負け犬の遠吠え小説一覧Hard to Get

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 満月がやってきた。夜闇の中、マダム・ポンフリーが人目を避けて、リーマスを暴れ柳の元へ連れていく。ジェームズたちは毎月恒例のその様子をホグワーツ城の一角から見下ろしていた。叫びの屋敷についたら、意識があるうちに忍ばせた試薬を飲むと約束していた。
「少しは効くといいけどな」
 シリウスが期待のこもった呟きを漏らしたが、そんなに簡単ではないだろうとジェームズは思った。木の下に消えた二つの人影は、やがて校医一人だけのシルエットになって戻ってきた。
「ちょっと早いけど行ってみないか?」
「ワームテールがまだだよ」
 数日前にしでかした軽い悪戯の罰則を、ピーターだけがまだ終えておらず、夕食の後も教師につかまっていた。
「後から来るだろ。早く効果が知りたい」
「パッドフット。狼になるところ、彼は見られたくないはずだよ」
 諌めるとさすがに黙った。つまらなさそうに溜息を吐く。二人は窓辺から離れ、ピーターを待つ間自室で課題を消化することに専念した。
 やがて時計が鳴り、ジェームズはさすがに羽ペンを置いた。
「ピーター、遅いな」
「だから先行こうぜって」
 待ち構えていたかのようにシリウスが身を乗り出した。不精をし、魔法でインク壺の蓋を閉める。ジェームズは少し迷ったが、シリウス程ではないが期待と好奇心に心が急いていることも事実だった。ピーターに宛てて短い置き手紙を残す。
「……コブを押す役目、今日は君ね」
「おうよ」
 いつもは、鼠になったピーターが暴れ柳の根元にまで行き、そこで人間に戻りコブを押さえる役だ。鼠のままでは力が足りないのだ。そうすることで、暴れ柳は大人しくなる。
 二人は寮を抜け出し、明るい月光に照らされた校庭の片隅で動物に変化した。大きな黒犬となったシリウスが、身軽に四つ足で駆けていく。しかし何か違和感があった。シリウスもそうであったらしい。ふと立ち止まり巨木を見上げた。
 そこでジェームズも気付いた。この距離なら、柳はその習性に基づき、激しい攻撃を加えてくるはずだった。それが、動かない。ジェームズはすぐにシリウスの後を追い、二人は柳の根の下の隠し通路に滑り込むと人の姿に戻った。
「誰かが先に?」
「ああ。ピーターだろうか?」
 暴れ柳が眠ったままということは、それほど時間は経っていないだろう。ピーターの名を出したものの、彼が一人で叫びの屋敷に向かうことは考え難かった。もしダンブルドアや、他の教職員なら、とジェームズはしばし思考を巡らせた。
「あー、ジェー、もしダンブルドアなら……」
 シリウスが言い辛そうに重たげな口を開いた。そのとき、背後から小さな鼠の鳴き声が聞こえた。
「あれ、二人とも?」
 振り返ると、そこにはすでにピーターがいた。
「どうしたの? スネイプは?」
「……何だって?」
「ワームテール、どうしてそこでスネイプの名前が出る」
 二人の真剣な表情に、ピーターはきょとんとした。それから見る見ると、彼の顔から色が抜けていった。
「え……だって、プロングズが話したんじゃないの?」
 真っ白になったピーターは、震え立ちすくんでいた。
「だって……スネイプに言われたんだ。君から事情を聞いたって。それでリーマスに、人の意識があるうちに、今日新しくできた薬を届けたいんだって。どう行けばいいのか、って。それで僕は……」
「あの蛇野郎!」 シリウスが吐き捨てた。
「止めなきゃ!」 ジェームズは通路を走り出した。リーマスは薬を飲んだだろう。だけど到底、成功しているとは思えない。
「待てよプロングズ、そのままで行くのかっ!? せめてアニメーガスで、」
「スネイプが危険だ。人じゃなきゃ魔法は使えない!」
「駄目だ、それは駄目だ、それなら私が行く!」
 シリウスに強く肩を掴まれた。まるで教師の叱責のような声音に、ジェームズは振り返り、しかし頭を振った。
「……悪いけど、信用できない」
「何だって?」
 シリウスは思わずといった具合に、通路の壁を片足で蹴りつけた。
「だって君はいざとなったらスネイプを見捨てるだろう?」
 指摘すると、はっとして見つめてくる。その顔は卑怯だと思ったが、重ねて事実を突きつけた。
「今も、半分以上、これは彼の自業自得だと思ってる。違うか?」
「だってそうじゃないか! あいつがコソコソと嗅ぎまわるから!」
「違う、僕のせいだ。だから僕が行く。君は待っていてくれ。ピーターも」
 半端に関わらせて、だけど信用せず、真実を伝えることを怠った。
 ピーターは、自分がしたことに怯えて震えていた。だけど誰が彼を責められる?
