大きくて可愛いの



賭郎に所属してわかることは普段見る女達など所詮馬鹿な女ばかりだということ男に餌にされて弱く華奢で強さをさらけ出さない、世間から見れば取っ付き難いという女達が居るその場に似つかないのが和泉智花である

「初立ち会いですよね南方立会人」

「え、あぁそうですね」

「門倉立会人お墨付きですし問題ないかと思いますが分からないことがあれば聞いて下さって結構ですのでよろしくお願いします」

ニコニコと笑うその女を見上げた、そう見上げたのだ
南方も決して身長が低い訳ではなく日本成人男性の平均身長より少し高い筈だが彼女はその身長を優に超えるほどの長身だった
同じ女性立会人であれば最上立会人も高身長だがそんな彼女さえ見下ろすのが彼女だった
初めて賭郎本部に行き手続きを取っていた際に廊下で通り過ぎた彼女は誰からも目を引くほどの身長だった、とはいえ彼女は身長以前に全てにおいて大きかった、女性特有の上と下の膨らみも大きくスーツの上から見てもわかるほど太腿もむっちりとして健康的で決して肥満という訳ではなく兎に角身長と比例して全体的に大きかった、中身と声は除いて

「南方さんお席よろしいですか」

「どうぞ」

「おうどんされたんですね」

「えぇ和泉さんも相変わらずよく食べますね」

「お恥ずかし限りです、燃費が悪いものですから」

真っ赤な顔で恥ずかしそうに彼女は親子丼を食べるがトレーの上には大盛りのざる蕎麦にわらび餅があった、賭郎本部内の食堂は人が多く相席になることは珍しくはないが智花は何かと南方に懐いた、それもその筈彼女は門倉雄大のオモチャであり目が合うだけで毎度"牛女"と呼ばれてはいじめられるばかりだった
気が弱く何故立会人になれたのかと聞きたい程だが彼女の暴もやはりほかの立会人に引けを取らないものだと言うことは南方はよく知っている

「南方さんデザート食べないんですか」

「良かったら食べる?」

「いいんですか」

「まぁそんな熱視線で見られたら」

自身のトレーの上にある同じわらび餅を渡せば嬉しそうに彼女は食べる、よく食べて良く笑う彼女は到底立会人の雰囲気とは遠い年相応の女性に見えた

「ではお先に失礼します」

律儀に挨拶をして立ち上がった彼女の顔はもう天井近くなのではないかと言う程で返却カウンターまで戻しに行く背中を見つめた
今までの女性の中でもあれだけ巨女という言葉が似合う女は中々居ない以前にそんな女は初めてだと思いながら喫煙所で食後のタバコを吸っていればスマホが震えた"今度良ければ言っていたケーキ食べに行きませんか"送信者は見なくても察することが出来る"ええよ"と返事を出せば楽しそうなうさぎのスタンプが返される

「南方さんコーヒーだけにするんですか」

「おう、甘いもんあんま食べんからな」

「この中ならどれだったら食べられますか」

えらくファンシーな店内の中で20分近くメニューとにらめっこをした智花にそう言われ可愛らしいケーキ達が記載されたメニュー欄の中にあるものを1点指さす

「チョコタルトですか解りました、すみませーん」

やってきたフリルたっぷりのかわいい制服を着た女性に手際よく注文した智花は近頃あった出来事を話する、働いている店の事や友達と行った美味しい洋食屋の話をしては楽しそうに笑う
煙草を吸えない苛立ちは感じずそんな彼女の表情を見て胸が少し暖かくなる、やってきた店員が先に紅茶と珈琲のセットを置いていきその後ケーキがやって来る

「写真撮ったろ」

「ふふ、また送ってくださいね」

彼女とこのように休日小洒落たカフェに来るようになったのは何度目か、心を許し甘いものが好きでもない男を連れてきて楽しそうに笑う、目の前に現れた華やかなケーキに両手を揃えてプレゼントを渡された子供のように目を輝かせる彼女は毎度南方をいい気分にさせる
警視庁で女性と話をする際に聞いたこのカフェや、ネット検索してSNSで人気のカフェも毎度二人で行っては2.3時間ほどゆっくりと話をする、穏やかなその時間が普段の疲れを癒していく
撮り終えた写真を見ながら送信してやり自分のスマホの写真フォルダ"カフェ"の中に入れる

「これ甘いからあと食ってくれ」

「食べられるってやっぱり一口だけですね」

「食べたそうな顔してるから仕方なしに頼んでやったんよ」

「南方さんって本当お優しいですよね」

「まぁな」

この女がはっきりと理解しているのか怪しい所ではあるが南方ははっきりと目の前の女性を異性と認識し恋愛感情を抱いていた、とはいえ智花は自身の人より飛び抜けたそれをコンプレックスを抱いているのも知っていた

「南方さんやっぱりこれ美味しいですよ」

「ん、まぁ美味しいけど」

「無理強いしませんけど本当に貰っちゃいますからね」

フォークの上に乗せられた1口を食べながら頷けば満足気に彼女の口に消えていく、少し大きな口は小さなケーキを3.4口で出来るだけ堪能した無くなってしまい残ったかわいらしい皿の前で悲しそうにする彼女にテイクアウトもある旨を伝えればまた1層喜ぶものだからメニューの中で悩んでいたものを包んでもらう

