On a starry night



初めて彼女と手を繋いだ時あまりにも小さすぎる手に驚いたものだった、普段から手を繋ぐような2人とは違う彼女の手は白く細く小さすぎて思わず手を重ねてみたら半分ほどしかなかった

「智花ちゃん小さいのね」

「マルコが大きいだけだよ」

「身長もこんなに、身体も軽いし食べてる?」

「こんなもんだよ、マルコが普通の人より大きいんだよ」

何がおかしいのか彼女は小さく笑う、マルコは心配そうに顔を覗き込めば鼻先を少し赤くした小さなその子が恥ずかしそうに笑う2人は周りから見れば正反対に見える
身長差、体格差、性格、年齢全てだ、マルコという大人であり子供の彼が恋心に気付いたのはつい最近だろう

「智花お姉ちゃんがね」

まるで口癖のように会う度に身振り手振り教えてくれる彼にある日彼の友達は告げた

「マルコは智花ちゃんが好きなんだね」

優しく慈愛に満ちた海のような透き通った青い瞳の彼はそういうものだからマルコは慌てて図書館に行き辞書を借りて好きという言葉について調べた、その様を見る目の前の梶と貘は何故か楽しそうでマルコは結果を出した時には「少し違うんだよ」と言われてしまうが気づくことは無いかと思ったが直ぐに気付いてからのアプローチは早く激しいものだった

「ポテチよりもお菓子よりも貘兄ちゃんや梶と違うの、智花ちゃんはマルコにとって特別だと思う」

「じゃあポテチ禁止令でたら?」

「あ…あうぅ、でもそれでも智花がいいのよ」

そんな真っ直ぐな彼の気持ちに答えられない訳もなく二つ返事で二人は恋人になった、暇さえあればマルコは智花に会いに行き抱き締め好きだと告げるものだから智花は恥ずかしながらも受け取った
ハァっと吐いた息が白く消えていく、マフラーを巻いた智花は雪ん子のように自身の上着の上にマルコの着ていた上着を羽織らされてまるで二人羽織のような見た目だったがそれさえも愛おしく寒さを感じさせない彼は嬉しそうに微笑んで手を繋ぐ

「なんだが凄く楽しそうだね」

「うん!久しぶりにデートできてるから昨日もぐっすり寝たの」

「寝れたんだ良かったね、車でも良かったのに電車がいいなんて言うから困ったよ」

「マルコ運転免許ないから智花ちゃんにだけ運転させるのダメだよ」

人の少ない夜のモノレールに乗って智花が座る前に立ってニコニコと笑う、デートと認識されて出掛けるのはこれでまだ3回目、1度目は遊園地、2度目は水族館、デートプランを考えてくれるの彼の役目で毎回楽しそうに雑誌やネットと睨めっこをする姿を智花は楽しく見て貘にその日一日借りるからと告げるのだ
どうぞお好きにと笑う彼の言葉など聞く間もなく「これよ」と大きな声が張り上げられる

「小学校ぶりかなぁプラネタリウムなんて」

「小学校知ってるよ小さい子の学校でしょう」

「うん、そうその時に行って自由時間もずーっと見てたの星座のひとつも覚えてないのに」

「マルコもお星様知らないけどキラキラしていつだってマルコを見てくれたのよ」

モノレールを乗って15分程もう外は真っ暗でプラネタリウムに行かずとも星はまばらに見えている、普段来ない都会から離れたこの場はいつも聞こえる喧騒も街明かりもなくただ静かな風の音と走り去るモノレールの音だけだった、まるで2人は世界に取り残された気分で歩き始める
こんな所にプラネタリウムなんてあるのだろうかと聞きたくなるほど静けさで二人は話をする、この間レオのおじさんが伽羅のおじさんが貘兄ちゃんが梶がと知り合いの話を楽しそうにする彼に智花は相槌を打ち、道中にある自販機に小銭を入れた

「マルコ何がいい?」

「お汁粉がいい…です」

「飲んだことあるんだ」

「無いのよ、でも智花ちゃんがよく飲んでるから気になったのよ」

無邪気に笑う彼に釣られて笑いながら赤く光るボタンを押してもらう、肌寒い外でプルタブを開ければほんのりと白い蒸気が上がり2人して「おぉ」と声が上がり交互に飲んでは満足気な顔をして歩き始める
最寄り駅から徒歩20分、冬の寒空の下にひっそりとプラネタリウムがあった古びた建物は少し錆び付いており明かりがついているが営業中なのか怪しく思えるほどだった、それでも入口付近の初老の男性に大人2枚と告げて1200円を払い館内に入る