「僕のせいだ。絶対に助ける」
 また走り出す。それほど進んでいなければいい。叫びの屋敷に辿り着く前に止められればいい。背後からシリウスの雄叫びが聞こえた。
「おい待て、待てって、この…………クソガキがっ!!」
 君も子供だろう、と言い返したかったが、その時間も惜しかった。追いつくまでは仕方ないと、途中で鹿の姿になり駆けたが、いよいよ屋敷に近づいてもスネイプを見つけられなかった。やがて前方から、獣の咆哮が聞こえた。出口だった。人間となり、杖を構えて飛び込んだ。
「ステューピファイ!」
 失神呪文は、荒ぶる獣の前脚を掠っただけだった。至るところに狼の爪痕が生々しい叫びの屋敷の木床に、スネイプが倒れていた。一瞬ぞっとしたが、動き、こちらを見た。生きている。怪我をしている。
「モビリコーパス!」
 スネイプに向けてその魔法を放った。痩せぎすの体が浮遊する。隠し通路まで動かそうとしたが、その前に人狼が襲い掛かってきた。咄嗟にスネイプの前に走り出た。
「プロテゴ!」
 魔法の盾が牙を阻む。理性を失った緑の両眼は、いつもより黄色みが強く、親友のこともただの人間、つまり獲物としか認識していなかった。
 一度に二つの魔法は難しい。モビリコーパスの効力を失ったスネイプの体が、通路の入り口手前でどしんと落下した。痛みに顔を顰めながら、スネイプは床を這いずり、部屋の片隅に手を伸ばした。彼の杖が落ちていた。指先で引き寄せ、人狼へとその杖先を向けた。
「セクタムセンプ……」
「駄目だスネイプ、彼を傷つけるな!」
「お優しいことを言っている場合か!」
「いいからさっさとそっちに転がって地下へ! 僕一人なら何とかなるんだ! 人狼は人を狙う!」
 叫んだ瞬間、鋭い爪が勢いよく降ってきた。咄嗟に身を伏せ避けたが、頬を掠めた。狼の爪を受け、壁がめりめりと裂けた。
 鼓動が速まる。また間近に緑の目。ジェームズは反射的に自らの体の形を変えた。人のそれから、牡鹿へと。
「……ポッター……!」
 スネイプが息を飲む。同じ四つ足の動物を狼は襲わない。その代わり、すぐさまぎろりとスネイプを見た。体に見合わぬ素早い動きで彼へと突進する。ジェームズは人間へと戻り魔法を使おうとした。しかし間に合わない。スネイプも呪文を唱えたが、焦りもあってか当たらなかった。人狼が牙を剥きだしに、まさにスネイプの体に覆い被さらんとしたそのとき。
「プロテゴ・ホリビリス!!」
 最上級クラスの盾の呪文がスネイプを守った。
「助けたぞ!! おい、文句ないだろこれでっ!!」
 現れたのは、非常に苦々しい顔付きのシリウスだった。乱暴に足でスネイプの体を転がして、地下通路の中に落としてしまった。すぐに彼自身、黒犬の姿に変わり、獲物を見失って興奮する狼に寄り添った。
 やがて獣の呼吸が落ち着けば、鹿と犬のままで通路へ降りた。スネイプは自分で応急手当てを済ませたようだったが、まだ一人で立ち上がることは難しいようだった。人へと戻り、ジェームズは彼に肩を貸した。三人は無言のまま暴れ柳の下まで戻った。
「ジェームズ、シリウス!」
 膝を抱え半泣きで震えていたピーターが、立ち上がり顔をくしゃくしゃにした。
「スネイプも……良かった……」
「ジェームズ、そいつに忘却呪文を?」
 シリウスがジェームズに提案した。ジェームズは首を振りそれを却下した。同時に、確かに最近のシリウスなら、それくらいの魔法は簡単に使えてしまうのだろうと思った。
 ホグワーツ城へ戻り、しんと静かな医務室の前で、やっとジェームズは言葉を発した。
「セブルス・スネイプ、僕らの秘密をみんなに話すかい? 僕らを退学に追い込めるね、おめでとう」
 スネイプは答えなかった。
「そうされても恨む筋合いはこっちにはない。脱狼薬の調合に付き合ってくれてありがとう。それなのに君を信じなかった僕の過ちだ」
 スネイプは顔を顰め、ジェームズの腕を解いた。よろよろと医務室へ入っていく。シリウスは、そのスネイプ以上に顔を歪めていたし、ピーターは狼狽えてジェームズを見上げた。
「ぼ、僕ら、退学になっちゃう?」
 ジェームズはそんな彼に少しだけ笑ってみせた。信じるしかなかった。
「さあ、どうだろうね。彼次第さ。何にせよ、なるようにしかならないんだから、心配するだけ無駄だろう」
 ピーターの頭に片手を置いて髪をかき混ぜ、とりあえず今夜も、我らがグリフィンドールの標榜する勇気と騎士道的精神を現せただろうかとジェームズは思った。
 また、リリーが知ったら、彼女だけは褒めてくれるかな、と思った。

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