08裏切りは良くないよ■■


肩に掛けていたカバンを漁りだす司くん。そういえば、私も何か持っていなかったっけと、ポケットの中に手を突っ込むと、そこから出てきた一つのクッキー。

この間、お腹が空いてふらふらしていた私を見かねて、珍しいことに瀬名先輩がくれたやつだけど……。見るからに高級そうなやつ、自分で食べずに子猫にあげました、なんて言ったら怒りそうだ。まぁバレなきゃいいか。その前に、砂糖入ってるけどどうだろう……

「ねぇ司くん、これ食べるかな……っん?それ、なに?」
「え、お姉さま……。chocolateも知らないのですか」
「やめろやめろやめろ」

私の発言に対して目を丸くしている司くん。さも当然のように猫の口元にある、チョコレートを慌てて取り上げる。「何をするんですか」と驚いて目を丸くしている司くんに、そっくりそのまま「何をするんですか」と問い返すがそれよりまず。

「チョコぐらい知ってるよ!!」
「それは良かったです」
「うん」

……あれ、そういえば、何の話してたんだっけ?
あ、そうだ、チョコだチョコ。

「違う違う。そうじゃなくて、猫にチョコあげちゃだめだよ!!」
「そうなんですか?」
「そうだよ!!詳しくない私でもわかるよ!!」

運よく所持していた小さなクッキー。プレーン味だし、恐らく少しなら問題はないだろう、念のためスマートフォンで確認してみる。本当は煮干しとかあれば一番いいんだけど。

手元にあった一枚を司くんに渡すと、彼は足元で弱弱しく頬をすり寄せてきている猫の口元にそれを差し出した。

「あ……食べました」
「良かった、食べてくれるみたいだね」
「ふふ、少しくすぐったいです」

相当お腹が空いていたのか、黒目がちな、まん丸い目を輝かせて、司くんの手のひらをペロペロ舐めている猫。その様子に司くんは嬉しそうに顔をほころばせている。

「可愛いなぁ……」

司くんにすっかり懐いてしまったのか、その黒くてふわっとした身体を、彼の制服のズボンにすり寄せては、甘えた声で鳴いている子猫に、たまらず手をそっと近づければ、拒むことなく大人しく撫でさせられる子猫。

「可愛い」
「この子猫、凛月先輩に似てますね」
「前言撤回可愛くない」
「そういえば、お姉さま。待ち合わせの時間に間に合うでしょうか?」
「間に合わないかも」





にゃあ


にゃあ…


にゃあ……


「ついてきます、お姉さま」
「あぁああああっ、本当急がないとまずいって!!」

早歩きで進む私たちの後ろで、呼び止めるようににゃあにゃあ鳴きながらながらトコトコとついてくる子猫。そのおぼつかない足取りに、立ち止まろうかと考えるも、その刹那頭をよぎる鬼の顔。しかし、こんな猫を振り切るスピードで進むほど鬼にもなれるわけもなく。

「こ……今度こそ瀬名先輩に殺される……」
「先日は危うく殺されかけたと、忍くんから聞きましたよ」
「そうだったね……今何分?」
「27分ですね」
「積んだ」

この間、待ち合わせジャストであの威圧だったのに(15文字以内で参照)、5分以上も遅れてみろ、それはもう何されるかわかったもんじゃ…いや、でも司くんもいるしもしかしたら?もしかする?試行錯誤の途中、突如ポケットのスマホがブルブルと震える。液晶に映されたのは、『鬼野郎』の3文字。

「誰からですか」
「鬼から」
「ああ……なんてきましたか?」

手のひらの小さな画面に、映し出されたメッセージに、これが夢であればと現実逃避してしまう。鬼と言う言葉に心当たりがあったのか、なるほどと言うように声を洩らした彼の質問に、そっとスマホを差し出した。

