06出口どっち?■■


「あら〜。困ったわね〜」
「軽いね、嵐ちゃん」

というか嬉しそうだな?なんて妙に冷めた思考で、薄暗い倉庫の中、びくりともしない大きな扉を呆然と見つめながら言った私。さて、何故背後の彼は、困ったと言いつつ満面の笑みで扉を眺めているのだろうか。

「ずいぶんと楽しそうですね」
「あら、わかっちゃうかしら?だってなんかゾクゾクするじゃない」
「そんな貴方にぞわぞわします」
「やだ……褒めないでよ、照れるじゃない」
「褒めてねーよ」

おそらく赤らめているんだろう頬に、恥ずかしそうに手を添えてみせた彼。暗闇でもわかるほど溢れる女子力はいったん置いておくとして。この人は一体なんでこの状況を楽しめることが出来るのだろうか。

「っていうか、嵐ちゃんも押してよ!!」

びくともしない扉を開こうとさっきから必死になっている私。全身に力を込めて自分の身長よりも高い扉と戦っている私とは対照的に、涼しい顔をして跳び箱に腰掛けている嵐くんを睨みつける。優雅に足なんか組んでいる姿に青筋が浮かんでしまいそうだ。

「え〜、さっきやったじゃない」
「3秒だけ、ね」
「何度やったって同じよー」
「やって見なきゃ、わかんないだろ…っ!」

どこぞの熱血主人公みたいな台詞を吐いては再度扉を開こうと奮闘する。我ながらこんなカッコいい事言う日が来るとは夢にも思わなかった。事の始まりは、数分前。嵐くんの大好きな椚先生のご命令により、嵐くんは倉庫の掃除をすることに。向かう道中で、凛月とかくれんぼ(遊びではない)をしていた私と遭遇し、連行されてしまったことがことの発端だった。

そして、倉庫の中2人で……。いや、主に私だけが古い機材を整頓していると、突如聞こえたドンと重い音を合図に、暗くなる視界。嫌な予感を胸に振り向くと、案の定そこには完全に閉ざされてしまった扉があって絶望したのだった。

そして、今に至るわけだが。

「まあまあ。名前ちゃん。そんな焦らなくてもいいじゃない。今しかない『今』を楽しみましょ」
「いい事言ったね」

でも楽しむってなに。貴方が優雅に腰掛けているその跳び箱使って、呑気に遊べとでもいうのだろうか?

「いいセリフの使い時間違ってね?そもそもこの状況下で楽しめると思う?」
「もちろん!!なんかお化け屋敷みたいでいいわぁ」
「わああ……。やめようよそんなこと言うの!!」

ただでさえ薄暗くて、何か物陰にいるんじゃないかって気がして怖くなっているんだから。

「あらら、怖いの名前ちゃん」
「怖くない!!」

最大に積まれた跳び箱の上から軽い身のこなしで飛び降りると、るんるんと効果音が聞こえそうな勢いでさまよいだす彼。お次は何し始めるのか彼の行動は全く読めない。なにか壊すんじゃないか、余計なことするんじゃないか、心配のあまりこっちの身が持たない。とりあえず早くここから脱出しないと。

「……出口、ないかな」

もしかしたら、窓から出られるかもしれない。そう思って、躓かないようにゆっくり一歩一歩身長に歩みながら、壁際へ向かって進んでいく。しかし、壁にあるのは年季の入ってそうな棚が壁にびっしり並んでいるだけで、窓も非常出口も見当たらない。

「出れそうなところないかあ」
「出口?ここにあるわよ」

その言葉に咄嗟に振り返る。それ以上は何も語らず、静かに歩み寄ってくる嵐くん。その顔は暗さで表情がわからなかった。流れる暫くの沈黙の間に、淡い期待が少しずつ高まっていく。

「出口……それは」
「そ、それは……?」

何だろう。ここまで勿体ぶるってことは、よほど秘密にしていたものだろうか?地下に秘密の抜け道があるとか?歴史ある学院ならではの?やだ、何それ面白そう。ごくりと固唾を飲み込んで、彼の言葉を待つ。