「私南方さんみたいな人に出会えてたらもっと自信がついたのかもしれないです」

「そうか?わしは別に普通やと思うよ」

「そんな事ないです、よくて門倉さんみたいな接し方とかみんな興味と恐怖ばっかり見世物小屋の芸のできる猿みたいに見るんですもん」

出来ることなら可愛い服を着て歩きたいと智花は昔から何度か零した、彼女の服はいつだってズボンに胸元が少し緩いシャツという簡素な出で立ちである、身長故に女性物だとサイズが合わずメンズのXLにてようやくシャツが着れるのだという、身長だけならまだしも女性として主張するそれさえ大きくなれば男には興味の対象で見られるのも無理はない

「わしからしたら智花はその辺の女の子と一緒じゃ」

「大きくてもですか」

「そら色んな人おるしな、学生時代わしより大きい女なんか平気でおったよそれと変わらん」

「私南方さんのそういう所本当に大好きです」

恥ずかしそうに小さくはにかんだ彼女に目を奪われた間に店員がテイクアウト注文したケーキを持ってきた、そろそろ行こうと言われ南方は力なく従い席を立ち上がり会計をしてやる
その後いつも通りお互いに行きたい店や最近見たい映画の話をして今度映画に行こうと約束をしていれば夜も遅くなっていき少しオシャレなバルで夕飯を摂る、女性やカップルばかりの店内で智花は楽しそうにワインを飲みながら運ばれてくる生ハムやチーズ、ローストビーフを片手に満足気

「ほんま美味しそうに食べるの」

「はい、やっぱり好きな人とは美味しいです」

「っあー、タバコ吸ってくる」

「店内で吸えますよ」

「電話来とったような」

「さっき充電切れたって」

この女の本性を初めて見れた気がした、目の前で白ワインをクルクルと揺らしてにっこりと笑う彼女が普段とは違う気の強いほかの女よりも遥かに強さを出していた
首に汗がじとりと流れたことを感じつつ席を立つ

「外の空気吸ってくる」

「はい、いってらっしゃいませ」

手を振っていった彼女に南方は普段と違う様子にドギマギとして外に出ては早急に胸ポケットのタバコを取り出して火をつけた、店内を除き見れば席に座っていてもわかる高身長は店内に入ったばかりの客の視線を奪っては楽しくもない噂話の的にされていたのが目に見えてわかる、スマホを触りながら彼女は楽しそうに微笑んだり悲しそうな顔をしたり忙しない
悪意のない冗談をいうタイプでは多分ない、どちらかと言えば嘘が苦手で気の弱い女だった、ふとスマホ内の画像欄を見れば出会ってからは今まで対して使わなかった写真フォルダ内には必ず彼女が楽しそうに微笑んでいた

「おかえりなさい南方さん」

「わしは全部好きじゃ」

自席に置いていた温いビールを飲み干してそう呟いた、大人になって男女関係でそんな言葉をハッキリということがなかったせいか無駄に喉が渇いてしまう、近くの店員にビールを頼もうとする前に「烏龍茶2つ」と高い声が大きく店内に響いた、一瞬人々の視線を集めたが智花の顔はまるで獲物を狙う獣の如し南方をみつめた

「全部ってどういう部分を言うんですか」

強気に食ってかかる智花がどんと音を立ててテーブルに腕を置いたと同時に思わず視線が首元の緩んだシャツの内側に移ったがそんなふたりのことも気にせず颯爽とやってきた烏龍茶が置かれる
まるで砂漠で水を与えられた物のようにそれを飲んだ南方は自信に落ち着けと言い聞かせた

「全部はその…全部じゃ」

「私は南方さんの性格も見た目も全て好きです、顔は整ってるし体はがっしりしてるし優しくていつだって紳士的で、だから南方さんから聞きたいんです私のどこが好きですか」

まるで全てを飲み込むような丸い瞳にグッと覚悟を決め込んだ、思ったより出た声は掠れてしまっていたが彼女は気にせずに機嫌よく聞いた

「高い身長も犬っころみたいに懐く姿も見た目に反してちょっと弱い中身も立会中の凛とした姿も全部…外も中も全部好いとるよ」

「私彼女になっていいですか」

「ここまで来てならんのか」

「いえ、なりたいです」

まるで太陽のような笑顔を見せて笑う彼女に思わずにやけてしまい2人は烏龍茶を飲み終えれば身支度を整えて外に出た
酒で熱くなった体を外は静かに冷ましていく、家まで送ると伝えて2人でいつもと変わらないように歩くはずだったが智花は静かに腕を絡めたふと見上げれば心底幸せそうな彼女の顔に何も言えずにマンション下まで送ってやれば名残惜しくも腕は離れてしまう、まるで酔った勢いだと言われても信じそうなその動作が少し虚しくもあった

「じゃあ気をつけて」

「なん…恭次さん、良かったらケーキ2つあるんですけど、私一人じゃ多いかなぁなんて」

本当に嘘をつくのが下手だと思ったのは彼女の目は集中することなく死線をさまよっていた為だろう
1歩分離れた距離を詰めてやりケーキの箱を奪い今まで入ったことのなかったマンションの自動扉の奥に歩き出す、可愛い嘘をつく彼女を今はまだからかう事なく

「甘いもの苦手やけど今日はなんか食いたい気分やわ」

なんて自分も相応の嘘を彼女の趣味の詰まったかわいい部屋の中に足を入れてから呟いた。

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