負け犬の遠吠え>
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Hard to Get 祝福の言葉と、緑のガーデンに敷き詰められた真っ白な花々。幸福を美しさで表したとしか思えない善き日だった。
「おめでとう、おめでとう! おめでとう!」
親しい友人たちを招いての結婚パーティは、新郎の好みから言うと非常にささやかな規模ではあったが、そんなことは誰も、気に留めることすらなかった。喜びで満ちていた。
「おめでとう、ジェー!」
「うん、ありがとう」
「おめでとう、エバン、……や、リリー」
シリウスが呼び直した名前に、リリー・ポッターは微笑んだ。
「ありがとう、パッドフット」
学生時代は親友グループ四人だけのものだった愛称だ。それは、自分たちの秘密に深く関わる名前でもあり、プロポーズの前に、ジェームズはリリーにそれを打ち明けた。
「僕と結婚するってことはさ」 柄にもなく緊張していたのだろう。無意味に何度も眼鏡を押し上げ、ジェームズはシリウスたちに、その同意を求めたものだった。
「僕らの秘密とも添い遂げるってことになるから。……彼女に話すことを、君たちにも了承してもらいたい」
シリウスは黙って拳でその頭を小突いた。リーマスとピーターはニコニコ微笑んでいだ。
「え、っと……」
友人らの意図を把握し損ね、または自信が持てず、ジェームズは瞬きを繰り返した。シリウスは何か言ってやろうと口を開き、そこでようやく言葉を探した。いつになく迷いを見せる親友の背中を押してやろうと思ったのに、格好つけた良い台詞が思いつかなかった。「前」のときはどうしただろうと遠い記憶を探り、思い出せないことに愕然とした。
だから代わりに、そのくしゃくしゃの髪の毛を片手で乱暴にかき混ぜた。
「うわ、ちょっと、止めてよパッドフット」
肩を竦め嫌がるので、さらに力強く黒髪に指を絡めた。
「ちょ、シリウス!」
「プロングズ」 何も言えないシリウスではなく、リーマスが優しく声をかけた。
「君の選択なら僕達は尊重するし、彼女を歓迎する。僕らだって、君に選ばれて今ここにいるんだ」
「……ありがとう」
むきになってシリウスの手を払おうとしたジェームズは、不意に脱力し成すがままになった。俯き小声で呟いた。
「だけど、僕だって君達三人に選ばれたんだよ」
――思い出すと、ふと胸が詰まった。親友が選んだ未来。赤く燃える髪色を透かす、純白のベールの花嫁。
なぜか眩しく、わずかに目を細めた。と、リリーの向こう側から、ジェームズが片腕を伸ばし、シリウスの肩を軽く押した。
「ちょっとブラックさん? 何新婦と見つめ合ってるのさ」
「いや? 祝ってただけだろ。やっと結婚だもんな」
「やっとって……みんなには早い早いって言われてるのに」
「俺にとってはやっとさ。次は子供だな。励めよ」
リリーが顔をしかめ、分かりやすく嫌悪を表した。
「パッドフット、あなたたまにオヤジ臭い」
「は!? 36は男盛りだろ?!」
「え、どっから出てきたのその年齢……」
本当を言えば、記憶のある年月はさらに数年上乗せされるというのに、誰にもわからない微妙なサバを読んでしまった。
「あー、もう私たちのことはいいから」
「いや、お前たちの結婚式だろうが」
「シリウスは? そろそろ良い相手とか!」
ジェームズがにやにやと口を挟んだ。
「それ! 聞いてよリリー。お年頃のシリウスくんは最近熟女好みなんだよ」
「へえ……」
「お前の言う熟女はいくつ以上だ」
シリウスは真面目に確認をした。正直、周囲にいる二十歳そこそこの女たちは皆、「乳臭いガキ」以外の何者でもない。ハーマイオニーやジニー・ウィーズリーをそういう対象として見られるか、という話だ。
「何の話をしてるの、君たち」
少し丈の短い貸衣装に身を包んだリーマスが近づいてきた。
「花嫁の横で猥談とか」
「してねぇよ」
「改めておめでとう、リリー、ジェームズ」
リーマスの後ろからピーターが姿を現し、酒のせいか緊張のせいか、赤くなった顔でグラスを掲げた。
