色づく爪先も
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子供に片付けをしろという親の台詞を聞いたことは無いがその台詞を吐き出したのはその女と出会って何千回だと感じた
床に散らばった靴や洋服たち、ドレッサー上のコスメやアクセも、ホテルのキングサイズのベッドを占領する鞄や靴の箱
そして床に座って更に散らかしに入る女に伽羅は苛立ちを覚えた
「てめぇとっとと片付けろ」
「あー、伽羅さんおかえり見てみて貘くんに買ってもらったんだ可愛いでしょ」
「片付けろって言ってんだよ、捨てるか?」
「そんなに怒らないでよ、片付ける場所ないんだもん」
それもそのはずホテル暮らしの人間なのだからクローゼットがある訳でもないので服が溢れて仕方がないので置く場所もない、彼女を甘やかす斑目貘を思い出して舌打ちをして適当に置かれているベッドの上のものを床に落とせば「もー!雑にしないでよ」と文句が聞こえたがそれよりも仮眠を優先したいと伽羅は苛立ちの中で冷静に思いながらベッドの中に入る
片付けも終わらせずに同じようにベッドの上に上がった智花が伽羅を見下ろしてニコニコと笑う
「お昼寝するの?」
「起こしたら首の骨やるからな」
「はぁい」
何とも覇気のない返事をした智花を横目に目を閉じた伽羅に智花は何もせずに静かに過ごしながら手元にでてきた小さな瓶を見つめてニコリと楽しそうに笑いながら片付けを始める
何時間が経過したのか目を覚ました時に直ぐにわからず横を見ればドレッサー前に座る少女か女か判別の難しい娘がいた、ドレッサーの上も周りも片付けられて、カラフルなボトルが並んでつんとした匂いが鼻に染み付く
「あ?起きた」
「クセェな、何やってやがる」
「起こさなかったんだからいいでしょ、この間4人で出かけた時に選んでもらったネイルしようかなって」
ほら可愛いでしょ?と智花が素足を伸ばして見せれば足には白い肌によく映える薄いピンクが施されていた、梶くんに選んでもらったんだよと言う彼女の言葉に如何にも選びそうな色だなとわらって返事をしながら立ち上がる
「ねぇ伽羅さん、ネイルしてよ」
「自分でしてんだろ」
「この中から好きな色でいいよ、私不器用だからお願い下処理してるから」
そう言いながら彼女の小さな足の爪からはみ出た様子などない、不器用等とはとんだ嘘つきだと言いたくなるも、用事がある訳でもなくたまには彼女のワガママに付き合うかと珍しくドレッサー前にあったマニキュアを1本手にとってベッドに招く
「あ、それ私選んだやつだ」
「これしかまともなやつがねぇんだよ」
「褒めてくれてるの?」
「褒めてるように聞こえるのか」
「うん、でも可愛いでしょキラキラしてて宝石みたい」
智花の細い指先が紫パールのマニキュアをくるくると回して開けば寝起き同様にツンとしたきつい匂いが刺激をする
普段ならこんなことはしてやらない…というか頼まれてもしたくはなかったがきっと寝起きで片付いていた部屋に機嫌が良くなってしまったのだと言い訳をして伽羅の大きな掌の上に置かれた、少し力を込めれば壊れるようなボトルを軽く振って蓋を再度開けて智花の左手を取った、小さく丸い爪は割れも荒れも知らなさそうな指先で白く細く何が出来るのか分からない手だった
爪の先に置いた明るいパール紫が広がればそれだけだ鮮やかにみえた
「伽羅さんって器用だよね、全然はみ出さない」
「静かにしろ、ズレたらめんどくせぇ」
「はーい」
そう言いながら黙った智花は隣に置いておいた携帯を開いてメールが来ていたのか素早く入力をしては帰ってきた返事にニコニコと機嫌良さそうにしばらく打ち続ける
そんな彼女のことも放っておいて五本の指先を塗り終えてもう片方を出せとジェスチャーすれば直ぐに渡され、彼女はまるで新しいおもちゃを買ってもらったように目を輝かせて左手を見つめた
「ヨレても治してやらねぇからな」
「うん、絶対に綺麗に乾燥させる」
右手を差し出して携帯をベッドに投げ捨てた智花は静かに塗っていく伽羅の顔や指先を見つめた
似合わない彼の大きくゴツゴツとした手に握られたネイルの筆、そしてその筆から塗られる色、綺麗に塗る為に集中をしていつもより寄せられた眉間のシワ全てが愛おしく感じられた
「伽羅さんこっち向いて」
「んだよ…そんなにはみ出させてぇのか」
「違うよ、お礼だってば」
「もう少しまともなキスしてから言え」
愛おしさが溢れてふと声を掛けて唇を奪ったというのにまるで犬に顔を舐められたような物言いに智花はムスッとした顔をするが毎度のことでもあった故に返事もせずにまた手を見つめた
10本の指先が彩られれば智花はベッドの上に寝転がった、足元のネイルはもうしっかり乾いているらしく足の爪は薄いピンクが目に入りやすかった
「また塗ってくれる?」
「さぁな」
「今度二人で見に行って選んでね」
「あんなところ行けるかよ」
「行けるよ、私と2人だったら行ってくれるでしょ」
お願いとねだる彼女の手を取り指を絡めながら頭を撫でてやりながらふと自分の足元を見れば似合わない紫パールの爪が見え、思わず睨みつければイタズラのバレた子供のような顔をした智花がさっと目を逸らすものだからベッドの上に押さえつける
「いい度胸だな…やり返されるってわかってんだろう」
「やだなぁ可愛くしてあげたのに」
「そりゃあもうびっくりするほど可愛くな」
「そんな事したらネイルよれちゃうしやめてよ」
「自分で直せばいいだろうが」
ふと目に見えた伽羅の両手に智花は顔を青くした、これはいつも通りのおしおきがやってくる、そう横腹を泣くまでくすぐられる事だ、逃げようとしても伽羅が上に跨り逃げられる術などは簡単になくなり見上げれば楽しそうな彼の顔が見えた
ホテルに大きな女の笑い声が響いたが誰もそれに気付くことなどは無いだろう、高いホテルに泊まったおかげだと智花は思うが助けにはいる人も居ない部屋に嘆いた
「あ、ネイル剥がれてる直そうかな」
ふと智花はある日そう呟いた、電話で軽く話をしていたはずの伽羅がその言葉に近付いてきてはドレッサー前に置いていたマニキュアのボトルを片手にベッドに座る姿に智花は嬉しそうに座り、両手を差し出す
素足の彼の足の爪は同じ紫パールに輝いている姿を見て小さく微笑みながら、静かにネイルをしてくれる彼の姿に微笑んだ
ドレッサーの前には5本目のマニキュアが新品で箱のまま置かれていた、これを使うのはまた次回らしい。
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