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大きな鏡の前に立って、自分の立ち姿を確認する。久々の休日の過ごし方としては、些か不満があるが、まぁきっと悪いことばかりではないだろう。何事も前向きが一番だ。自分に言い聞かせるようにして頬を軽く叩く。そう思わなければやってらんない。鏡に顔を近づけて、頬に薄く付けたチークがおかしくなっていないか確認する。

「お姉ちゃん……」
「ん?」
「白雪姫に出てくる魔女のマネでござるか?」
「そのメッシュ引き抜くよ」

置いてあったバックを手に取り、前髪を気にしながら玄関に向かう。すると、後を追うように付いてくるパタパタと廊下を小走りする音。誰のものかはもうわかっているので、振り返らずにそのまま進む。

「ど、どこへ行くでござるか!そんなオシャレして!!」
「ちょっと野暮用」
「野暮用……。そうでござる!それなら、拙者も付いて行くでござる!!」
「だ、大丈夫!!」

ついて行く。その言葉にドキリとして思わず振り返ると、予想外にも不安そうな顔の弟が立っていた。「ようやく目が合ったでござる」と寂しそうな声色で呟いた彼は、悲しさに歪んだ顔を伏せてしまった。

「どうしたの忍?」
「……お姉ちゃんは」

構ってあげるべきだったかな、少し反省しながら、そのさらさらとした暗い色の頭を撫でると、ふと哀愁のこもった瞳と視線が合わさる。次に続く言葉が予測できなくて、暫時の沈黙に嫌な予感を感じた。

「……瀬名殿が好きなんでござるか」
「米粒ほどの好意もございません」





電車に揺られること数分。人でごった返した改札を抜けると、案の定そこもまた人だらけで。待ち合わせ5分前に付く予定だったのが、すでに待ち合わせの時間になってしまっていた。

がやがやと周りは雑音で溢れている。辺りを見渡せば、やや遠くの方に待ち合わせの目印である時計塔が見えた。瀬名先輩もう来てるかな、そう思うと自然と押し寄せてくる不安の波。高いヒールを気にする間もなく、時計台へと駈け出す。

「せ、瀬名先輩っ!!」

時計塔に寄り掛かって、片手をポケットにつっこんだまま器用にスマホをいじっている瀬名先輩。声をかけると彼は怪訝そうな表情でこちらを向く。

「……うわぁ、やっと来た」
「ご、ごめんなさい」

威圧感が半端ない。もはや般若みたいになっているその顔を見上げる勇気は、私は持ち合わせていなくて。横を行き交う人々の足を、落とした視界の端で見送る。

やはり、私服かっこいい。
流石モデルと言ったところか。
そんな悠長なこと考えている場合じゃないけれど。

「あんたのことだから、10分前くらいには来てると思って早くきてやったら……何。待ち合わせ丁度に来るとか舐めてんの?」
「ごめんなさい……」

頭を深く下げながら考える。待ち合わせ時間って、この時間に集合しようっていう時間のことではないのだろうか。それならセーフじゃない?これ一応仕事じゃなくて私事だし……。最も、こんなこと口に出した瞬間殺されてしまうことはわかっているので黙っておくが。

「あーもう。やっぱりあんたじゃなくて、鳴くんの方が適任だったかも」
「出来れば、私もそうして頂きたかったです」
「は?」

しまった。つい零れてしまった本音を手で塞ぐ。時すでに遅しであるが。スマホを開いて、知人たちのタイムラインを見ていた彼は、私の言葉によって瞬驚いたように目を見開くと、次の瞬間、これでもかと冷淡な視線をこちらに向ける。

「なんだって?ガキ……」
「なんもないなんも言ってないなんも知らない」
「まじで信じらんない……。俺とのデートなんだから、黙って跳ねるくらい喜ぶのが普通でしょ?」

コイ○ング……?

「というか、先輩」
「なに」
「私、今日なんで呼び出されたのか、全く見当がつかないんですけど」

そう、問題はそこなんだよ。デートという単語は聞こえなかったことにしておいて、彼が一年に数回程しかないであろう一日フリーの貴重な休日にわざわざ私を呼び出す理由がわからない。瀬名先輩の事だから、馬鹿にされないようにと隣にいても恥じないように身なりだけは整えてきたけど……。まあとは言っても顔面偏差値はどうしようもないから、いざという時煽られるのは変わりないのだが。

彼は私を一瞥すると、何も言わずに歩み始める。その横にそっと並ぶと、意外なことに彼は歩く速度を緩めてくれた。すごい、キセキだ。明日は隕石が降ってくるに違いない。

「先輩、どこ行くんですか?」
「店」

アバウトすぎるんですけど。本当、一言余計だったり足りなさすぎたり……。この人は加減というものがわからないのだろうか。こちらを見向きもしないせいで視界に映り続ける彼の整った横顔。