「それは!!」
「おぉお!!」
「私の胸の中よ、さぁ、飛び込んできなさい!」
「突き破る方向で良いですか」

ふふ、なんて上品に笑う楽しそうな彼に思わず嘆息が漏れる。

「もぅ、ため息なんてついちゃダメよ。幸せが逃げちゃうじゃない」
「だってぇ……」
「だってじゃない!!せっかく可愛い顔なんだから、笑わないと損よ」

目の前に歩いて来ていつの間にか目の前に立つ彼が、私のため息をこぼした唇に、そのしなやかな長い指を押し当てる。少し怒ってキッとなった表情に何故かドキッとした。なぜだろう、ドキドキが治まらない。

「……あ」
「あら?どうしたの頬が赤いわよ?」
「こうして怒られたの、初めてかも」

瀬名先輩に怒られたり、冷たい視線を浴びさせられたりだとかはよくあるけど、こう私のために注意してくれたの、このユニットで嵐くんが初めてな気がする。

「ふふ、当たり前じゃない。大切な私たちのプロデューサーだもの」
「……嵐くん」

なんだろう、この高鳴る鼓動は。ドクンドクンと耳にまで響いてきそうな早い律動、体中に集まる熱。

「ねえ、名前ちゃん」
「なに?」
「2人っきりって、意外と良いでしょう?……どう、わくわくしない?」

相変わらずわくわくはしないけど、すごくドキドキとはしています。口には出さないで暗い中、光を帯びている彼の透き通った目を見つめる。その時、ようやく彼の顔がすぐそこにあることに気が付いた。

「嵐くんっ!!ちょ、近……」
「ねぇ、私、こう見えても男なのよ……」

どこか燃えているような瞳、揺るぎのない真っ直ぐなその眼には、どこか妖しい輝きを放っていて。一歩後ずさると、彼もまた、一歩踏み出す。ドンと背中が何かにぶつかれば、鼓動が一層早くなる。

「今、すごくドキドキしているんじゃない?」

横に逃れようとした私に対して、彼のその逞しい腕が行く手を塞ぐ。ゆっくりと近づく整った顔に、鼓動のスピードは最高潮に達していた。心臓が飛び出てしまうんじゃないか、胸を抑えた瞬間。

眩しいくらいの光。

「名前、ここにいるのか」
「ほ……ほっけ」

固く閉ざされていた扉が開き、そこから光が一気に差し込む。明るく照らされた視界に扉の方へ目を向ければ、そこから現れた人物の名前をつぶやく。聞こえてきた少し低くて落ち着いた声に、一気に身体の力が抜けていく。

「あら……?随分と早いお迎えね」
「鳴上、やはりお前も一緒にいたのか……」
「ふふ、意外な人物が来ちゃったわね」

「凛月ちゃんか真緒ちゃん辺りかと思ったんだけど」そう言って私から離れていく彼。ほっとついた息が意外と大きかったのは、近い距離に自然に息を止めてしまっていたからか。

「もう少し遊びたんだけど、まあ可愛い名前ちゃんが見れたし、満足して帰るとするわ。じゃあまたね〜」

軽い足取りで、スタスタと去って行く嵐くん。その後姿は相変わらず凛としていてかっこよかった。残されてしまった私は、自然とその視線を目の前のホッケに移す。

「……何かされたか?」
「……いえ、特には……」
「そうか、良かった」
「なんで、ホッケがここに……?」
「今日は俺たちのダンスレッスンに付き合うと約束していただろ。あまりに遅いからお前のクラスに行ったんだ……が」

ふとホッケが口を閉ざす。なんだか思うところがあったのか、なにか言うことを迷っているのか、無表情にただ絡み合う視線からはなにも察することができない。

「お前……」
「な、なんですか?」
「ドキドキしたか」
「どういうことなの」

真面目な顔して何を言うかと思えば、なんだ、ドキドキしたかってどういうことなんだ。

「吊り橋効果……というものを知っているか?」
「ああ、あの恐怖のドキドキを、恋愛的なドキドキと勘違いするって、言う……」

顔から血の気が引けていくのを感じる。背中に悪寒が駆け抜ける。どこか困ったようにため息を零したホッケに「まさか……」そう呟けば「そうだ」と迷いのない返答が返ってくる。

「まぁ、要はそういうことだ。良いように遊ばれたな、名前」
「嵐……この野郎」

後で会ったら覚えておけよ。誰もいないまっさらな廊下の奥を睨みつけながら、呟いた名前の人物を思い出す。最早私の専属ユニットに、純粋な優しさなんて皆無なのかもしれない。