいな顔してますね」
「スティーブンくらいしか喫煙していることは知らない、君に知られるとは…古い友人に頂いたが湿気てダメになってしまう前に少しでもと思って」
それでもやはり煙草は苦手だと彼は語る、古い友人という位なのだから彼からしたら大切な友だったのだろう
どんなメーカーなのか気になってタバコに詳しくもないのにクラウスに話しかけてしまう、彼は気分を害するような事もなく胸ポケットに入っている小さな箱を取り出す
「私の23の時に頂いたものでスティーブン曰くもう製造されてないらしく入手も難しいらしい」
「クラウスさんって昔から煙草吸ったりしてたんですか」
「いや、これだけを愛煙してる」
「私煙草吸ったことないです、美味しいんですか」
子供のように興味本位で問えば彼は苦笑いをする、きっと人には勧める気も無いのだろう、特に智花やレオナルドはまだここのメンバーの中でも若い故にそんなものを知らなくていいと言いたげな顔だった。
「吸いたいです」
「…それは承諾し兼ねる」
「少しでいいんです、1口」
もうこれしかないと言われながらも智花は何故かそれに惹かれて止まなかった、彼の肺の中に入っていく煙も、刺激する香りも、全てが欲しくなってしまった
智花が言い出せば以外に止まらない女だと理解していたクラウスは苦笑いをした
「君はいつも私を困らせる」
「すみません、でも私クラウスさんの事ならなんでも知りたいんです」
何度も素直にそう思いを伝えてきたせいだろう、彼は眉を少し下げて智花をじっと見つめた
これを渡してくれた友人は幸いな事にこの街でなくなったわけでも事件事故に巻き込まれたわけでもなく、病死だった生まれつき持ったそれを治すことは出来なかった、禁煙をしない友人に口酸っぱく言った時に最後に渡されたのがこのタバコだった
智花は諦める気もないのか仕方なく煙草の箱を開けてやれば最後の1本がそこに残っていた
「思い出を私と共有してくれるだろうか」
「…はい」
智花は戸惑うような表情で頷いた智花にタバコの吸い方を昔別の人から教えてもらったようにクラウスは教えてやり、最初は軽く吸い込んでそして肺に入れなくてもいいから煙を吐き出す行為をしろと
決して普段から好む紅茶や茶菓子の様な美味しさ等ない、そこにあるのは苦味と深み、コーヒーのようなものだった、慣れない智花は普段のザップを、そして先程のクラウスを思い出しながら細い2本の指先で煙草を持ち咥える、大きなクラウスの手の中のライターが軽く音を立てて火をつける
「にがっ」
思わずこぼした言葉に目の前の彼は苦笑いをした、その時クラウスは思い出す
『お前も大人だなクラウス』
優しく正義感のあるあの友人の言葉を胸にしまって、智花が渡してきた手から煙草を受け取る
もう何本も吸ったこの匂いと味を五感で感じる度に過去がすぐ目の前に広がる、ふと吐き出した煙の中には智花がいて彼女はまるで絵画を眺めるような瞳でクラウスを見た、あぁこの人が愛おしいと互いに意識して大きな手が智花の頬に伸びたかと思えばふと近づいた顔にまたやってきた苦味、そして柔らかな唇の感触
「ここライブラです」
「知っているとも、君が愛おしく感じたのだ」
「なんだか今日のクラウスさんはいつもより大人みたい」
その言葉にそれでは普段自分は子供なのかと聞きたくもなったが小さく笑いが込み上げてしまう
灰皿にまだ長いタバコをそのまま置いて智花の隣に移動して両手を包むように握る
「私はもう大人になれただろうか」
と智花に聞けばその瞳に吸い込まれてしまった智花は声も出ずに首を縦に降る、良かったとでも言うようにクラウスはまた唇を重ねた、今日その日だけは互いの唇は少しだけ苦かった。
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