素直になれないオトコノコ



運命を信じますか?
白馬の王子様も眠りの姫も意地悪な魔女もやっては来なかったが理想の人はいる、とびきり紳士でとびきり優しくてとびきり格好よくてとびきり素敵な人

「はぁ〜ぁ、本当素敵すぎる…クラウスさん」

視界に入る邪魔な虫はさて置いて仕事なんかもそっと横に置いてとびきり素敵な人の1番大好きな紅茶を飲みながら今日も特等席(デスク)から眺める
鋭い瞳と大きな歯綺麗な赤毛に大きな身体、ひとは彼を野獣だと言ったとしても自身にとっては魔法の解けたあとの姿も解ける前もさして変わらないものだった

「はぁ〜っあいた!何するんですか!」

「さっきからずぅっと声をかけてるんだけどなぁ、そんなに僕の話を聞くのは嫌なのか?」

「ええ嫌ですともさっさと要件済ましてくださいよ」

初めに語った意地悪な魔女はいないの部分は訂正する、意地悪な魔法使いはここに居た、顔に傷をつけて黒い髪で少し女の人に好かれやすい顔のこの男は兎に角意地悪だった

「今日中に頼んだやつ終わったんだろうな、終わってないなら至急頼むのと前回頼んだ次の調査票の提出も今日頼む、あっあと昼ご飯の買い出しも頼むよいつものやつでいい君のも買ってきていいよ」

「はいはーい、分かりましたんで向こう行って結構です」

「分かってるやつはとっとと仕事に取り掛かるんじゃないのか?そんなんだからクラウスにも相手されないんだそもそも君って奴は」

説教が始まってしまった、こうなると面倒くさいと思い慌てて財布片手に頼まれた昼食を買いに走る
ライブラに来たのは元々HLの裏情報に詳しかったのと霧の向こうより楽しそうだったからだ、やって来た途端に現れた2人の上司は正直タイプは違った、優しく穏やかな二人に散々可愛がってもらったがいつしかスティーブンは目の敵にするように姑らしい小言を言うようになった

「職場恋愛って自由なはずなのに」

「18番の人」

「はーい」

店の椅子に座りながらどうにかクラウスを誘えるようなお店を探す、きっと彼は優しくどんな店でも喜んできてくれるだろう良き上司良き理解者として、異性としてみられているようには見えなかった
そもそも見てもらおうにもあの男がいつもいいタイミングで邪魔をするのだ、仕事中も終わりも休みも飲み会も全て潰される
ムシャクシャして買ったローストビーフサンドを齧りつつ有難くも霧の薄い街を歩く

「子供の買い物でももっと早いんじゃないか」

「私は子供以下ですよ」

「謝ったりすることは出来ないのか」

「買って来いって言われただけで何時頃なんて指定は受けてません」

「本当に君ってやつは可愛くないなぁそんなんだからクラウスにもデートに誘われないんじゃないか?いや誘えないのか」

「そんな事ないですし!誘えますし何なら賭けてもいいんですよ」

「智花みたいな女性に誘われてもどうだかなぁ」

ぎゃいぎゃいと喚く2人に近場にいた人達はみんな避けるようにお茶をしに逃げ始める
スティーブンは彼女を足の爪先から頭の先まで見たあとにプッと小さく笑った肩を震わせてなんなら涙まで少し浮かべて笑う姿に智花はあまりにも悔しくなってしまい顔を真っ赤にした

「いいですよ!じゃあクラウスさんとデート出来たら金輪際私にかかわらないでくださいよね!」

では、と言った後にドアが閉められる再度開いたかと思えば書類を置いて「今日の分です、急ぎじゃないのは家でやります」と言い残し行ってしまった
残されたスティーブンは目を丸くして手にあるサンドイッチの袋を落とした

「あまりいじめてはなりませんよスティーブン様」

優しい老執事が言った

智花は必死に考えた、もう最高のデートにしてやるとどうせ食事程度なら断られないしなんならあの人は優しいから1日休みに付き合ってもらうことも出来るかもしれない
休みの被っている日を確認し今まで行ったことのない高級レストランを予約し、オペラのチケットを2枚購入、ドレスコードがあるという為慌ててネットやデパートでそれらしい服を見繕う
髪の巻き方、メイクのやり方、食事の作法、オペラの鑑賞マナー等兎に角学んだ、小言を受けないためにも仕事もちゃんとこなしてスティーブンの悔しがる顔を思い出してプップップッと笑ってしまう
後はそう彼を誘うだけだ、ふと深呼吸してスマホの連絡先を開くお気に入り登録している彼の名前に1度タップして連絡をしますか?と出てきた文言に小さく頷いてテレフォンコールの音が鳴る

「はい」

低く落ち着いた聞きなれた声が聞こえて自然と声が高くなる

「あ、あのですねオペラのチケットを2枚頂いてその…宜しければクラウスさんと行けたらなんて」

「あぁ是非とも御一緒したいのだがいつ頃だろうか」

「20日です、確かお休みだとお伺いしておりましたので」

「…す、すまないその、その日はあのえっ…予定が」

「別日でも結構なんですけど」

「うぅむ、申し訳ないが私は行けないんだ良かったらスティーブンを誘ってくれたまえ」

ツーツーと聞こえた音に智花は唖然とした、恋人はいなかったはずで基本断られることは無いと予想していたが呆気なく粉砕、脈ナシどころの話ではないと彼女は感じ取ってベッドに飛び込んだ
先程までの高揚感やら嬉しさやらは全て薪にして燃やされた気分であり、ため息ひとつも出ずに涙がぼろぼろと零れただけだった。

