■05■妹にほしいな■■ 「ねぇ、まーくん……」 「ん、どーした?」 ふわふわのクッションを抱きしめて顎をそこに押し付けながら、チラリと横にいる幼馴染に視線を向けると、隣の小さなテーブルに肘をつき漫画を読んでいる幼馴染がいた。普段はしゃきっとしている幼馴染の、隙だらけの少しだらけたプライベートな姿。これは一見ちゃんと返事しているように見えるが、話を聞いていないときのまーくんだ。長年の付き合いのおかげで気づいていた凛月は質問を続けた。今も彼の集中した視線は、漫画が進むに合わせて、吸い込まれるように動いている。 「女の子とずっと一緒にいるためにはどうすればいいかな」 「んー結婚するしかないんじゃないか」 「そっか」そう呟いた凛月の口元が、にんまりと弧を描く。その悪い笑みには気づかずに、幼馴染である衣更真緒はひたすら漫画を読み続けていた。 * 「ねぇ名前、結婚して」 「なんでそうなった」 訳が分からないよ。なんで朝のあいさつ代わりとでもいうように、飛び出た開口一番が、こんなロマンティック極まりない台詞となってしまうのか。 「え〜……だめ?」 「良いと言うとでも思ったか」 筆箱しか上がっていない片付いた私の机の上に、遠慮もなく荷物を置いてきた凛月。これはショートホームルーム始まるまでここにいるつもりだな。するりと視界から消えたかと思うと、突如背中に襲い掛かる重さに前かがみになる。どうやら凛月が背中にのしかかっているようで、凛月のだらしなく脱力しきった手が肩を超えて、無遠慮に視界の端に映った。 「重いー重いよー」 「むぅ〜、名前ー…」 すりすりと私の頭にすがりついては甘えた声をだしている彼が、近日どうしようもなく巨大な黒猫のように見えてしまう。熱のこもった吐息が首筋のシャツの隙間から背中に入り込んで、びくりと震える。 「わぁ、びっくりしたー。何、首弱いの?」 「前にもあったぞ、この流れ。わざとだな?」 「えぇ?俺知らない〜」 後ろから覗き込むように、にょきっと出てきた凛月の意地悪い顔。嬉しそうに三日月を描く真っ赤な瞳を睨みつけると、ぴくッと微動した彼が、ぐりぐりと首筋に顔を押し付けてくる。そのせいで黒く艶のある柔らかい髪が首元をサラサラとくすぐるものだから、ぎゃっと女子らしからぬ声が零れた。 「ちょっ!!顔埋めるな!!」 「うー、睨まないでよ。怖い」 「嘘つけ」 私がこの冷めた目を君に向けるの、これで何回目だと思っているんだ。そう言っても彼は離れることはおろか、顔を上げる気すらもないらしく、未だぴったり密着する背中の黒猫に私は朝早々盛大なため息を洩らした。 そこで、がらりと教室のドアが開く。おはようと元気に教室に入ってきたその声に、私は内心でガッツポーズを取った。 「真緒くん!!ヘルプ!!」 「おーっす……って何してんだよ凛月!!」 「えぇー……。うーん、結婚の申し込み??」 眠たそうな声色が零したその言葉に、大きな衝撃を受けたのだろうか、「はああ!?」と言った彼の声は、教室中に響き渡り、おかげで周囲の視線が彼に集まる。そしてその視線が流れるように真緒の近くで異様な有様の私に向けられてた気がした。 「そうだよ、俺名前と結婚するんだー」 「拒否権は?ねえ??」 「だーめ」 「いや、駄目じゃないよ。人権は大事だよ?」 「ついていけねぇよ!!大体なんでそうなった!!」 いよいよ首元に感じるその体温が、だんだん暖かくて心地良く感じ取れてくる。引きはがす体力もなんだか惜しくて、抵抗するのをやめたせいもあるのか。救世主の登場もあってかすっかり気が抜けたのもあって、うとうとし始めている。今抱き着かれていることや真緒君が怒ってること、全てがどうでもよくなって。 「もういっそ、ツッコミも放棄しようかな」 「いいのか、お前の専属ユニット崩壊するぞ」 呆れたように眉を下げて私の前の席に腰掛ける彼。 「そーだよ、名前がツッコミ辞めたらボケしかいないじゃん」 「自覚あるならボケ辞めろ」 「そうそう、名前はやっぱりそうじゃないと」 「無視かな」 なんだろう、すごく疲れたよ。目の前にパトラッシュがいたら一緒に昇天できるレベルだよ。後ろにいる凛月に構わず、机に突っ伏そうと身体を曲げると、当然凛月もつられてついてくるわけで。それでも離れるわけもない彼、今足地面にちゃんと付いてんのかな。なんて考えながらも机とおでこをくっつける。 「ちょっと、痛いんだけど」 「もう疲れた、許して」 「まぁその辺にしといてやれよ、コイツも疲れてるんだし」 その言葉と同時、頭をポンポンと撫でられる。間違いない真緒の手だ。学校についてから櫛も通していない私の髪を、整えるように優しく髪を滑る暖かい手に、突っ伏した顔をこっそり緩めた。 「むー……。まぁいっか。結婚したら何時でも抱き着けるからねぇ」 「そういえば、なんでそうなったんだ?」 