シンデレラへの第一歩




知らない人、知らない男、知らない場所、知らない話
全てが大嫌いだった、足元を見れば高いヒールのパンプスに足が痛んで思わず壁に寄りかかり手元のシャンパンを見つめた

「…帰りたい」

元から人との関わりが苦手な人間がこんな社交パーティに参加するのが間違いだと分かりながらも智花は頼まれた以上断ることも出来ずに愛想を振りまいた、知らない父や祖父と言える年齢の男達に囲まれにこやかに笑われて話を聞き流して情報に探りを入れる、危なくなればそれなりの対処は直ぐにされると言われても智花にとっては心労であった

「飲むなよ」

「別に飲みたくなんかないもん」

「ガキには荷が重すぎたか」

「ムッ、別に慣れてるし子供扱いされなくても結構」

護衛として着いてきてくれたスーツ姿の巨漢の男は隣に来ては手元にあるシャンパンを飲みながらそう言った、いつだって彼は意地悪に子供扱いをしては煽る、それが嫌だと言いつつも彼の少ない優しさだと理解しているために大きな嫌悪感はなく、反対に少女は男への信頼とそれ以上を寄せていた
まだまだパーティは中盤であろうと察して情報を引き出したいと智花は思い手元にあるシャンパンを隣に立つ男に渡せば静かに飲み干される

「伽羅さんに私が如何に大人の女かってことを今日こそ証明してあげる」

「お前みたいなケツの青い小娘には無理な事だな」

イライラと募る苛立ちを隠すように智花は背中を向けて人混みの中に入る
智花は斑目貘の商品だった、時に賭けの対象に時に情報を入手するための餌に兎に角智花はあの男の為なら何でもして見せようとした望まれなくても彼が命の恩人であった為だろう。
危ない橋でも渡ってしまう彼女は梶とは別の意味で人を惹きつけハラハラさせる、伽羅もそんな彼女に乱される時が多くあった
まだギリギリ未成年の彼女が社交パーティの真ん中で美しいドレス姿で立っている姿を見てシャンパンを飲み進めながら数時間前の彼女を思い出す

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「私パーティ用の綺麗なメイク分からないし、社交界用のヘアセットも分からないけど美容室とか予約した方がいいの?」

「あー忘れてたね、俺もそろそろ行かなきゃだし…あっ、ねぇ伽羅さんそういうの得意でしょ」

ホテルの部屋の中で男と女はそう言って入口で苛立った様子の男にそう言えば入口の男の嫌な予感は的中した
置かれていた即席で購入されたメイク道具に、ヘア用品は普段から使うものでは無かった、仕方なく用意してきたもので智花は渡されていたパーティドレスに着替えてドレッサー前に座る

「メイクは自分でしろ、ヘアセットはしてやる」

「伽羅さん出来るの?貘さんに頼んでよかったのに」

「あまり喚くな禿げになりたいのか」

「だって本当のことじゃんか…まぁ立会人って器用な人多いから伽羅さんも得意な感じ?」

「子供みたいに喋るな、とっとと用意しろ」

「はぁい」

薄水色でミモレ丈のオフショル型ワンピースを身にまとった少女はそれだけで大人の女のようで普段通りにメイクをする度にその顔は益々大人に変わっていく、メイクは魔法だというがその通りだと鏡越しに感じる
髪の毛を寝癖直しで濡らしてブラシでといてやり、コンセントをさして温まったヘアアイロンを当てていく、あまり動くことも無く静かに巻かれていく彼女の髪はものの数分で完成した、そして大方用意ができ振り向いた智花は伽羅をみる

「大人っぽいかな」

「19も20も変わらないだろ」

「大きく違うもん、お酒飲めるのかタバコ吸えるのかとか違うんだよ」

「いつでも飲めるし吸える」

「私意外と真面目なのってそれより私可愛い?」

「…見れない姿じゃねぇよ」

素っ気なく返事をした伽羅に智花嬉しそうに笑う、だがしかし少女の唇にふと気にかかって伽羅はドレッサーの上にある新品の薄ピンクのリップグロスを手に取った

「こっちを向け」

「んっ」

慣れたように目を閉じて静かに座って上を向いた少女にいつか誰かの手で汚されるのだろうとふしだらな想像をしてしまう
忘れていたネックレスとイヤリングを付けて、そして最後に渡された1番大人になるための魔法の靴を履いた智花は不安そうな顔だった、あまり身につけないような高いヒールのパンプスは視界を高くさせると同時に智花の足元を不安定にさせた
仕方なく手を取ってやり用意していたパーティーバッグを渡せば準備のできた智花を会場に連れていった

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それが今では男に囲まれてまるで大人の女のように微笑むのだ、肩に触れられても優しく離れて腰に触れられてもまるで蝶のように逃げる、男たちは愚かにも彼女を追い求めるばかりで苛立ってしまって仕方がなかった

