結論2人はハッピーエンド



「門倉さんの事が好きです付き合ってください」

甘酸っぱい子供みたいな告白をされたのは実に何年ぶりだろうか、門倉雄大は考えていた目の前で真っ赤な顔でそういった彼女が自分に好意を持ちながらも先輩として慕う可愛い人間だと思って喫煙所でタバコを吸っていた門倉は

「いいよ」

と簡単な返事をした、智花という女は実に男をダメにするのが好きで尽くす事に生きがいを感じているほどで愛情表現も激しかった、女に追いかけ回されることに慣れてはいるが彼女からのアタックはまるで子供のように真っ直ぐで悪い気はしなかった

「雄大さんお弁当作りました」

「雄大さん一緒の立ち会い楽しみですね」

「雄大さん大好きです」

「雄大さんが世界で一番大好きです」

この世で1番名前を呼んできた相手なのではないかと思えるほど名前を呼び犬のようにしっぽを振って喜んだ、付き合い初めて3ヶ月ほどで彼女の家に転がり込めば毎日3食と風呂の用意された家があり快適だった、揶揄う様に「いいお嫁さんになるね」と伝えればそれだけで花が咲くように嬉しそうにするのだから単純で楽な女だった、体の相性は中くらい顔は悪くないスタイルも程よく、それでも門倉は昔から"そういうタイプ"なのだ

「えっと…」

「やから、別れたいんやけど」

「そ…ですか」

明らかに困惑した表情の彼女が泣いて暴れて叫んで包丁を持ち出したとしても門倉からしてみれば慣れたものでビンタの1発くらいは食らってもいいだろうと思えるほどだった
外で作った女が思いの外良かったのが理由だがそこまでは言わずにシンプルに別れを告げるだけ

「今日はどうしますか」

「ん、泊まる場所あるしそこ行こかなぁ思ってる」

「荷物はまとめておきますか?」

「頼めるん?」

「はい、大丈夫ですよ」

いつも通り笑っているのだが力なさそうに弱々しく笑う彼女の表情に罪悪感が湧く訳でもない、今までもこれからも自分は女を捨てる側で追いかけられる側で摂取する側だと信じてやまなかった…そう、あの光景を見るまでは

それは2人が別れて1ヶ月近くだった、賭郎内の噂話はあっという間に広がり門倉と智花の別れは皆が知った、判事の判断か2人が同時に立会いをすることは無くなり門倉は知ることがなかった

「恭次さん今日もよろしくお願い」

「おー和泉か宜しくな」

「この間連れてってもらったカフェ最高でしたねまた行きましょうよ」

「あそこ予約取るの結構大変やからの」

「だからこその恭次さんじゃないですか」

智花があまりにも気にせずに本部で楽しそうに南方と歩いていったことを、通り過ぎて行った2人に固まった門倉を心配そうに見た隣の黒服は後悔した慌てて肩を掴まれて言われたことは知っていたか?という言葉だったが耳に入る以前に肩に刺さった指の痛みに泣いた、窓から見下ろせば車に乗り込む智花とドアを開けてやってる南方の姿は今まで以上に仲睦まじく見えたが嫉妬なわけが無い。

「こんにちは門倉さん」

「おう、智花か」

「お昼ご飯のお誘いなんて珍しいですよね」

あの光景から数日後門倉は久しぶりに携帯の連絡先のお気に入り欄の"和泉智花"と記載のアドレスに一通のメールを送った、当日待ち合わせていた本部近くの高級鰻店の前にいた門倉は智花と店に入った

「おどれ南方と付き合い始めとんか」

「だとしても関係あります?」

「…いや、ないけど」

「別に個人的に仲良くしてもらってるんですよ、この間も銀座の〜ってとこ行って」

「休みの日にか」

「そりゃあ仕事終わりなんて閉まってますもん」

出されたほうじ茶を飲みながら智花は近頃あった事を爛々と話すものだから門倉は固まった、やってきたひつまぶしを食べながらも意識はどこか遠くで迷っていた

「南方のこと好きなんか」

「え?好きだと思いますよ」

食後の煙草を吸いながら聞いた問いに智花は顔色変えずに答えた、自分のときならば顔を真っ赤にして嬉しそうに答えたそれに対しても南方に対してはそんな考えなのかと思えてしまう、決してやつに恨みがある訳でもないが門倉はテーブルの下で携帯を忙しなく操作した、メールの宛先は南方恭次とされて
智花はご馳走様でしたと言いながら財布を出そうとするために先にカードを渡して決済を済ませ店を出る、午後から立ち会いがあるのでと告げて行ってしまった彼女の背中を見つめながら深いため息をついた