「リリー、とっても綺麗だ」
「ありがとう、二人とも」
先ほどまでとは全く違う無邪気かつ明るい雰囲気で、三人は笑い合った。こいつらには良い相手とか聞かないのかよ、とシリウスは少し不貞腐れた。そのとき、視界の端を平凡な黒いローブが過った。祝いの席とは思えない、ごくごく普通の魔法使いの格好だ。
やけにみすぼらしい客がいるな、と思った瞬間、視界の端を真っ白なレースが翻った。
「セブ! 来てくれた!」
ふわりと華やかな匂いを残し、リリーはセブルス・スネイプの元へ駆け寄っていった。
遠い記憶の中、一度目の結婚式。あの男の姿は見なかったはずだとシリウスは思い出す。
「おや、新郎がフられてる」
と、聞き慣れた声が耳に入り、シリウスは驚いて振り返った。
「え……なんでお前いんの」
「招かれたから」
正装した弟の簡潔な返事に、ジェームズを見た。友人はぶんぶんと首を振り、口を尖らせた。
「僕は呼んでないけど?」
「新婦にですよ。スラグ・クラブでご一緒させて頂いたことがあるよしみで? それともあの人の付き添いかな」
泡の浮かぶ黄みがかったワインのグラスで、レギュラスはスネイプを指し示した。
「……仲良しかよ」
「ううん、別に、特には」
でもせっかく来たから普段食べられないものを食べたいのだと、美しく装花された長テーブルに寄り、レギュラスは料理の皿を検分し始めた。
「せめて僕を祝って行きなよ……」
ジェームズは呆れて首を振り、他の来客の元へ立ち去った。シリウスは少し迷ってから、モーニングコートの襟を少し引っ張って正した。
「でも丁度良かった。レギュラス」
「んん?」
レギュラスは、ドレスローブの袖を手首の上まで捲り、ハンバーガーに齧りついていた。
「ちょっといいか。つーか口拭け」
ケチャップで汚れた口元にテーブルナプキンを押し付けると、「まだ食べてる途中」と文句を言われた。
「っとに、何しに来たんだ……」
「ポッターの結婚に感極まって泣いてる兄さん見れたら面白いなと思って」
「泣かねぇよ!」
シリウスはそう怒鳴ったが、背後でリーマスとピーターがにやにやしていることは見なくとも分かった。午前中や昨夜の醜態をバラされないかと焦った。
「で? 何が丁度いいって」
「あ、ああ……その、最近どうだ」
「どうって。別に。兄さんこそ」
「俺は……」
シリウスが生家を出たのは、卒業と同時だ。しばらく一人暮らしをしてみたいと「説明」し、大変外聞よく穏便に独り立ちした。そして今も、一ヶ月から二ヶ月に一度は、グリモールド・プレイスのあの家を訪れ、家族に顔を見せる。
「ちゃんと寝てるの」
レギュラスはさりげない口調でシリウスの顔色を伺った。ホグワーツの卒業祝いにと、学生時代最後の日にこの弟が全力で投げつけて寄越したのは、ピローカバーだった。今も、一人暮らしの家に帰ればシングルベッドの上にある。貰った当初は快眠を誘うラベンダーの香りがしていた。今は、色と同じく、薄れてしまったけれど。
「まぁ、な。でも最近は、またちょっと眠りが浅いかも」
「……ふうん」
理由のひとつは、明らかに家のせいだ。
両親の中では、また魔法界の一部の「純血」社交界の中でも、ブラック家の跡取りは自分だと見なされている。不快な手紙が時折届く。勧誘・密告・脅迫・すり寄り……
不死鳥の騎士団に名を連ねていることを、おそらく家族も薄々気づいているだろう。しかし下手な誤魔化しに騙された振りをしている。だからシリウスも何も言わない。口に出さなければ、正面からぶつかることがないのだと知った。これは一種の怯懦だろうか? しかし彼らは、少なくとも今、死喰い人ではない。それならば利用すればよい。血の繋がりや人間関係が、何かの有利に繋がることを、大人である自分は知っている。その反動がこれだ。念のためにと目を通してすぐ焼き捨てる手紙。それから、自分の中から湧き上がる、吐き気がする程の抵抗感、嫌悪感。ブラック! シリウス・ブラック! こんな生き方は自分らしくない。信念や、憎しみや、そういったものを自覚すれば、今にも暴れて、あの家と両親を壊してしまいたくなる。