「迷子になっちゃダメだよ」

「大丈夫なのよ、智花ちゃんのいる所はマルコすぐ分かるの」

「私もマルコの場所はすぐ分かるよ」

子供のように人のいない館内のロビーを駆け回るマルコは楽しそうに飾り付けを見たり張り紙を読んでいた、錆びてはいるが子供向けの行事もしているのを見て地域の学校と提携を結んでいるのだと理解する、プラネタリウムに行きたいと言った時東京であれば街中に沢山静かでお酒や食事を楽しめる中でマルコが持ってきたのはこんな辺鄙な場所であった
館内アナウンスがはじまりの合図を告げるために遠くにいた彼が長い足を伸ばして近付き2人して指を絡めてメインホールに入る、自由席のためにどこに座ろうかと話し合いつつ真ん中に2人して座れば小さな音楽がなる

「リクライニングシートだし倒してみようか」

「いいの?」

「私たち以外いないしスタッフも見かけないし多分大丈夫」

怒られたら一緒だよと意地悪に笑う智花に「悪い子だ」と楽しそうに言って、2人して暗闇の中に落ちていく
絡んだ大きな指先を感じながら天井をみつめる低く眠くなりそうな男性のナレーションに重なって星々が輝き星座の由来や逸話神話を聞いていればまるで絵本の読み聞かせを聞く子供の気分だった、ダークブラウンのマルコの瞳は天井に映された電子の星達の光乱反射して輝き智花はその瞳に目を奪われる
冥界に行く妻を迎えに行ったもの、兄に騙され愛した人を殺した人、英雄の冒険記、神様に愛された動物達の話など星一つに対しての説明は大きく長く楽しく感じられた

「こレ見た事あるのよ」

「あぁオリオン座だって、聞いたことあるね」

「どれが好き?」

「……あの星かも」

一つだけ遠くに離れた星を指差しみつめた、周りにあまり何も無いそれはぽつりと明るく輝いてどの星座にもなれやしないが何故か目を引かれた
ふと隣にいたマルコの手が重ねられて指を絡めて繋ぎあった、話すことも無く2人で真剣に解説を聞いていれば懐かしい小説の話が流れるプラネタリウムで流すにはうってつけの話を小難しそうな顔をして聴くマルコの横顔を見て智花はこの場所に来た別の楽しみを見出す
学生時代に学んだはずの内容は薄らとしか覚えておらず更に今伝えられた内容も彼の横顔に奪われてしまうばかりだ。

「そんなに見られたら恥ずかしいのよ」

「気付かれちゃった」

「マルコでもわかるもの」

「あんまりにも楽しそうに聞くから」

「たのしくないの?」

「ううん、でもマルコの顔に見とれちゃってたから」

話がクライマックスに近づいていると言うのにマルコは耐えきれずに智花に話しかけた、横向きでまるでお泊まり会のようにコソコソと話し込んでいた

「智花ちゃんとここに来れてよかった」

あまりにも真っ直ぐとした彼の瞳に吸い込まれて智花は言葉も出なくなった、近付いた顔に胸が高鳴ったと同時に室内が星空を消して明るくなった、作り物の空が消えてしまい残念だったが仕方がないと二人は顔を見合わせて笑いながら席を元に戻す
出入口付近のゴミ箱に持ち歩いていたお汁粉の缶を捨てて智花は御手洗を済ませてプラネタリウムを後にする

外に出れば時刻は21時を過ぎて静かな空気と小さな街頭に広がる空が見えた、先程聞いていた星座を探しながら2人でモノレールの駅まで歩いていた時ふとマルコがポケットの中から1枚の紙を出した"アロマキャンドルナイト"と書かれたそれは星を見ながらアロマキャンドルも楽しめる少し大人に向けた癒しがメインの企画らしい

「次はこれ行こうね」

「私とでいいの」

「智花ちゃんだからいいのよ、小さくて可愛くてマルコの特別な人だから、ずぅっとマルコと居て欲しいのよ」

優しい彼の言葉に繋がれた手を智花は離して少し背伸びをする、ちゅっと小さなリップ音がしてマルコは自分の顎あたりに触れた感触に目を丸くしたあと何をされたのか理解をして大きな身体で抱きしめる

「もう1回ちゃんとさせて欲しい!」

「いいよ、はいどうぞ」

寒空の下で2人して鼻先を赤くしながら少し熱くなった唇を重ねる、なんの音もなく離れた唇と未だに近い互いの顔を見合わせて背中に回った太く大きな腕を感じる

「またデートしに来ようね」

智花の返事に彼は嬉しそうに歯を見せて笑った、空は珍しく雲もなく都会と違う静寂さのあるこの場を星々は照らすのだった。

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