身体にのしかかっていた重りがなくなっていく。おそらく体制の苦しさに凛月が背中を離れたのだろう。それでもほかほかと寝る寸前の身体の暖かさは変わらない。しかし、離れていく体温に若干名残惜しさを覚えたのは気のせいだろうか。 「えぇー?なんでって言われても……」 「そもそも付き合ってないだろ、お前ら」 頭の上に未だにある手が一瞬停止した。それでも大きな手は変わらずに守るように頭部に添えられたままである。ああ、もうだめそう。だんだんと薄れていく意識。頭の上で話しているはずの声が遠く感じられる。 「えー、まーくん古いよ?」 「は、古いって何がだよ」 「愛の大きさに時間なんて関係ないんだよ」 「なんか使いどころ違う気がする」 そういえば、真緒くんもツッコミ派だったよな。よし、ここでは私は不要なようで、なによりだ。ああ、眠い……。寝やすいように腕枕の位置を調整すれば、真緒の手が赤子を根付かせるように優しい手付きで再度髪をなで始める。 「それでも、やっぱり結婚は早いだろ」 「えー?でも年齢的に合法だよ。俺留年してるから18だし」 「そうじゃなくてな。経済的にとか……やっぱり相手を幸せに出来る状態じゃないとさ」 ああ、真緒くんがまともなこと言っている、かっこいい。ファンが聞いていたら結婚してコールが飛び交いそうだ。徐々に遠くなっていく会話に自分の意識の限界を察する。もう寝てもいいかなと意識を手放そうとしたとき。 「でも、結婚したらって言ったの、まーくんだよ?」 「お前かいっ!!!!!」 「おわぁああっ!!名前、急に起きるなよ寝てたかと思ってたんだぞ!!」 「まーくん、ずっと名前の頭撫でてたしね〜」 思わず飛び起きて間髪を入れずにツッコミを入れると、目の前の赤髪の彼は目を丸くして驚く。驚いて不格好には挙げられた手が、凛月の言葉にだんだんと顔を赤く色付く部分を慌てて隠す。その仕草が何故かとてもかわいく見えた。 「凛月!!あぁもう……。とにかく疲れているんなら大人しく寝てろ!!」 「え、ちょ痛い痛い頭押さないで!!」 「おぉー、まーくんってテンパるとボケになるよね」 見てないで何とかしろよ。気が付けばすでにチャイムが鳴り響くまであと数分しかなくて、これは寝ている暇なんかないと気が付いて泣きたくなった。 * 「な、何するでござるか!!?離すでござるよ!!」 「ふむ、結婚してくれんかのう?」 「え、何これ?」 曲がり角を曲がって、突如視界に飛び込んできた光景に思わず言葉を零す。何故凛月の兄である朔間零が、私の弟である仙石忍を抱きしめているのであろうか?え、そこじゃない?そうだね……。 「もう、どうでもよくなってきた」 戦意喪失である。 「お姉ちゃん!?どうでも良くないでござるよ!!拙者は正真正銘の男でござる!!男と婚姻を結ぶことなど言語道断でござるよ!!」 「うむ、やはりそうか」 「やはりそうか、じゃねーよ」 思っていたよりもその手の拘束は緩かったらしく、簡単にするりとその腕の中から脱出して此方に駆け込んでくる弟。 「残念じゃのう……。お主と結婚でもすれば、姉である嬢ちゃんも家へやってきて凛月が喜ぶと思うたのじゃが……」 「あんたら兄弟の思考回路大丈夫か?」 なんでそんなに遠回りなの?私と凛月が結婚すればいいじゃないか。いや、しないけどさ。 「お姉ちゃん、随分と疲れた顔して……。保健室行くでござるか?」 「あぁ、大丈夫……。ありがとう忍」 心配そうにこちらを見つめてくる弟の、少し高い位置にある頭を撫でれば、大人しく目を細めるその姿にほっこりとする。うちの弟がこんなにも可愛い、私は幸せな姉である。 「ふむ……兄弟、姉弟か」 「名前ーやっと見つけた〜……って、うわ兄者……」 「おぉお凛月!!今日も可愛いのう」 顔を輝かせる兄とは対照的に、視界に自らの兄を見つけたと同時、あからさまに怪訝な表情を浮かべて一歩下がる凛月。自分の弟とはえらい違いである。忍が弟で良かったと改めて思った。 「おぉ、そうじゃ、そこの2人。こんなのはどうかのう?」 何かひらめいたように手を鳴らした後、にっこりと笑みを浮かべたお兄さん。その顔は悪だくみをしている凛月の笑みにすごく似ていて、背筋がゾクッとする。 「吾輩の、妹と弟にならぬか?」 「絶対いやです」 「嫌でござる」 「俺も却下」 満場一致で否決でした。 「拙者は姉1人で十分でござる!!」 「そうだよ、名前1人で良いし、第一兄弟だと結婚できないじゃん」 「そうかのう?兄弟となればずっと一緒に居れるうえ、禁断の恋が出来るぞ?」 「名前、妹においで」 ツッコみたいところは山ほどあるが、ここは取り敢えず、全力で逃げるとしましょう。実の弟の手だけを引いて全力で駆け出す。意外と忍も凛月も足が速くって驚いた。 ■■さいととっぷ |