挙句の果てには嫌いな男の名前まで出されて彼をデートに誘えなど死体蹴りより酷いものだと感じた、悪気はないのかもしれない彼なりの優しさなのだろうが心は折れてしまいそうだった
翌日の智花の顔はそりゃあメイクをしても隠せないほど酷い顔だった幸いクラウスが居なかっただけマシなのだろう

「それで?どうなったんだ」

嫌味ったらしいこの男が珍しく真剣な顔で聞いてくるものだから智花は仕方なく負けを認めた

「あなたを誘えって言われて振られましたよ」

「へぇ〜、ぇ、あーそうかそうか」

本当にこの人は最低な性格だなんて思えてしまう、目の前で明らかに機嫌よくした彼は隠そうにも緩んだ口角がみえてしまう
そして大きな手のひらが目の前に現れるものだから智花は小首を傾げ見上げる

「僕でいいなら付き合ってあげようかい」

「っ別にスティーブンさんと行きたいなんて思ってませんから!外回りしてきます」

智花の怒鳴り声とともに今日もエレベーターのドアは閉まった、恐る恐ると言った形で開かれた別の扉からは困り果てた顔のクラウスがいて、スティーブンは彼を見ていった

「どうしてこうなるんだ!」

「そのスティーブン、私が言うのもなんだがもう少し素直になってはどうだろうか」

「十分素直だよ、分かるだろう」

「いや紳士的な君が智花にだけはあまり紳士的ではないと思うんだが」

あぁその通りだとスティーブンは己を理解しているためにウンザリしていた、初めて智花を見たあの日から一目惚れの魔法にかかった、最初こそはあんな歳若いだけの何も知らない小娘なんてと鼻で笑っても釘付けにされたそれが何故なのかは分からない
ただいつだって子供のように彼女にいじわるをして嫌味を言って傷つけてしまう、そんなことは人生で初めての経験であり決していい意味のものでは無いことは理解している
それゆえに自己嫌悪に陥りクラウスに泣きついては困らせたものだった

「そろそろ素直になるべきじゃないだろうか」

クラウスは優しく助言する、背中を押してスティーブンをエレベーターに入れた

「良ければ仲直りに使ってくれたまえ」

そういって紳士は魔法のチケットを握り渡してきた
スティーブンは花屋に向かって花を買った、取り敢えず智花にはメールで外回りの後は?と連絡すれば"直帰です"とシンプルな返事が来た
彼女の好みそうなスイーツと少し下心のあるワインを持ってマンションのチャイムを鳴らした

「はー……い」

「あからさまに嫌な顔するなよ傷つくだろう」

「なんなんですかその大荷物」

「重たいからとりあえず置かせてくれないか」

「散らかってますけどどうぞ」

若い女性らしい部屋だと感じた、それなりに清潔感があってその中にシンプルな可愛らしさを残す小物がある
恥ずかしげもなく彼女は部屋干ししている下着をクローゼットの中に投げ捨ててテーブルの上に仕方なくワインや花束やケーキを置かせてくれた

「なにか仕事に不手際でも?」

「違うよ、君の仕事っぷりは素直に評価してる」

「また笑いに来たんですか」

「いや」

「私スティーブンさんのこと初めは嫌いじゃなかったのに」

普段のシャキッとした服装とはかけはなれたスウェットパンツにシャツの彼女は正直グッときたことだ、けれどここでスティーブンが下手を打てば二度と彼女は家にあげることも仕事であろうと話しかけることも無くなるだろう
だからこそ慎重に接しなければならなかった

「僕だって別に嫌いなわけじゃないさ」

「じゃあなんでいつも意地悪言うんですか、私がそんなにクラウスさんやあなたにとって邪魔なんですか」

「だから」

「はっきり言ってくださいよ!」

バンッとテーブルを叩いた大きな音が部屋に広がる、スティーブンはこんなに情けない思いをするのは初めてだと心の隅で思いながらポケットにあったくしゃくしゃのチケットを2枚だした

「君が好きなんだ…智花が、バカみたいだと思うだろう?僕だってそう思うよ」

「は、なっ何言ってるんですか」

「一目見た時から好きになったけどよくわからなくて君に酷いことを言ってる、金輪際関わらないなんて言うから」

「いうから?」

「クラウスに連絡して泣きながら僕は君とのデートを断ってくれって頼んだんだ」

それを思い出すだけでもうスティーブンは今すぐ凍ってしまいたい気分だった、もう結果がどうあれスマートで紳士を通すような男がなんと言うざまなのだろうかと自身でも呆れ返った
差し出したチケットは受け取られる気配はなく智花の顔さえ見れずにいた

「それは私を恋人にしたいって言う意味の好きなんですかね」

「そりゃあそうさ、じゃなきゃこんなに情けない姿を見せないだろ」

「…私だって嫌いじゃないですよ」

小さく呟いた彼女は手の中から1枚チケットを取って笑った、まるで報われた気がして両手を広げて抱こうとしてもするりと避けられた、思わず目を丸くしてみてみれば彼女は意地悪に告げる

「意地悪されたんですから本当に好きかなんて分かりません、だから友達からのスタートってことで」

ね?と告げる彼女にそんな馬鹿な…なんて言える訳もなく、スティーブンは彼女の従順な犬になりさがることにした
かわいい年下の恋人になってもらうためにも。

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