青の春の雨




入学式のイメージは桜が咲き誇りキラキラと輝いているイメージだった、けれど実際の入学式は4月で桜などは雨とともに流れ散ってしまい、天気がいいか悪いかだけの普通の日だった
赤いランドセルを背負って嬉しそうに微笑む両親に背中を押されて教室に足を踏み入れる、今日から小学校に通うのだとドキドキと胸が高鳴った、元より家から離れた幼稚園に通っていたせいで周りと違い1人きりだった、隣の子も

「あ、あのお友達は?」

「居ないよ、君は」

「わたしもね、この辺じゃなかったから居ないの…あっ!わたし和泉智花っていうの宜しくね」

「和泉智花ちゃん…僕蜂名直器だよ、よろしく」

女の子みたいに綺麗な顔立ちの少年に手を差し出して握手をする、じゃあ今から入学式だからねと先生が言った初めて来た大きな学校内にソワソワとする智花とは反対に落ち着いた様子だった彼が小さく手を振っていた

「あれ、おとーさん?」

「うん、今日は賭郎の事は大丈夫っていってから来てくれた」

「おしごと?」

「うん」

「そっかぁカッコイイねぇ」

「智花ちゃんのお父さんは」

「あっちだよ、ふつーのお父さん」

皆で列になって廊下を歩けば両親達は楽しそうに話をしたりカメラを向けたりしていた、少し離れたところにいた黒いスーツの高い身長のその男の人は確かに彼に似ていたがもっと明るく笑うような人だった、ふと目が合えば手を大きく振られ思わず振り返した時からきっと時計の針は動いた。

「おぉー直器最高だったぞ」

「お父さん苦しい」

「そちらのお嬢さんは?」

入学式を終えて30分の休憩時間になり2人して廊下に出た、智花の両親は仕事で終わったあと直ぐに帰ってしまったが来てくれただけでも嬉しく何も悲しくはなかった
どうやら一日いてくれるらしい蜂名父に会った智花は足元に来て尚わかる、普通の人よりも高い身長の彼に首が痛くなりそうだった

「智花だよ、和泉智花ちゃん」

「智花ちゃんかぁ、直器パパの撻器だ私の息子と仲良くしてくれ」

「はい、わたしこそ仲良くしてもらいます」

「それはいいことだなぁっ、2人とも仲良くしてくれると嬉しい事だ」

「お父さん智花ちゃんびっくりしてる」

「ん?それは悪かった降ろそうか?」

「ううん!大丈夫高くてすごいなって思ったの」

「ははっいつでも抱っこくらいしてあげるさ」

近付いた撻器の顔を見て智花は幼心ながら理解した、これは恋だということをよく見るプリンセス映画で恋をするお姫様たちのような気分だった、王子様はずっとずっと歳上の友達の父親だとしても
だがしかしそんな気持ちを伝えられる訳もなく、また伝える訳にも行かず智花は直器の親友として学生生活を進むことになるだけだった、小学校までだが…中学校からは彼は私立の有名校に行くらしくメアド交換だけをしてサヨナラをしてしまい会うことも中々難しくなり智花も成長していった

「はぁ…だろうなぁ」

そして現在24になった智花は携帯のメールを見てため息をこぼした、彼氏から来た"別れよう"のメッセージに対してのセリフだった、振られることは慣れており去るもの追わず来る者拒まずな性格をしていたせいだろう
智花はあの初恋を忘れられずに兎に角歳上に恋をするようになった、だがしかし歳上とは年齢だけの事で中身等は同い年の人間より酷い男などザラのこと、メールを送ってきた彼も歳上で黒髪にオールバック姿だった…そう、完全にあの人を重ねているだけである

だがしかしめげることは無く智花は"分かりました"とだけ返事を出して連絡先も消して、家の中にある男の物は全て捨ててやった
そんな事があったのが2日前であり、落ち込むことも無ければ怒りに満ちた生活でもなくただ静かに進むばかりの日常だった

「はい、ではまた是非何かございましたら…はい、ありがとうございます」

保険の営業になってそれなりに楽しんでいる、成績も関係の無い会社故に気楽に仕事はできた、2時間ほどの説明等を終えて大きく伸びをすれば気付けば時刻は19時を優に過ぎておりため息をこぼしコーヒーのおかわりを頼む
ふと外に見えた黒いスーツの男性を見て智花は初恋のあの人を思い出した、いつまでもこんなにも考えるのはダメだと思いながらもきっと死ぬまでこの気持ちは離れないのだろう
先程の客の書類を丁寧にクリップでまとめてカバンの中に入れ伝票を片手に立ち上がり、レジに行けば丁度店の閉店時刻だったらしく準備をしていた

「ありがとうございました」

店員の声と共にドアを開ければ入店前には音も聞くことは無かったはずの大雨が降っていた、傘立てをみても何も無く販売も無い様子でもう店の入口の電気も消されてCLOSEの看板に変えられていた、駅まで10分程はかかる道のり故にどうしたものかと悩んだ末智花はカバンの上にジャケットを乗せて胸に抱え込み走り出そうとした時だった

「走っていくんですか」

「えぇ傘もってなかったの…で」

「良ければ入りますか?」

「あの人違いだったらごめんなさい、撻器さんですか」

「っぐはぁ!バレたかぁ智花ちゃんだろう」

丁度濡れる直前にやってきた黒いスーツの男性は2人程入れそうな大きな黒い傘を手に持っていた、良ければという言葉に甘えて傘に入ればフワリと懐かしい香水の香りが鼻に香った
年相応の加齢臭などは全くせずに、そして自分の親と変わらないかもしれない彼の年齢を考えれば随分と若々しくも見えた

