10保護者ですって?■■


「行っちゃったわね」
「……まぁいいんじゃない」
「あら、一番張り切ってたにしては、あっさりしてるのね」

この間、貴重な休みに呼び出してまで調査してたらしいじゃない。そう言ってクスクスと笑うこいつは絶対確信犯だと瀬名は感じていた。

 



少し薄暗い道を、ゆっくりと歩く。歩道の端にある赤いガードレールの向こう側を、勢いよく車が走り抜けていく。そのたびにひんやりとした風が頬を掠めていた。

明かりのついていないわが家を見て、おやっと首を一瞬傾げたが、どうせ忍のことだし、誰もいないのをいいことに、暗闇で忍者ごっこでもしているのだろうと、深く気にはしなかった。この前の一件もあるしな、とサラリと流しては家の扉に手をかけようとする。すると、聞こえた窓を開くガラガラといった音に、とっさにその手を戻した。

音の聞こえた方へ足を進めると、案の定窓から生えているかのように見える2本の足が、窓から垂れ下がっていて。その見慣れたチェックのズボンに、またこいつはと盛大なため息をついた。

「忍、あれほど窓から出入りするなって……っ」

ふと、背筋を悪寒が走り向ける。あれ、違う、これ忍じゃない。足元にあるスニーカー、足の長さ、大きさが明らかにいつも見ている彼のものではない。言葉を失い、ゆっくりと一歩下がる。

「……誰?」

その見慣れないスニーカーに嫌な予感が脳裡をよぎる。司くんは高級そうなローファーだし、大きさ的に凛月だろうか?さっきいなかったし……?いや違う。なんの根拠もない直感だった。まさか、本物の泥棒か。

ふと、地面に落ちた黒い影。それが背後にいる他者のものだと気付いた時にはもう遅く、突如口元を何かで覆われてしまい、身動きが取れないように後ろから両腕を封じられてしまう。

「っふ、んぅ!!」
「ごめんねー」

襲い掛かってくる強烈な睡魔。遠のいていく意識の中で、やはり聞いたことのない男の声が反響していた。閉じた瞳の裏に映し出されていた馬鹿騎士4人の顔にふと、頬を暖かい何かが伝っていた。





虚しく開いたままの扉からは、向こうの様子が丸見えで。しばらくその場に立って話をしていると、司が大きな袋をかかげた凛月を連れて戻ってくる。

「ただいま戻りました……おや、お姉さまは?」
「帰っちゃったわ〜。家から電話がかかってきて、弟が何かやらかしたかもって飛び出していったのよ」
「えー名前いないのー?せっかく来たのに……」
「くまくんー?あれほど言ったのに今日はなんで来なかったのかなぁ。ふふ……、こっちおいで」

んげぇ、と苦い声で後輩である司の後ろに隠れた凛月。日暮れの教室内に、再び賑やかな声が飛び交い始める。そこでふと、空きっぱなしの扉の向こう、廊下をバタバタと駆ける足音がこだまし始める。怒声にも似た声と共に近づく忙しないその音に、自然と全員がそちらに注意を向ける。次第にはっきりとしていくその声は、聞き覚えのある独特の話し方で。

「……ちょっと。いま“ござる”って聞こえなかった?」
「と言えば……まさか」
「忍くんですね」
「今、家にいるんじゃなかったの?」

全員の胸の中がざわつき始める。まず一番に動いたのは瀬名で、扉へと足を運んで廊下を覗く。それにつられる様に一同全員廊下を見れば、そこには確かに仙石忍が青い顔をして走ってきていた。その様子、明らかにただ事ではなさそうで。

「ちょちょっ、忍くん急にどうしたんスかー!!」
「すまんでござる!!お姉ちゃんが危険なんでござる!う、うぎゃあああああああああ!!」

全力疾走する忍の足元に、ちょこんと急に現れた3年生の靴。盛大にひっかかりダイナミックにこけた忍は、全速力で走っていた勢いのまま廊下へとダイブする。それを至近距離で見ていた鉄虎は、これは死んだ、と背筋を凍らせた。恐る恐る忍を転ばせた犯人の足から徐々に視線をたどっていくと、そこにいたのは冷淡な表情をした瀬名泉。

「その話……詳しく聞かせてくれない?」

ただならぬ嫌な予感が鉄虎の脳裡をよぎるわけだが、忍はなぜ自分が床にへばりついているのか、未だに現在の状況を飲み込めていない様子。愕然と腕組みをして怖い顔をしている瀬名の顔を凝視しているばかりだ。

「大体、なんであんたがここにいるわけ?家にいるんじゃなかったの?」
「家にいるのはお姉ちゃんでござる」
「は?」
「え?」

いたたと言いながら立ち上がった忍。鉄虎は心の中で良かった生きてた!と喜ぶと同時に、あの勢いで転倒したにも拘らず「いたた」の一言で済んだ彼の頑丈さに驚いていた。忍の目の前で、謝罪の言葉もなくドンと構えている先輩。話したこともない先輩の、意図のわからぬ所業に疑問符を浮かべた2人に、Knightsのメンバーもまた、大事なプロデューサーの弟である彼の台詞に首を傾げていた。

「名前ちゃんなら、数分前に、家にいる貴方から電話があったって言って帰ったわよ?」
「む、拙者ならずっと学校にいたでござるよ?」
「2人の話が矛盾していますね」
「おかしいわねぇ……。じゃあ誰が家から電話をかけたのかしら?」

突如、廊下に鳴り響いた無数の個性的な着信音。それぞれが自分のポケットを確認するなか、いち早くスマホを確認した司が、ohとつぶやいた。

頬をひきつらせている者、ドス黒いオーラを放つ者、それぞれの反応を見せている4人はスマホから顔を上げて、互いの顔を見つめ合っていた。一方で何が起きているのかわからない1年流星隊2人組は、困惑した様子で首を傾げ合う。

「なにか、あったんスか」

おずおずと鉄虎が口を割る。どす黒いオーラを纏う者も含め、全員の視線が自分に集中するものだから、彼は思わずピシッと背筋を伸ばした。開かなきゃよかったか、なんてチラッと思うがもう遅い。

「そうねぇー……要するに、ダメな保護者を迎えに来いって感じかしら」
「あのバカ本当に世話の焼ける……」
「お姉さま……」

夕焼けのせいで紅く輝いていた空も、今や暗くなりかけてしまっている。そのせいか不気味に浮かび上がるように見える鳥の影。抽象的な嵐の言葉に、再度首を傾げたのだが、それを教えてもらうこともなく駆け出した彼ら4人の姿があっという間に遠くなる。取り残された2人は、廊下を駆ける少女と青年を見送ったいつの日かのように、見えなくなってしまった残像を見つめて、しばらくその場を動かなかった。

「忍くん」
「…なんでござるか」
「ご飯作って姉御の帰りを待っておいた方が良さそうっスね」
「そうでござるな……。ん……?そうでござるか?」

鉄虎は、薄らとその言葉の意味に感づいていた。おそらくダメな保護者とは仙石名前のことだろう。しかし、目の前でぽかんとしている肝心の弟は、何が起きているのかわかっていないようで。きょとんと眼を瞬かせるばかりである。これは心配だ。ゆっくりと足を動かすと、忍も大人しくそこについていく。

「俺も手伝うッスよ」
「え?」 
「忍くんだけだと、仙石家が燃えて消えてしまいそうなんで」

鞄を取りに教室へ向かう。あの先輩達なら多分、大丈夫だろう。自分に言い聞かせるようにしてみるが、やはり色々心配なのはどうしたって変わらなくって、静かにため息をついた。