03泥棒つかまえました■■


家までの坂道を全力で駆け上がる。ドサドサと揺れるカバンが何度も肩から落ちそうになり、息なんてものはとっくの前に切れて、喉なんてもうカラカラだ。口内のざらざらがどうしようもなく気持ち悪い。それなのに何故足を止めないかと言うと、弟の緊急事態であるからだ。

「っはぁ……」

坂道を上がり終え、ようやく遠くに姿をあらわす我が家。良かった。みたところ火事ではないようだ。ずり下がったカバンを担ぎ直すと、再度疲れ切った身体にムチを打ち足を動かす。

『還ってきたら駄目でゴザル』

先程送られてきたメッセージ。「拙者は忍者でござるから、そんなものは必要ないでござる」なんて言って、スマホを「宝の持ち腐れ」の如く部屋の隅に放置していた弟。そんな弟からの最初のメッセージがまさかこんなものになるなんて夢にも思わなかった。送られてきた誤字は、焦ったせいなのか、もしくは機械の扱いに疎いせいなのか。

「とにかく、無事でいて……」

ようやく自宅の玄関前に辿り着く。久しぶりに止まったせいか、バクバクと心臓のうるささが異常だ。本来ならここで気持ちやら息を落ち着かせてから突入したいところであったが、猶予はない。肩で息をしながらもドアノブを持って短く息を整える。

一体、何があったのだろうか。
不審者、泥棒、他に……水道管が破裂したとか?
流石に水道管はないか?いや、あいつならやりかねない。

とりあえず、もし危ない人がいた時のために対策をしておいた方がいいだろう……。

無差別に物を詰め込んでしまったせいで重さの増しているカバンをすぐ振り回されるように構えると、ゆっくりとドアノブを回し押し開ける。静かな空間で微かに響くドアを開く音に緊張が高まる。ドドドと早い鼓動は、走ったせいか、恐怖心からなのか。

「ちょ、痛いでござるよ!!」

中からした声に思わずビクリと肩を揺らす。この声、この喋り方、間違えない弟だ。抵抗するような台詞、誰かと一緒にいる。ということは。浮かんできた結論に、背筋に浮かぶ汗が冷たくなる。顔から血の気がなくなっていくのを感じ、ドアを押すことを一瞬ためらう。

(帰ってきたらだめでござる)

これは相当マズいんじゃないか?
私に何ができるんだろう、逆に迷惑かける?

でも、このままでは弟が……

そう思った瞬間、勝手に身体が動いていた。汗ばんだ手で冷たいドアノブを思いっきり押して家へと突入する。

「忍!!!」
「お…お姉ちゃん!!!」
「お姉さま、おかえりなさいませ」

家に入った瞬間、私を待っていたのは予想外の光景だった。何これ?どういうことなの?次々浮かぶクエスチョンマークを前に、カバンを振り上げた次の動作を考える余裕まではなかった。思いっきり振り上げたカバンが、頭上で停止し、重力に従い頭に真っ直ぐ落下して。

「いって……」

あれ、私、弟2人もいたっけ。
目の前には正真正銘私の弟、羽交い絞めにされながら、涙目になった瞳をこちらに向けている仙石忍。そんな弟を羽交い絞めにして、にっこりと微笑んでいる朱桜司に酷似した人物。いや、似てるんじゃなくて……。

「……司くん?」
「はい、なんでしょう?」
「やっぱりあんたか」

笑ってはいるも、その手元の力は緩んでない様子で。男の子のものにしては華奢な類であるだろう司くんの腕から逃れようと忍が顔を歪めながらバタバタと暴れている。それもそうだよね、忍だって華奢なんだもん。それにしたってだめだ、ツッコむところがありすぎる。

「取り敢えず、なにしてるのかな?司くん」
「はい、泥棒捕まえました」
「ちょっと待とう」

いや、貴方の方が不法侵入罪で捕まえられますよ。微笑んでいる彼に泥棒とは誰だと問えば、笑顔でこの人です、と返ってくる。この人、というのが誰のことなのかを示す様に腕の力を強めたのか、忍の顔がより一層苦痛に歪んだ。

