09保護者ですから■■


静かな教室に私を含め4人。外からは男子の楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。何やら、いつも以上に機嫌の良い嵐ちゃんに連れられて来た教室。「今度はなんだ」と尋ねても、彼は意味ありげに笑うばかりで。私はその弾むような後ろ姿を眺めながら、密かに嫌な予感を感じていた。

「どうかしらー?綺麗だと思わない?」
「そうだねー。キレイキレイ」

いつの間にかネイル道具を机に広げ、優雅に足を組み、その細い指先のキラキラと輝くネイルをうっとり見つめている嵐くん。

「ねぇ、この間頼んだゆうくんの写真は?」
「記憶にございませーん」

イライラした様子で壁に寄り掛かっている瀬名先輩。ムッとした口許をみる限り、今日はいつも以上に期限が悪そうだ。痛いくらいに感じる、殺気を含んだ視線はもう気にしない。

「お姉さま、今日も美しいです」
「どうしたよ急に」

穏やかな笑みを浮かべて悠然と座っている司くん。手元のティーカップからほのかに蒸気が上っている。どっから持ってきたそれ。

「ところでお姉さま、凛月先輩は?」
「ああ、いたねー凛月」

「どこだろー」棒読みで返す。目の前にある教室の窓から差し込む茜色の光が、やけに眩しく思えた。オレンジ色と赤が混ざっている空には、おそらく鳥であろう、無数の黒い影が羽ばたいていて、今日も一日無事に乗り越えたと自分を讃える。

頻繁に目が霞むのは時間のせいか、こののほほんとした空間のせいか。

「ところで、凛月がいないね」
「お姉さま、それは先ほど私が言いました」
「名前、ついに頭おかしくなったんじゃないの」

2人の呆れた顔と目が合った。その横では私達の話など聞いてもいないだろう鏡と向き合うおネェちゃんの姿。

そっと視線を窓の向こうへと戻してふぅっと大きく息を吐いた。なぜか今日はなにもやる気がしない。これは、昼くらいから継続していて、今日こそは早めに帰ろうと玄関へ向かったところ、運悪くも嵐ちゃんに捕まってしまったのだった。

そんなわけで、ピークを超えるほどに気だるさMaxの私は、木製の机の上で頬杖をつきながら、じっと窓の向こうを眺めるばかりだった。だんだんと近づいてくる足音が誰のものなのか、今はどうでも良かった。

「ねぇ。いつまでそうしてるつもりなわけ」

いつもの調子で、不機嫌そうに尋ねてくる声。もちろん1人しかいない。瀬名先輩である。

「みなさんが集合するまでですかねー……」
「くまくん、またどっかで寝てるんじゃない」
「それもそれで良いでしょう」

もう迎えに行ってやらんぞ

窓の外で、雲がゆっくりと左へ流れていく。一見わからないのだがそれは風に運ばれてゆっくりと動いていた。ぼうっとそんな微動している遥か遠くの雲の様子を見つめていると、前方でイスを引く重たい音が耳に入る。瀬名先輩が前方の席に腰掛けたようだ。

私の座っていた窓際の席の、ひとつ前。なんで近くにわざわざ席移動してきたんだこの人。そうは思っても顔を合わせる気はなくて、窓から視線は動かさない。すると瀬名先輩はまさかの強硬手段に出る。贅肉の気になる頬をむにっとっ挟んでは強制的に先輩へと向かせられる。

「なんか、珍しく静かで気味悪い」
「気のせいですよ」
「ちょっと……さっきからその態度、ムカつくんだけど」

彼の言葉に視線は合わせず目を伏せたままそっけなく返事をする。「それより手をはなしてください」すると一向に目を合わせない私に嫌気が射したのか、目の前の机をバンバンと叩き始める瀬名先輩。静寂に慣れてしまったせいか、響く痛々しい音に思わず耳を塞ぐ。

「ちょっと司ちゃん、凛月ちゃん来ないじゃないの」
「私に言われましても……。用はちゃんと伝えてあるので、来るとは思うのですが……」
「もう日が暮れちゃいそうじゃない、凛月ちゃんってばどこかで寝ているのかしら」
「そうですね……本日の主役であるお姉さまも、あのように疲れているようですし……。これ以上待たせてはいけませんし探しにいってみましょうか」

机をドラムか何かと勘違いしているのだろうか。バンバンと喧しい音が響く中、騒音を物ともせず身を寄せてこそこそ話合っている司くんと嵐ちゃん。あの2人意外と仲いいんだよな。ぼんやりとする思考の中そんなことを思っていると、ことんとティーカップを置いた司くんが立ち上がった。