「えぇそうなんですね、では次回私もぜひ参加させていただきます」

ニヤニヤと汚く笑う気持ちの悪い男達、自分の知る男の人達とは違うどうして世界はこんなに汚いのだろうかと智花は内心毒を吐いてしまう、それでも今日の仕事はこなさなければならず更には彼にも立派な大人(レディ)だと解らせてやりたかった
その気持ちがあまりにも大き過ぎたのだろう、渡されたグラスを飲み干してしまい気付いた時にはシャンパンのグラスを3度も交換してしまっていた

「上に部屋を取ってあるんだそこで寝た方がいい」

「…はぁ、そうで…か?」

「あぁ私が連れて行ってあげようね」

特別弱い訳では無いがあまり飲んだことのなかったお酒のせいだろう、気付けば思考が正常ではなくフワフワとしていた
知らない仕事相手の男に腰を抱かれて抜け出した、そう言えば伽羅は何処だったか?と智花は思いながらもまぁ後で会えるだろうと正常な判断は全く出来ずにエレベーターに乗せられ36階を押された、ペラペラと軽薄に話をする男は今日情報入手したかった近頃話題のIT企業の社長だった、ここで余計な話を聞きつつも大事な部分は逃さないように…と思っていた時だった

「なに…するんですか」

「ん?部屋の方が良かったかな」

「離してください怖い人来ちゃいます」

「大丈夫だよ私が追い払っておくからね」

「いや…ほん、と怖いの」

壁に抑え込まれ男の足が智花の両足の間に入り込む、ぐっと身体を抑え込まれ逃げようとしても逃げ道を封じ込まれ意識はほんのりと正常になろうとする途中で身体はあまり力が入らないでいた
首元にあたる男の息に智花は呟いた

「た、助けて伽羅さん」

「おいガキ相手に盛ってんじゃねぇよ、汚ぇオヤジが」

「ヒィッなんだお前」

エレベーターのドアが33階で開いたかと思いきや、入ってきた男の声に智花は安堵する、分かっていたことだろうがそれでも智花と男の間に入ってきては顔を近づける何か子供が内緒話をするように耳打ちをした後セクハラ親父は走って逃げてしまった
ふと力が抜けて床に座りそうになれば直前で彼の太い腕に抱きかかえられ、パーティ会場である場所から外に出されていた、まるで子供のようにお姫様抱っこをされてスーツのジャケットを上に掛けられる

「伽羅さん私ね、ちゃんとお仕事したよ」

「あぁ」

「この靴もう履きたくない」

「脱げばよかっただろうが」

「…ねぇ伽羅さん」

「ちょっと黙ってろ」

あ、怒ってるなっと内心感じながら少しだけ冷めてきた酔いのままタクシーに乗せられてホテルに戻る
そのまま部屋に戻るまでも抱きかかえられたまま部屋に戻され、そこには出掛ける前同様に誰もいなかった、高いヒールのパンプスを投げ捨てて酔いの残った体でベッドに寝転べば奥でエアコンのつける音や風呂の音が聞こえた、どう足掻いてもあの人は優しいのだと思いながらドレッサーを見れば散らかしたコスメの跡が残っており、大きな鏡の前には自分が映っていた

「少しは落ち着いたか」

「ここまでありがとう…ねぇ伽羅さん私子供みたい?」

「そういうことを言う時点でガキだ」

「じゃあ今度から言わないから、私大人になりたい」

「…酔っぱらいがめんどくせぇ」

近づいてきた伽羅に智花は真剣にそういった、いつだって彼らの背中を追いかけるばかりだった、特に貘や伽羅の事は
いつだって守られる立場で後ろに置かれていた、智花は大人になりたくて堪らないのだろう、そして伽羅もその気持ちは理解した、更にいえばそこにまた別の感情があるということも、貘ではなく伽羅にだけ特別大人に見られたい智花の感情を分からないわけがなかった
深いため息をこぼしてベッドに座る智花の肩を押して押し倒す、乱れた髪とワンピースと自分が塗ってやったグロスそれらは彼女を大人にさせていた
伽羅の顔が智花に寄ってきて、思わず強く目を瞑ってしまう

「まだこれでドキドキするならガキってことだ」

小さく聞こえた低い声に驚き頬に当たった柔らかい感触に智花は酔いが覚めたように目を丸くして起き上がる、背中を見せて寝室から離れて行こうとする伽羅の背中にクッションをなげつけて智花はいう

「絶対!ぜぇったい大人になったって次こそ認めさせるから、伽羅さんのバカ!」

そんな叫び声が聞こえて伽羅は思わず静かに喉を鳴らして笑う、彼女が猛獣使いになるのかそれとも猛獣になるのかはまだ分からない未来だが、そう遠くはないと感じながら
また彼女へのキスを唇に変えてやるのはまだまだ時間が掛かると思いながら笑ってやった、伽羅の考えなど理解できない智花はベッドに潜り込みドキドキとした鼓動の音を止めようと必死に今日の仕事で入手した情報を思い出しながら気付けば眠りに入ってしまっていたのだった。

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