「お姉さま……いけません」
「でしょ、まずいでしょ」

受け取った画面をじっと見つめて、少し眉を寄せた後、難しそうにつぶやいた司くん。うんうんと私が頷いたところ、彼は勢いよく顔を上げた。

「あれほどラインの着せ替えは、私がpresentしたものでないとだめだと言ったでしょう!」
「メッセージ見ろや」
「ああ……なんてことだ、私のクマさんがdownloadすらされていない…!!」
「そのお耳は飾りなのかな」

全く仕方のない人だと言いながら、歩きながら器用に私のスマホをいじる彼。いつの間にか進むのが遅くなった私たちの背後には、子猫が楽しそうに走ったり止まったりを繰り返していた。

“あと2分後に来なかったら、わかるよね^^”

先程、スマホの画面に映っていた、恐ろしいメッセージを思い出す。どうしよう、後2分で着くわけない。着けるわけがない。あの化け物、ご丁寧にニッコリ笑った顔文字まで用意しやがって、あの人が顔文字使うのゆう君宛て以外で初めて見たぞ。っというかそもそも……

「司くんが、私の家の前に居なければ……いなければ……」

なんで、よりによって今日来ちゃったかな。うじうじと頭を抱える私には、どうやら現実逃避する癖がついてしまったのかもしれない。

「お姉さま……」

突如、耳に入ってきた哀愁漂う声色に、ふと隣を見る。するとそこには切なそうに伏せられた瞳があって、ぎょっとする。

「う、嘘嘘!!」
「ご安心ください」
「へ?」

てっきり私の言葉に気を落としてしまったと思い、焦ったのも束の間。胸の前で振っていた両手をぐっと掴まれて、彼の両手で包まれる。不意を突かれポカンとする私に、おっとりとした表情で微笑んだ彼に、思わず情けない声が零れた。

「お姉さまは、私の大切なproducerであり、大切な女性です」
「え、お……おぅ」
「そんなお姉さまに、傷1つでもつけさせるわけにはいきません。この意味、わかって頂けますか?」
「……え、えっと」

包み込まれた両手が温かい。思ったよりも司くんって手って大きいんだなぁとか、綺麗なすみれ色の瞳をしているんだなあ、とか。くだらないことばかり頭に浮かんで、問題の答えは一全く見つからない。足元で先ほどの子猫がにゃあと鳴く。

「私はknightです」
「存じております」

ユニットKnightsに所属しているってことぐらい。

「確かに、ユニット名もそうですが、そうではなく……」

困ったように眉を下げた司くんが、いつになく美しく儚いイケメンに見えてしまった。さっきから、どうしたのだろう、言っちゃなんだがらしくない。もしかして。

「頭でも打った?」
「え?いいえ……。それより、お姉さま」
「ん?」
「私はお姉さまのknightです。なのでご安心ください、お姉さまは必ず私が守ります。誰が敵であろうと、絶対。……さぁ、お手をどうぞ、お姉さま」

私の片手を勝手に取ってはしっかりと握ると、足元の子猫を抱えて走り出す。とりあえず追いかけてくるなら連れて行こう、ということなのか。しかし、これでは彼の両手がふさがってしまう。

転んでしまっては危ないので、繋がれた手を離すように言おうと開いた口を、彼の顔を見てそっと閉じた。前を走る彼が、あまりに幸せそうに頬を薄く赤らめて笑っているからだ。そういえば、時間がもう既にまずいことになっているのだが、末っ子の良い笑顔が見れたしまぁ……いいか。

司くんも、ああ言ってくれたし。





……なんて思ったのが、いけなかった。まぁいいか?ちっとも良くない。数分前の自分を蹴り飛ばしたい。明らかに、駄目なフラグを自ら建築してしまったことに、鬼を目前にしてようやく気が付くがもう時すでに遅しである。

「ほら、そこに座って」

人を空気だけで殺せそうな殺気を放ちながら、レッスン教室の磨きのかかった床を指さす鬼、またの名を瀬名泉という。張り付けた笑顔の仮面を張り付ける彼。その背後から漂う凶悪なオーラに、司くんの腕の中にいる子猫も、すっかり怯え切っているようで、にゃあともすんともいわず縮こまっていた。