しかし同時に、それらの葛藤は、次の瞬間自分の存在が(もしくは世界が)消え失せるかもしれない絶望と恐怖に比べれば、まだ耐えられるものだった。少し眠れないくらい、そう、どうということもない。
「今度はベッドカバーでもプレゼントしてくれよ」
そう笑うと、レギュラスは嫌そうな顔で「調子に乗るな」と毒づいた。きつい言葉尻と裏腹に、わずかに目元が緩んでいた。
もしすでに彼が、闇の陣営に加わっていたなら。
そんな危惧から、口にしようか迷っていた確認を、シリウスはやっと投げかけた。
「レギュラス。家の方に、闇の、」
そのとき、背後で大きな音がした。
「ジェー!?」
即座に振り返ったシリウスは、花嫁を守るように抱きしめた友人の、白い背中を見た。
黒い煙が、彼らのすぐ近くに立ち上っていた。シリウスは咄嗟に弟の体を後ろに押しやった。その場にいた魔法使いと魔女らは、杖を構え殺気立った。煙はうねうねと曲線を描きながら空に伸び、四肢のない動物の形を作る。さらに高く掲げるは頭蓋骨。誰かの恐怖の叫びが聞こえた。闇の印。
「デリトリウス」
いつからそこにいたのか、ダンブルドアが落ち着き払った声で呪文を唱えた。深い声音は、大きさ以上に辺りに響き、恐慌に陥る人々の耳にもきちんと届いた。
「単なる印に過ぎん。まずは落ち着くことじゃ」
ダンブルドアの魔法で、宙に浮かんだ闇の印は急速に薄れていった。シリウスはやっと、打ち上げられた禍々しい印の真下に立った人物を目に留めて、叫んだ。
「――スネイプ!!」
頭に血が上り、杖先でその男を真っ直ぐ指した。「貴様! 嫌がらせにしても洒落にならないぞ、こんなっ……!!」
「兄さん」
「やっぱり死喰い人なんだな、何回繰り返したってやっぱりお前はっ、」
「兄さん、落ち着いて」
背後からレギュラスが、突然足払いをかけてきた。油断していたシリウスは思い切りその場に尻餅をついた。
「はい、どーどー」
「レギュラス、お前もっ……!」
「落ち着いてって。もしあの人に害意があるとして、いくら何でもこんなところであれを上げるほど馬鹿じゃない」
草の上に座るシリウスの肩に手を置いて、レギュラスは最後に「はず」と小さく付け加えた。それからわずかに顔を傾け、「……ですよね、多分」とスネイプを見た。
「お前たち兄弟の中での私の評価がよく分かった」
「嫉妬に駆られて我を忘れたとかなら早めに自首してくださいね。寮の皆に恥ずかしい」
「私ではない。死喰い人にもなっていない」
スネイプはそれを、相対するシリウスたちではなく、明らかに背後にいるリリーに向けて告げた。「信じてくれるのなら」
「……あなたでないなら? この場に死喰い人が?」
リリーは、ジェームズの制止を穏やかに振り払い、スネイプに近づいた。
「違う。違うが……おそらく原因は私だ。ここに来る前、マルシベールに会った。きっとそのときに」
「ふむ」
ダンブルドアが杖を振るった。白い霧状の何かがスネイプの体を包み込み、すぐに消えた。
「他に呪いはかかっとらんようじゃ。魔法使いが集まると知っての、たちの悪い嫌がらせと言ったところか」
「マルシベールと、何を?」 純白のドレスで、リリーは自らの杖を手にしていた。「答えによっては、私があなたを捕まえる」
「君はいつの間に闇祓い局に就職した?」
リリーは答えなかったが、彼女が「不死鳥の騎士団」に所属していることはスネイプも分かっているだろう。闇の魔法使い達に対抗するための秘密同盟。勿論公にされることはないが、団員は、闇祓い達と同等の権利を有する。
「『死喰い人になりたかったはずだ、今なら口を利いてやる』と言われた。純血でもない私にだ。あちらは余程人材不足らしい。君達の華々しい活躍の成果か」
「それで……」
「僕は断ったよ」
杖を握るリリーの手に力がこもった。スネイプの硬い声がわずかに緩んだ。
「信じてくれるのなら」
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