「おどれワシのことが1番好きなんちゃうんか」

震えた携帯からはつい最近関係を持ち始めた女からの連絡で見る気もなく削除をして本部に歩き始める
門倉直属の黒服達はそんな彼の姿を見ては困惑した、落ち込んでいる原因は分かっているが彼が原因でありだがしかしそこで責めたてても仕方がないことであると理解していた、昔から付き合いのある人間は彼がこんなに弱々しい姿を他人にさらけ出すのは珍しいと思いつつコーヒーを出してやる

「雄大クン大丈夫だよ、そのうちいい人見つかるって」

「それはワシに言うとんか?」

「え、あ」

「ワシは別に落ち込んどらんわ」

テーブルのコーヒーを倒して怒鳴りつけた門倉に目を丸くした黒服達にふと冷静になり煙草の箱を胸ポケットにしまい込み早足で歩いていく、喫煙所に行けば中間休憩かサボりなのか珍しく弥鱈がその場でスマホを触りながら喫煙所の中に缶ジュース片手に立っていた

「珍しいの」

「そーですか、そう言えば和泉立会人とランチ行ったんですっけ」

「知っとんか」

「この間私も彼女と行きましたから」

その言葉にライターを落としてしまい拾い上げ、煙草に火をつけようとした

「門倉さん…タバコ反対ですよ」

肩を震わせた弥鱈が喫煙所から出ていったところで門倉は煙草を吸い、一息紫煙を吐いたあとにまだ買ったばかりのタバコの箱を手で潰して広い賭郎本部で叫んだ

「ワシが1番ちゃうんかアバズレが」

その言葉が全員の耳に入ったのかもしれないが当の本人は楽しそうに立会いを務めていた事を門倉雄大は知ることは無い。
喫煙所から戻りデスクに座り直した、震えた携帯はやはり女達からで思わず削除ボタンとブロックボタンを押して消していく、ふと流れていく南方のメールを読んでから門倉は自身の仕事をこなしていく、立会を終えてその日の業務を終えた彼が向かった先は大衆居酒屋であり定期的に人と飲む場所になっている

「遅かったの」

「思ったより長引いたんじゃすまんの」

「構わんけど…話ってなんじゃ」

疑ったような顔をした南方の前に座り門倉は先に生ビールを2杯頼む、まだ残っているという前にやってきた生ビール2杯を一気飲みした後に更にツマミとビールを頼む門倉に流石にこれは何か言いたいことでもあるなと内容を察しながら南方は静かにビールグラスに口付けた

「おどれワシの女と付き合っとんか」

「ワシの女って誰やねん、お前と穴兄弟なんざお断りじゃ」

「智花や、あいつワシのこと惚れとる世界で1番や言うて尻尾振っとったガキが今じゃおどれに懐き回して、更に弥鱈とか他の奴にも懐いとるしまつや」

5.6杯とまるでわんこそばの如く飲み干していく門倉に南方は相手にしつつテーブルの下でスマホをいじった、1時間経過しても門倉の様子は変わることなく智花と呼びながら文句を零していた
この男の悪癖を理解しておりそれ故に智花がどうなったかは賭郎本部で知らない人間はいない、仕事は通常通りこなす故に文句は起きなかったが別れた直後から知っている者からすれば門倉の自業自得であり誰も味方することは無かった。

「あいつの飯が一番うまいし、智花はワシによく懐いとる他の女と違うからのぉ可愛いんじゃ」

「それで」

「世話好きや男をダメにしとる、ちょーっと菓子やるだけでニコニコ笑うしガキやわ」

「今も好きなんだ」

「ほかのやつと同じや思とったけどなぁ…南方お前なんか小さくなっとる…んか」

その場に倒れ込むようにいびきをかき始めた門倉に深いため息をついて智花は隣に座る南方にお金を渡す、引きずるように抱えて後部座席に長い足を詰め込んで車を走らせる

ふと目が覚めれば見覚えのある部屋だった、隣にある時計を見てみれば時刻はAM7:38と表記されており、重たい軋む身体を動かしてリビングに行けば狭い部屋のキッチンから出てきた見覚えのある女に思わず門倉は目を見開いて驚く