「そうね〜、じゃあ泉ちゃん、#name#ちゃんのことは任せたわ〜」
「では行ってきます」

そして教室を出ていく2人。後方にいた嵐ちゃんが、後ろ手で扉を閉める姿をボンヤリと見つめていた。教室には残されてしまった私と瀬名先輩の2人。教室を見渡して、厄介なのと2人きりに残されてしまったことにようやく気が付く。

「……瀬名先輩」
「なに」
「先輩は探しに行かないんですか」
「はぁ?なんで俺が探しに行かなくちゃ……」

教室に突如訪れた静寂に、突然押し黙った瀬名先輩を見る。むっとした形の口を閉ざして、不服そうに眉をしかめている先輩。その行動の意味がわからないで首を傾けると、一瞬視線の合わさった瀬名先輩が顔を反らして呟く。

「……別に、あんたが行けっていうなら行くけど」
「瀬名先輩こそ頭大丈夫ですか」

なんだ今更ツンデレ路線に変更か。もしそうなら次は頬を赤くしてツンデレおなじみ「別にそんなんじゃないんだからね」って言いながら照れるはず。……そう思ったのだが、流石先輩と言ったところか。ピクリと頬の筋肉をひくつかせて、こちらをぎろりと睨みつける。その蛇のような表情に思わず椅子を引いてしまう。

「あんたが俺といるの嫌って言うなら、どけてやろうと思ったけど。たまには気を利かせてやろうかと思ったけど。気が変わった。梃子でも動かないから」
「そうですか、じゃ、じゃあ私が……」

溢れ漂う邪気と言うか威圧と言うか……兎に角居心地が極まりなく悪いのは間違いがないので、ならば私がと腰を上げて出口へと足を向けた、が。

「逃がすとでも、思った?」

バシッと音を立てて掴まれた左腕。恐る恐る振り返れば、私が知る限り最も危険な瀬名先輩の笑顔。その目の合わせてはいけないレベルといったらメデューサもビックリな程である。見慣れたその笑顔の先に、何が待ち受けているのかはいい加減私も学習している。逃げろ逃げた方がいいと脳の放つ危険信号の言うままに、拘束されたその腕を思いっきり振り払おうとする。

「え!?え、ちょ、取れない!!」
「逃がさないって言ってんだろ、諦めろよクソガキ」
「ちょ、瀬名先輩口調変わってるうううううう!!」

引いても押しても振っても叩いても、何をしても離れない瀬名先輩の手に悪戦苦闘していると、背後の扉がガラガラと開く音が聞こえた。

「やっぱり凛月ちゃんはまだみたいね〜……。ってあんたたち何やってるの?」
「た、助けて嵐ちゃん」
「もう、なんだかんだ言って2人とも仲が良いんだから〜」
「ここ老人ホームなのかな?」

助けてというか弱き乙女の悲痛な叫びが、何故聞こえないんだ。どいつもこいつも人の話を全く聞かない。自由過ぎる。ガラガラと扉を閉めた嵐ちゃんは1人みたいだ。仕方がないので、自力でどうにかしようと1人瀬名先輩の微動だにしない腕に悶絶していると、軽快な音楽が教室に鳴り響く。

「ちょっと何なの、この間抜けな音楽」
「あ、ごめんなさい私のスマホです」

「ださぁ〜い」という地味に刺さる暴言を無視しつつ、解放された瀬名先輩の拘束、そこで音のなる教室の入り口にある鞄からスマホを取り出すと、液晶画面に映し出された言葉に、はてと首を傾げる。

「家……?ううん……?」

おかしいな、今家には誰もいないはず……。

両親は旅行で数日前に沖縄に行ってるし、あるとしたら忍……?そういえば、昨日も窓が外れた云々といった内容で電話かかってきたな。

「すみません、今日は帰ります」
「え、ちょ、ちょちょちょっと名前ちゃん!」

カバンを担ぐと、え?!だとかかぁ!?だとか驚きの言葉がみんなの口から飛び出る。いつもは気をつけてねぇと言って送り出してくれる嵐ちゃんも、今日は何故か驚いている様子で、慌ててこちらに走り寄ってくる。

「どうしたの、何かあったの?」
「ごめんね、家から電話がかかって来てて。たぶん忍からのSOSだと思うんだ」
「……時々思ってたんだけど、あんたってブラコンなわけ?」
「どうだろう…凛月のお兄ちゃんには叶わないけど。でもまぁ」

保護者ですから

どやあ、と効果音のしそうな勢いで告げて教室を飛び出す。曲がる際に後ろを見ると、そこには真っ直ぐ続く廊下のみが視界に映っていた。誰も追いかけて来てないらしい。要件はまあ、明日聞いたらいいか。なんて思いながら軽い足取りで、階段を駆け下りた。