2時間だけのバカンス




「Fの15大人1枚レイトショーで」

人の少ない映画館でそう告げれば愛想のない疲れきったようなやる気のない顔の男性が「はいよ」なんて気さくな返事をしてチケットを発券した、時刻を見れば20時になったばかりでチケットに記載の上映時間は21:30だった
仕方なく近くのセルフサービスのカフェでコーヒー1杯片手に喫煙室に入り入口の灰皿を手に取って奥の席に座る、仕事おわりの其の時間人は疎らに消えていく2階席から眺めた外はゆっくりと今日の終わりを告げていき智花は小説を読み耽っていればあっという間に時間はすぎようとした
テーブルの上に出していた携帯がチカチカとひかりながら震えた2つ折りのその携帯の受電ボタンを押せば少し息の切れた男の声が聞こえる

「変態からの電話ですか?下着の色なら答えませんよ」

『誰がおどれの下着の色なんか聞きたいんじゃ、今どこにおる』

「喫煙所のあるカフェです、いつものとこでタバコ吸ってますチケット買いました?」

『F16のレイトショーな、そっちいくからコーヒー買っとってくれ』

時刻は20:50、映画館に移動するには少し早い時間かと1階に降りてコーヒーとホットサンドを2つ注文してレジカウンターで待っていれば入口のドアが鐘を鳴らした、ジャケットを手に持った男が少し額に汗をかいており

「アイスコーヒーに変更できますか」

とコーヒーを入れていたアルバイトに声をかければ困った顔をするものだから、呆れてため息をこぼして「すみません、アイスコーヒー1つ追加で」と声を掛ければすぐ様愛想良く笑って用意してくれた
ホットサンドとコーヒーの置かれたトレーを片手に後ろを歩く男の為にドアを開けてやり灰皿片手に椅子を引いてやる

「まさかこんなギリギリなると思わなかったな」

「前回よりいいじゃないですか、チケット買ったのに来たの映画が終わる5分前でしたし」

「ったく、いくらわしが仕事の出来る男や言うても人使いが荒過ぎるんじゃ、智花の方は毎度定時やの」

「ウチのとこはエリートと違って超絶ホワイトにのんびり仕事してますからねぇ」

「営業職とはいえいい事じゃ」

2人してホットサンドを頬張りながらそんな他愛のない話をして、コーヒーを飲みながらタバコを吸っていればいつの間にか時刻は21:15であり2人は口元を紙ナプキンで拭って席を立つ

「コーヒー買ってくか?」

「もうお腹いっぱいですけど南方さん飲むなら1口もらおうかな」

「おどれの一口は全部やろ」

「そんな事ありませんよ」

コーヒーを片手にチケットを切ってもらい映画館内に漸く入り智花の隣に南方は腰掛ける、レイトショーは人がおらず気が楽だ、それゆえ毎回2人は終わりかけの映画のレイトショーに来ることが多くなった
ゆっくりと灯りが消えて暗くなり予告が始まる時智花は思い出す


「映画ですか」

「よかったらチケットもろとるけど使う機会なくて」

「私と…ですか」

所詮趣味の一環の倶楽部賭郎の立会人同士、南方とは入りたての彼を世話係のように智花がつくようになり必然的に話す機会も増えた
世話係といってもそこいらの会社の新人を育てる訳ではなくあくまで賭郎としてだ、教えることなど何も無いゲーム進行が上手くできるのか会員達を掌の上に置くことは出来るか、求められることはそれだけだ、反対にそんなことも出来ない者が立会人としてゲームを支配できるわけが無いのだ。

「私仕事終わりの映画結構好きなんですよね、だからどうですか」

立ち会い終わりの車の中でそういえば彼は安堵したような顔をする、映画に誘われた事に対して下心云々が無いとは互いに言えないだろうだがしかしあくまで2人は同僚として接した
お互いの本職の就業後待ち合わせをして心から見たいという訳では無い、ただもう時期終了するからという理由だけで気になったその映画を求めた
家で見る空気とは違う、大画面と耳に入るのは足音も鼻息さえも聞こえそうだった、ふと横から彼の顔を覗き見た時、真剣なその表情に少なからす好意を持ったのだろう。

「案外B級でしたね」

「そうやな、でも智花と見れたから楽しかったよ」

「またチケット余ったら誘ってくださいね」

そんな会話をしてから彼は定期的にチケットを貰ったり、誘ってきたりとした、休みの日ではない仕事終わりのクタクタのボロボロの姿で2人は顔を合わせてコーヒー片手に長い金曜日の夜の映画を見る


そんな過去の記憶を思い返していればようやく本編が始まる、小説を原作にしたミステリー映画はやはりレイトショーだとしても人が自分たち以外いない理由を理解する程の出来栄えであり、安い制作費なのだろうと目に見えてわかる、そんな批判的な意見を頭の片隅に浮かべつつも智花は黙って映画を見た
お互い下心がない訳では無いが子供のように公にするものでもない、だからこそ智花は映画を見る2時間だけ重ねられた手が幸せに感じた

ふと彼の横顔を覗けばコーヒーカップに口付けた後気付いたように目を合わせたが何も気にせず2人は映画を見続ける
画面の奥で会話を広げる役者達に目を奪われた"ふり"をして、重なって手も映画のせいだと言い訳して

クライマックスに近づけばそれなりに面白く感じて智花は原作小説とは少し違うんだと読んでいた内容を思い返した
ふと喉の乾きに気付いて真反対の南方の右手にあるコーヒーカップに手を伸ばそうと体を傾けた時だった、ふと視界は真っ黒なような…何かに遮られて手にはコーヒーカップが握られていた
席に深く座り直した南方は黙って映画を見始めて智花は残された唇の触感に目を丸くして内容の入らない映画を見た

「結構良かったな」

「そうですね、原作と少し違いましたけどいいアレンジでした」

「原作持っとんなら貸してくれ」

「構いませんよ、今度持ってきますね」

「いや取りに行くわ」

映画館を出て2人は暗くなった街を歩く、駅までは人はやはり疎らで酔っ払いやカップルやらばかりだった
ふと見上げれば南方に手を取られて指を絡められる

「そろそろお互いの気持ちハッキリしてもええじゃろ」

「南方さんってそう言う感じなんですか」

「まぁな…で小説取りに行ってええか」

ずるい彼の骨張った指先が頬を撫でて髪の毛を耳にかける、やけに声がクリアに聞こえて「まぁ小説取って帰るだけじゃ終わらんけど」と耳に入り思わず彼の目を見れば少し眉を下げて笑った、同じ表情をしたいのに若い小娘みたいな反応をして彼の絡めた手を少し強く握り

「次は私が南方さんの家に小説取りに行きますから」

そういえば彼は嬉しそうな顔をした、あぁ私達の恋はレイトショーを終えた今からなのだ

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