「丁度通り掛かってよかった」

「本当です仕事の書類とかが濡れちゃうところでした」

「保険の営業だって言ってたな、忙しいだろう」

「でも伸び伸びと出来てますし条件もいいですから、事務仕事もまぁまぁ多いですけど」

「俺も事務仕事は苦手で逃げ出しそうになるよ」

昔より大人になったせいだろう、気さくに対等な大人というポジションで話ができるようになったのは、最後に出会ったのはいつ頃だったか…卒業式は来れなかったゆえに会えなかったのはよく覚えていた。
けれど昔あった頃よりも更に若々しくそして見れば見る程大人の色気なのか、雄のフェロモンなのか自分にだけ感じてしまう魅力に虜になりそうだった

「結婚はまだしてないんだな」

「えぇつい先日も振られたばかりですから」

「智花ちゃん見たいないい女を?俺なら死んでも離さないな」

真剣な声色でそう言われ思わず胸が高なった、やはり今迄の人生の中で出会った異性の中で彼は特別だ
紳士的で、大人で、優しくて、理想を描いた王子様のようだった、友達の父親だとしても智花にとっての理想の男(ひと)である
自然と車道側を歩いてくれ濡れないようにと優しく肩を掴んで撻器自身に寄せられる、ふと見上げれば揺れるピアスも変わることは無かった

「撻器さんみたいな人なら離れたくないですね」

「…言ってくれるなぁ、直器とは連絡は?」

「本当にたまにですね、一年に一回くらい元気?って連絡するくらい」

「そうかアイツも忙しくなったから仕方ないな、今度3人で食事に行こう」

「嬉しいです、絶対予定空けます」

食い気味にそういった後にふと冷静になり智花は誤魔化すように地面を見た、パンプスは残念ながらもう濡れてしまっており気持ちは悪いがそれ以外濡れる場所はなく、ゆっくりと駅に近づいているのが分かる
奥さんのいない彼に今更この気持ちを伝える事は最低だと智花は理解していた、ましてや友達の父親に対して、いい息子の友達としてこれからもずっと時間を歩み続けなければと智花は心中で必死に考えた

「予定が合わなくても2人で必ず行こう」

「…私とですか」

「あぁ俺は2人でも行きたいんだがどうだ」

「勿論行きたいです」

ふと互いに足が止まり目の前には駅の改札が見えていた、もう10分も話をして歩いていたのかと智花は残念そうに思った
例えお世辞だとしても誘いの言葉は嬉しかった、だがしかしこの初恋は出来るだけなかったように進めなければならないことも理解していた、幼い子供のように無垢に好きだと伝えられたら良かったが智花も馬鹿ではない立派な知能のある大人であり人間だった

「もう…着いちゃいましたね、送ってくれてありがとうございます撻器さん」

「あぁいいんだ、それよりそんな顔するな智花」

「撻…器さん?」

「関係だとか年齢だとか気にしないならまた会ってくれないか?今度は晴れた日に2人で」

肩を持っていた片手で頬を撫でられたかと思いきや頭を撫でられる、小さな頃に何度か撫でられた時と変わらない優しくて大きな掌に智花は泣きそうになってしまう

「もしいいなら、次のデートで返してくれそしたら雨でも会えるだろ」

「でも撻器さん濡れちゃう」

「いや実は車があるから平気なんだ、だから受け取ってくれるか?」

そういって彼の手から渡された大きな黒い傘に見上げれば嬉しそうに微笑んだ

「それと雨に濡れたら大変だろうから、良かったら使ってくれでもって次返してくれればいい、じゃあ宜しく頼むぞ智花ちゃん」

白いハンカチと傘を手渡して最後にまたひと撫でした撻器は長い足を進めて行ってしまった、彼の言った通り駅の近くにいた黒い車の中に乗ってしまい表情は見えなくなってしまう
見送ったあと智花はふと真っ白なハンカチを広げれば"零號 切間撻器"と綺麗な刺繍がされており、さらにその中から小さな紙が出てきてまた開いてみれば電話番号だけが残されていた

にやけてしまいそうな表情をどうにか隠して智花は改札を通る、早く家に帰ってこの連絡先を携帯に入れて電話をしようと考えて、そして電車の中でスケジュール帳と睨めっこをして週末にはそれの為の服を買いに行こうと決めてハンカチを見つめて嬉しそうに笑った
ようやく時計の針は秒針を刻み始めたようだった。



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おまけ(棟耶さんと撻器)

「息子の友達に手を出すのいかがなものでしょうか」

「ぐはぁっそう言われると仕方ないが将輝お前も分かるだろう、あんな目で見られて高ぶらない雄がいるか?」

「お屋形様にお伝えしておきます」

「それは…少しやばいな」

「何故です

「アイツは智花の事を妹の様に大切にしてる」

「じゃあ手を引いた方が宜しいのでは?」

「それとコレとは別だ、アレは俺が狙ってた獲物だからな」


おまけ2(創一と智花)

「父さんはやめてた方がいいよ智花」

「でも私の初恋知ってるの直器くんだけじゃんか」

「僕ならわかるけど父さん未亡人だし、君のことお母さんって呼ぶんだよ」

「そこは納得してよ」

「まぁ…応援はしてあげるよ」

「直器っ、ありがとう!」

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