「ふふ、ほら早く。これ以上この俺を待たせる気?」
「ハイ」

逆らってはいけない。本能の感じ取るまま大人しく、レッスン教室の床に2人仲良く正座すると、司くんの手から猫がするりと逃げ出してしまった。なんだかんだ言ってここまで連れて来てしまったわけだが、校内に動物を入れてもいいのだろうか?そういえばスバルも飼い犬の大吉連れて来てたことあったし、いいか。

「ねぇ、名前ー?言ったよねぇ、俺。時間通りに来いって。しかも2人して仲良く遅刻とかどういうこと?」
「た、大変申し訳ございません」
「何分待たされたと思ってるわけぇ……?俺、20からここにいたんだけど?」

「今、46分なので26分待っていらっしゃったのですね」
「おいこらガキ反省してんの?」

横から聞こえた生き生きとした声に、勢いよく隣を見ると、飄々とした様子の司くん。え、どういうこと、煽っていくスタイル?正気か?なんて錯乱している私をよそに彼は鬼に向かって微笑みかけた。心臓がひゅっとする。

「もちろん、深く反省しております、先輩にこうして御迷惑をかけてしまったのですから」
「へぇー……」
「ですが、説教に時間を使いすぎては、danceの時間が無くなりますよ?」
「安心していいよ、まだくまくんが来ていないから」
「更に上がいたのか」
「Dangerous」

どうやら、私たちが来る数分前に嵐くんが探しに出かけていたらしい。どうりで2人がいないのはそういうことか。凛月が集会の場にいないことはよくある事なのでもはや気にもしなかったが、普段遅刻をしない嵐くんまでいないのは確かに気がかりだった。隣を再度見てみれば、目があった司くんがにっこりと笑ってくれた。

「ところで」

そこでいつもの仏頂面に戻った瀬名先輩が話し始める。その視線の先には、レッスン教室の端でくつろぐ子猫の姿があった。

「この猫なに?」
「懐いてしまってついて来たので、連れてきました」

瀬名先輩の背景が普通のレッスン教室に戻る。司くんも、瀬名先輩が鬼モードではなくなったことを察知したのか、立ち上がって子猫に近寄っていく。それに気が付いたのか子猫も司くんを見つめては、にゃあと甘えた声を出してすり寄ってくる。

「道端で見かけたのですが、お腹が空いていたらしく、うずくまっていたのです」
「へえ、煮干しでもあげたわけ?」

あ、あれ、待って。
まさかこれ。

「いいえ、お姉さまが、たまたま持っていたクッ……」
「ああぁあああああああっ!!司くん!!!」

急に大声をだしたせいで、子猫がビクリと跳ねてしまう。司くんに慌てて駆け寄ると、彼は不思議そうに首を傾げた。

あのクッキーは、瀬名先輩がくれたものだ。それを食べずに猫にやったなんて知れたら……

「名前がたまたま持っていた……なんだって?」
「クッキふぐぐぐぐぐっ!」
「あ、あはははは何をほざいているのかな司くん!」

慌てて司くんの口元を塞ぐが、少し遅かったようで再度にっこりと危うい笑顔をしてこちらに歩み寄ってくる瀬名先輩に、この世の終わりを見ているような気分になる。

「名前……もしかしてだけど」
「なななんですか!?」
「それ、俺があげたやつだよねぇ?」
「違いますよ、やだなあ!!」
「へえ?じゃあなんで……」

そんなに焦っているのかなぁ。





「ただいまー、ようやく凛月ちゃん見つけたわよー…って、何してるのあなた達」
「説教」

そりゃ、そうなりますよね。ドアを開けた瞬間飛び込む異常な光景……正座させられて怒られる私、その横で申し訳なさそうな顔して正座する司くん、その目の前で般若の顔して笑う瀬名先輩と、司くんの周りをぐるぐる無邪気に遊ぶ子猫。

私を守るといった司くんの失言により、私は嵐くんたちが帰ってきてからも怒られる羽目となってしまった。天然の裏切りって、一番怖いと学んだ一日だった。