「それ、私の弟なんですけど?」
「なんと!!失礼いたしました。そうとは知らず……失礼なことを」
「嘘でござる!!知り合いでござっ……。むぐぐぐ!!」

手を解いたかと思えば、次の瞬間忍の口を押える。

「ふふ、そう興奮しないでください」
「……君達、仲良いな」

挑発的にも見える司くんの笑みに答えるように、四股をがむしゃらに動かして本格的に大暴れし始めた忍が、ついに司くんの腕から飛び出して、私のもとに走り寄ってくる。

「お姉ちゃん!!帰ってきたら駄目って言ったじゃないでござるか!!」
「うん。でも……」

心配だったから。頬を膨らしながらも肩を揺ってくる忍に威圧されて、小さくなってしまう声。必死そうな彼に罪悪感を覚えつつ聞こえるかどうかの音量で呟くと、途端に一転して目をキラキラさせて抱き着いてくる弟。抱きしめ返そうと手を背中に伸ばした刹那、フードを引かれた忍がぐえっと嗚咽を零して遠ざかる。

「ごほ……、何するんでござるか!!司くん!!」
「すみません、つい」

さっきからやたらと仲が良い2人に少し違和感を覚える。あれ、そう言えば?

「君達、同じクラスじゃなかった?」
「ふふ、気のせいです」
「気のせいじゃないよね?司くん知ってたでしょ?」
「まさか自宅にわざわざ窓から入るような真似、彼がするとは思わなかったもので……」

司くんが申し訳なさそうに目を伏せた。長いまつ毛が強調されて、その絵はなんだか様になる。しかし、それでも司くんは忍を離す気がないようで、再度こちらに来ようとふんばる忍のフードが司くんの腕の間でピンと伸びている。

「てっきり落ち武者かと……」
「それを言うなら影武者だね」
「影武者でござるな。違うでござるけど」
「これは失礼いたしました」
「英語は流暢な分、そっち弱いのね」

さぁっと自分の顔が青ざめていくのを感じる。それは忍も同じようで、私と目が合うやいなや、肩をびくりと跳ねさせて、引きつった笑みを浮かべながらこちらを伺っている。そんな彼はそっと一方後ろへ身を引いた。

「忍?あれほど、不審者のマネはやめろと言ったよね?」
「は…ははは。バレたでござるか」
「今日だけではありませんよ、ここ一週間ほどずっとです」

どうりでここ最近、近所の人にいじめはないかって真面目な顔で聞かれるわけだ。「なんで司くんが知ってるんでござるか!?」そんな叫びはもう無視だ無視。

「忍ー……。覚悟はいいね?」
「え、ちょっとまっ……。お許し下さいでござる!」
「こっちおいで。そのメッシュ引き抜いてやる」
「ちょっ、お姉ちゃん、暴力はよくないでござる!!」

口角を上げたままゆらりと一歩踏み出せば、ひっと短く悲鳴を上げて後ずさる。ところがその一歩下がったところには司くんが待ち構えていて。恐る恐る振り返った忍に、優しく微笑んだ司くん。なぜか私まで恐怖心を感じた。

「逃げるのは感心致しませんよ、忍くん」
「ちょ、ちゃっかり正論言ってるでござるが、かくいう司くんも色々やらかしてるでござるからね!?」
「確かに……。私までお姉さまの逆鱗に巻き込まれるのは、少し困りますね」
「どちらかというと、拙者が巻き込まれた側でござる!!」

声を張り上げながら言い合っている2人、なんだか本当に兄弟のように見えてきてしまうものだから思わず首をぶんぶん振った。「わかりました。ここは私にお任せください」そういうや否や、司くんが忍を隠すように前に出て、私向かってにこりと笑う。

すると、いつの間にか目の前に来ていた彼。その澄んだ菫色の瞳が私の視界を埋めつくす。予想外の距離に思わず引こうとした腰に、するりと自然に手が回されれば、もう動くことは不可能で。

「へ?」
「名前さん」
「ちょっ……」

下手すればくっついてしまいそうな鼻先の距離に、言葉を失えば、彼のしなやかな指が追い打ちをかけるように唇に蓋をした。

「そんな怖い顔しないでください。……素敵な顔が台無しですよ?」

弧を描き、私の目の奥を覗き込むその瞳に思わずどきりと胸が跳ねる。凍る背筋とは反対に、自分でもわかるほど熱を帯びていく頬。クスリと笑いを零した彼の襟首を、今度は忍が思いっきり引張った。





次の朝、いつも通り制服に着替えた私は、タンスからあるものを取り出そうと、引き出しをひいたとき、あることに気が付く。

「ねぇー、忍」
「なんでござるかー?」
「お気に入りのハンカチ数枚消えてるんだけどなにか知らない?」

そう。私のハンカチ数枚が、どこを探しても見つからないのである。

「まさか……」
「そういえば、昨日司くん。ご機嫌に何かを抱えて帰っていったでござるな」
「見てたなら止めようか」


真の泥棒は彼でした。
よし、見てろよ。とっ捕まえてやる。