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 朝七時。
 それは起床した隊士達が各持ち場の掃除を終えて朝食を食べに集う時間であり、一日の中で最も食堂が混雑する時間だ。
 そして、油断すると積み上がる皿をひたすら洗う戦いの幕開けでもある。
 ベテランの女中方は次々にやって来る隊士達に慌ただしくも手際よく料理を配っていく。
 賑やかに騒がしく、雑談を交えながら食事をする隊士達の声は困ったことに嫌でも耳に入ってくる。
 やれ、あそこの団子屋の看板娘が可愛いとかどこぞに旨い飯屋が出来たとかマヨネーズが足りないとか土方死ねとか。
 どうでもいいような話が多いが上京したばかりの橘香にとって江戸を知る密かな情報元となっていた。

「ごちそーさん」

 橘香が聞き耳を立てながらも皿を洗い続けていると奴は現れた。
 渡される食器は一見、綺麗に食された後のように見えるがヌメヌメと取れにくいマヨネーズの油がに残されている。
 この極度のマヨラーである鬼の副長こと土方十四郎は調理場にいるときに限っては橘香のーーいや、真選組女中の敵であった。
 いつもはすぐに食堂を出る人だが何故か今日は煙草に火を着け、一服していた。

「どうだ?仕事には慣れたか?」

 ゆったり煙を吐き出しながら土方はさらりと聞いてきた。
 心の中でマヨネーズへの不満を吐きまくっていた橘香は咄嗟に言葉を返せず、「えっ、あー、はぁ」と気の無い返事をしてしまっていた。

「意外と仕事が出来るみたいだな。そのキツい洗い場で音を上げるヤツは多い」

 いや、洗い場がキツいっていうか貴方の生み出す黄色い何かを毎日見ることの方がキツいんだと思うんですけど!
 そんなこと言える訳もなく、橘香は「皆さんが良くしてくれますので……」と当たり障りのない返しをした。
 実際、先輩女中のおばさま方は優しいし、隊士達も気さくな人が多い。
 給料も待遇も良く、むしろこの程度でこの仕事を手放すなんてもったいなさすぎる。
 せめて上京した目的である探し人を見つけるまで、ニートだけは避けたい。
 そのためなら猫を被りまくるくらいワケない。
 橘香の腹の内を知ってか知らずか土方は「そうか」とだけ言って立ち去って行った。
 何で声をかけてきたのか橘香は少し気にはなったが「これもお願いしまさァ」と大量の皿が持ち込まれてそれどころじゃなくなった。
 ってか、なんで一気に持ってくんだよ!
 心で毒づきながらも必死に皿を洗っていると視線を感じて、橘香がそちらを見れば真選組随一の剣の使い手と言われる一番隊隊長である沖田総悟が何を考えているのか分からない顔でジッとこちらを見ていた。
 視線が交わること数秒。
 特に何も言わず、沖田はふいっと顔を反らして食堂を出て行った。
 ホントに真選組には個性的な人が多いなぁと橘香はさして気にも止めなかった。
 背を向けた沖田がいいことを思いついたと言わんばかりにニヤリと笑っていたとも知らずに……。



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