負け犬の遠吠え小説一覧Hard to Get

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 ジェームズとリリーの結婚式から数ヶ月も経たないうちに、死喰い人たちとの戦いは激しさを増した。ただ、シリウスの記憶する「一度目」と比べ、敵勢力の数は減っていた。あそこまで絶望的ではない。あそこまで……
 ――それでも、閃光はローブを貫き血が流れる。
「フランク!」
 夜空に浮かんだ箒の上で、のけ反って体勢を崩す仲間を、一番近くにいたシリウスが急上昇して片腕で支えた。
「パッドフット、フランクを連れて一旦退け!」
 ジェームズが治癒魔法と防御魔法をかけてくれた。彼ほど飛行術に優れているわけでもないので、怪我人を連れての戦闘は難しい。短く了承の返事を投げた。片手は箒の柄から離せないので、苦痛に呻くフランク・ロングボトムの体に回した腕の先で杖を構えた。
「おい、しっかりしろよ!」
 数人の死喰い人をジェームズたちが引きつけてくれている。四方八方を警戒しつつ、焦って戦線から離脱する。マグルに被害が及ばないよう森の上空まで死喰い人らを誘導してきたが、その片隅に廃工場があった。そこに待機していたリリーにフランクを預けた。
「パッドフット、手が足りないなら私」
「いいや、俺たちで充分だ。フランクを頼む」
 心配そうなリリーに、笑顔を見せるべきだとは分かっていたが余裕がない。すぐに戻ろうと入り口から飛び立ちかけ、ギリギリのところで言うべき言葉を思い付き振り返った。
「ジェームズは無事だ。心配要らない。君が来ると気が逸れて余計危ない」
「……分かってる。あなたも気を付けて」
 フランクの傷に魔法で処置を施しながらリリーは唇を噛んだ。結婚の直後なら、それでも戦闘に参加していた。
 シリウスは箒に跨り、今度こそ地面を蹴った。少し離れた空に、魔法の光が錯綜していた。先ほどより減っていることに嫌な予感を覚え、より速度を上げようと、前傾姿勢を取ろうとしたそのときだった。
 不意に右前方から何かのプレッシャーを感じ、反射的に柄先を下向けた。無理やり数フィート落下した、その頭のすぐ上を赤い光が掠めていった。敵の攻撃。廃工場を振り返りかけ、意志の力で止めた。あそこに仲間がいると気付かせてはいけない。遠ざけなければ。リリーは安全な場所に。守らなければ。だって彼女は。
 防御魔法を強化しつつ、シリウスは、続きざまに乱れ打ちされる魔法を回避し、応戦する。相手は魔女だった。距離を詰められ、その姿に呟いた。
「……お前……」
 白い仮面を被っていても分かった。ベラトリックス・レストレンジだ。ヴォルデモートの追従者。従姉で……自分を、殺した。
「おやおやぁ?」
 相手も自分に気付いたらしい。彼女は窮屈な仮面をむしり取り、喜色あらわに舌なめずりをした。
「本家のお坊ちゃんがこんなところで何をしているんだい? 危ないよ。お子様はおうちのベッドでお休みの時間じゃない?」
「お前こそ。趣味の悪い格好で夜遊びとは」
 彼女は強く、好戦的だ。見つかったのが自分で良かった。
「クルーシ、」
「インペディメンタ!」
 吹き飛ばされてくれれば、と思ったが杖の動きを止められただけだった。
「ステューピファイ!」
 今度は防がれた。廃工場から遠ざかるように飛びながら、シリウスは無言呪文でベラトリックスの箒の穂先を重くした。速度を上げ、それに伴い少しずつ高度を下げる。敵の杖を奪いたい。魔法がなければ、シリウスの方が体格的に断然有利だ。武装解除呪文も、睨みあっていては当然避けられる。隙を突かなければ。見通しの良すぎる上空より、地上だ。