「な、なんでおどれがおる」

「恭次くんに連れて帰れって言われたんですよ、誰かさんが私の名前ずっと呼んで絡むから」

「別におどれの事なんざ」

「別にいいですよ、それよりご飯しないんですか」

「食う」

顔を洗い席に座り直せば豪勢な和食が並べられる、アサリの味噌汁を飲みながら横目に彼女を覗けば怒った様子も何も無く静かに食事をしていた、馬鹿な事に昨日の記憶が全く無く門倉は必死に考えていたいつ頃迎えに来て連れて帰られたの結局南方と話をしっかりできなかったことも全てだ

「今日はおやすみですか」

「そうや、智花もか」

「はい、でも出掛けてきます」

「どこ行くんじゃ」

「晴明くんと悠助くんと3人でヘッドセット買いに行くんです」

「はぁなんでアイツらと」

勢いよくテーブルを叩けば智花にじとりと睨みつけられ思わず怯んでしまい誤魔化すようにお茶を飲み干して鮭を口に頬張る、この1ヶ月間で別れた彼女に男ができてもどうでもいいとは思っていたがまさかこんなに他人と仲良くなっているとは想像もつかずに何も言えない気持ちで見つめた、テレビのニュースは占い番組で自身の星座が6位"素直になれたら関係良好"と記載されていた

「部屋は好きにしていいですけど私行きますからね」

「ワシの事好きやったん違うんか」

「好きでしたよ、でも振られたんです過去は過去ですし私は弱くないから前を向いて歩いてるだけです、案外強い女だったのかもしれないですね」

智花は食事を終えて寝室に戻る、着替える音を聞きながら彼女の言葉を胸に考える、彼女の感情を理解した上でその気持ちの上に胡座を書いていたことは自分でも理解しており反論出来るわけがなかった、ふと携帯を開けば不在着信が入っていた

「あまりにも急ぎの案件らしかったので電話出ましたけど…えらく素敵な恋人ができたんですね」

ふと壁越しに聞こえた声に目を丸くして門倉は更に頭を抱えた頭痛が酷くなるのは二日酔いだけではないことを理解しており、出てきた彼女は自分とのデートでは見たことの無い淡いクリーム色のスカートに白いシャツを着て綺麗な女だった、メイクをすることにより彼女の色気に磨きがかかり香った香水は気紛れで渡した物だったことを思いだす、鞄の中に鍵を入れた智花がリビングを通り過ぎて玄関でブラウンのパンプスを履いてドアを開けようとした時だった

「…何なんですか門倉さん、私待ち合わせに遅れちゃいます」

「行かんでいい」

「行きますよ、それとも何か関係」

「あるよ、おどれはワシの女じゃおどれの気持ちの上で胡座かいとったのは分かっとるけど別れてから気付いた…最低なんは分かっとるけど…好きじゃ、智花の事が世界で一番大好きやから行かんといてくれ、ワシを拒絶せんといて」

あまりにも弱々しく今迄自分が聞いてきた台詞を伝える事がどれだけ恥ずかしいものなのかその日門倉は理解した恥じらいよりも今は彼女が誰かの元に行って欲しくないという気持ち、そして智花を行かせれば二度と元の関係には戻れないと理解していた、欲しい彼女の手を掴んで返答のない目の前の女を見つめた

「おい、智花」

ふと振り返った彼女の顔は真っ赤な顔で口元を緩めていた
結果として言おう、2人はヨリを戻した
約束はドタキャンとなったが事前に伝えていたことのため怒られることもなかった、それどころか全体で門倉を騙していた事が判明した、門倉が智花を特別視していることは皆理解していた、それもその筈あの男は付き合い始めた時から智花が〜、智花なら〜とうるさい程無意識に言っていたのだから

「ねぇねぇ雄大くん」

「んー、なんや」

「世界で一番大好きだよ」

「ワシはもっと好きよ」

馬鹿なカップルになったとしても2人は満足なので他人は何も言うことは無い(プライベートだし)、今日も二人は同じ部屋のアパートから出ていき腕を組んで出かけていく少しツンとした香水を身にまとって、そして2人が関係を戻してから1週間毎日門倉は頬にもみじを付けて帰ってきていたのはきっと別の女達にやられたからだろう
智花は笑顔でそんな彼を出迎えてやり、その度に門倉はいうのだ

「やっぱり智花が一番好きや」と

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