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万事屋の一室に通されたかと思えば客の前でだらっとソファーに寝そべる銀時に橘香は呆れて物も言えなかった。
社会人としてあるまじき姿である。
あの大きな犬、定晴も大暴れして満足したのか同じように部屋の端っこで丸くなっている。
「ペットは飼い主に似る…か。ありゃ迷信だね。犬のが賢い」
橘香が嫌みを言っても銀時はどこ吹く風。
横になったまま頭を立てた片腕に乗せる休日のお父さんのような格好で鼻をほじっている。
子供の時もそんな感じだったなァと、橘香は思うと同時に銀時に尋ねてしまっていた。
「私のこと覚えてる?」
チラッと橘香の方を見た銀時はまた興味無さそうに視線を反らすと、
「…知らねェ」
全く心当たりが無さそうな不信そうな声で言われた橘香は少しだけ泣きたくになった。
そうだよね。二十年も前だし、覚えてるわけないかァ。
理解かっているつもりだったけどやっぱりどこかで期待していたんだと橘香が感じていると「あああああっ!!」と叫びながらガタッと大きな音を立てた銀時が立ち上がって、失礼にもビシッと人を指差した。
「!!思い出したァァァ!お前、橘香か!?泣き虫で無愛想で凶悪だったあのチビっ子ォォォ!!」
何だか悪口ばかりではあったがどうやら思い出した様子の銀時に橘香はとりあえず頷いた。
「へぇ、あの田舎娘がねェ……」と言いながら座り直した銀時は橘香をジロジロと見るので「銀時くんはすっかりオッサンになったね」と橘香は言った。
「オイぃぃぃ!!久々に会ったってのになんつーこと言ってんだ!相っ変わらずド直球に人を傷つけるよね!どんだけ変わってねーんだよ!?つーか俺、まだオッサンじゃないから!!」
「そんなことよりケーキ持って来たんだけど」
「お願い!人の話し聞いてェ!!……ってケーキ!?マジでか!!」
喚いている銀時の前に橘香が定晴から死守したケーキの入った箱を差し出せば、銀時の興味はすっかりケーキに移ったらしく、嬉々として受け取ると早々に食べようと箱を開けた。
中には真っ赤な苺の乗ったショートケーキが五個、甘い香りを漂わせながら収まっている。
「あっ、待って銀時くん。江戸ではそのままじゃ駄目なんだよね?」
「え?なにが?」
「うぉりゃァァァァ!!」
橘香はケーキと一緒に買ったタバスコの瓶を開けると大きく振りかぶり、ケーキ目掛けてぶっかけた。
「ぎゃあああああ!!」
しかし、タバスコがかかる寸前で銀時がケーキを箱ごと上へと回避させた為、タバスコはテーブルへぶちまかれた。
「橘香ちゃんんん!?なんでいきなりご乱心!!?このケーキはこれ以上赤くしなくていいからァ!!これで十分美味しいからァァァァ!!」
「?江戸ではお近づきの印に劇物を渡すんじゃないの??」
「それ、どんなお近づきィィ!嫌がらせ以外の何物でもねーよ!!一体どこでそんなこと覚えて来たァ!?」
「だってお妙さんの卵焼き……」
そう、あの花見の日に橘香が受け取った卵焼きは真っ黒な炭のような物体だった。
恐る恐る一口食べてみたが何とも言えない苦味が口を支配した為、残りを近藤に渡した。
すると嬉しそうに受け取ったのだ。
「あんなに優しそうなお妙さんが嫌がらせするとは思えなくて。だからコレが江戸流なんだと思ったんだけど……もしかして違った?」
首を傾げている橘香に銀時は額に手を当て項垂れながらため息を吐いた。
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