 廃工場から充分に距離を取った。高い木々の先端を縫うように飛び(時折枝葉が顔を打ち頬に傷をつけた)、シリウスはベラトリックスの体もろとも、彼女に箒に魔法をかけた。
「デプリモ!」
 いっそ地面にめり込む勢いで沈んでくれればと思ったが、そこまでは無理だった。ベラトリックスはモビリアーブスを用い、枝に自分の体を受け止めさせ、落下を防ぐ。汚れた顔ですぐにシリウスを見上げ、ぞっとする声で呪文を唱えかけた。
「アバダ……」
「レダクト!」
 咄嗟に、彼女の顔に向けて放った。幼い頃の親族としての思い出や、明るい学生時代の記憶を黒く上書きする、真っ向からの明確な殺意。
「コンフリンゴ!」
 ベラトリックスを支える枝と、それから箒の柄を狙った。当たった。ベラトリックスは舌打ちし、身軽に地上へ飛び降りた。その背中に向けて唱える。
「ブラキアビンド」
 杖を奪い、戦闘不能にし、捕縛しなければ。――しかし本当にそれだけでいいのか?
 彼女は先ほど死の呪いをかけようとした。殺そうとした(実際、殺した)。出来る限り生け捕りに、などと悠長なことを言っている場合だろうか?
 箒を操って、大木の太い枝の上に立った。枝葉に隠れ、彼女から自分の姿は見えないだろう。イラついたのか、無茶苦茶に攻撃魔法を飛ばしてきた。ひとつはすぐ横の枝を折った。
 無言呪文で、見当外れの場所に自分の影を現した。
 ベラトリックスがはっとしてそちらに杖を向ける。
「エクスペリアームス!」
 ベラトリックスの杖が、彼女の手を離れる。取り戻される前にと地上に飛び降り、インカーセラスで動きを封じた。地面に落ちた杖を片足でしっかりと踏みつけた。
 無意識に呼吸が上がっていた。縛られ、転がった従姉の姿に、考えざるを得なかった。
 彼女を今ここで殺したらどうなるのだろう? 魔法省でのあの戦いはどうなる。自分は。
「ア……」
 杖先を向ける。その呪文を自分は知っている。そして自分は、未来の自分は、彼女を憎む権利がある。殺されたのだ!
(――だけど、今はまだ)
 まだ犯されていない罪だった。
(いいや同じだ。遠からず、彼女は)
 何人もの仲間を死に追いやる。拷問をかけ、その尊厳と意志を奪う。楽しんでそうするのだ。
「アバ……」
 殺すべきだ。殺すべきだ。敵なのだ。これは戦争だ。殺すべきなのだ。アラスター・ムーディなら必ずそうする。ダンブルドアでも決断するかもしれない。ジェームズなら……
「シリウス」
 最後まで呪文を唱えきれない。そんなシリウスの躊躇いに、ベラトリックスは地にしゃがみ込んだまま上目遣いでシリウスを見た。そして、彼女のものとはまるで信じられない、細い小さな震える声で命乞いした。
「殺さないで」
「…………何を、今更」
 ジェームズなら。リリーなら。そしてあの子供は、あの日叫びの屋敷で何と言っていただろう?
「助けて、シリウス」
「……同じことを言ったマグルを今まで何人殺した?」
 杖先を突き付ける。憎々しい自分の声が耳に入る。そうだ、先ほども彼女は明らかに自分を殺そうとした。
「シリウス」
 何を迷うことがある。
「アバダ……」
「お腹に子供がいる」
「―――――は?」
 予想外過ぎる発言に絶句した。
「この子を産みたい。殺さないで」
「まさか。そんな未来、私は知らない」

 自分が知る未来。レストレンジに子供はいなかった。と、思う。知らない。
 というより知ったことではない。そんなことが彼女の非道を見逃す理由にはならない。流される情など、あの家の係累に持つはずもない。
 ……だけど。だけど。

 残してきたリリーを思い出した。直接的な戦闘にはもう参加させられない。もう彼女一人の体ではない。命宿した――――

 ハリーがいるのだ。

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