機嫌が悪いのか、むっとした表情の彼に、気づかれないように深く息を吐いた。





数分後。

「瀬名先輩」
「なに」
「すごいですよ先輩。何も言われなくても先輩が何しようとしているか、わかってしまいました」

到着したのは、大きなショッピングモール。彼が足を止めたのは眼鏡専門店。彼が黙って手にしたのは青い眼鏡。私の発言にピクッと僅かに肩の跳ねた彼が、無表情に冷めた顔で私の答えを待つようにこちらをうかがっている。

さぁ、皆さんお分かりいただけただろうか。
そう、これはずばり。


「ゆうくんとお揃いですね」
「んなわけないでしょ、バカなわけ?」


一刀両断である。え、なしなの?これ結構有力な説だと思っていたのに。目の前の彼は、その眼鏡をくるくると様々な角度から見てから、店員のもとに持っていくわけでもなく、元あった場所に静かに戻した。なるほど、ゆう君と同じだから見ていただけなのか。

じゃあただのウィンドウショッピングか?
そもそも、思ったんだけどこれ。

「私、要ります?」

聞こえていなかったのか、それとも単なる無視なのか。「行くよ」とだけ言って汚れ一つないフロアを歩き始める彼から返事をもらえることはなかった。「ちょっと先輩!」その背中に向けて大きく言ってみるが、彼は相変わらず振り返ることなくスタスタと歩いていく。

いっそこのまま背を向けて帰ってやろうか。なんて一瞬考えたが、さすれば後で何されるかわかったもんじゃない。

かなり離れてしまった背中を、仕方なくもモヤモヤとしたまま追いかけようと、足を踏みだしかけたその瞬間。

「あれー?名前ちゃん。こんなところで会うなんて、偶然だね〜」
「あ、ゆうく……真くん、そうだね奇遇だね」

危うくゆうくんと言ってしまうところだった。ぎりぎり修正して彼の名前を呟いた。賑やかなショッピングモールの中、突如横から聞こえた、明るくて癖のある声。まさかの偶然の出会いに思わず足を止める。

「この店、僕は良く来るんだよねー。……んっ、名前ちゃんもこの店の前にいたってことは、もしかして眼鏡デビュー!?」
「あー…。いやぁ、その……」

背中がどことなくぞわぞわする。ここで気が付いたのだが、瀬名先輩と真くん、両者がここに揃っていることは非常にまずいのではないか。何がまずいかって、もちろん真くんが。瀬名先輩がいることを彼に告げた方がいいのか。まさか先輩はゆうくんがここにいるのをわかっていて来たのか?それなら言ったところで寧ろビビらすだけなのでは?頭がぐるぐると忙しなく回り、オーバーヒートしそうになる。

「そっか!!じゃあ僕が眼鏡選ぶのを手伝うよ!!」
「いやぁそういうわけじゃ……」
「遠慮しないで!この間もお世話になったからね!!」
「いやいや、こちらこそいいものを見せていただきまして…」

その眼鏡の奥の瞳をキラキラさせて、話してくれる真くん。ああ、誰かさんとは違って温かい。すっかり話は彼のペースで進められていく。

「名前ちゃんって細かいとこまでちゃんと見てくれるから、すごく助かるんだよね」
「そんなこと、言われたことない……」

特にKnightsには。

「えぇ!?僕たちみんな思ってるよ!」
「そっか、初めてだからそう言われると嬉しいな」
「本当!?じゃあ僕が一番乗りだね!!」
「うん!ありがとう!」
「また、来てくれると……嬉しいな」

少し頬を朱色に染めて、照れ臭そうに頬を掻く。その様子にこちらまで恥ずかしくなって顔に徐々に熱が溜まってくる。前々から思っていたが真くんは本当にいい子だ。こんな純水無垢な眩しさを持つ彼にあの泥沼の住人のような先輩が執着してしまうのもわかってしまう気がする。まるで月と鼈みたいな違いだもん。

「もちろん……私で良ければ……!」
「私で良ければばなにかな?」

突如背後から感じる凄まじい冷気。あれ、クーラー効き過ぎ?そう思ったのも束の間、目の前の真くんの顔が見る見るうちに青ざめていく。背後から聞こえたその声には聞き覚えがあり、ようやく事の重大さを把握する。

「せ……瀬名せんぱ…」

ほんのり赤い頬をしていた真くんが一瞬にして顔面蒼白に変わっている。対してブリキのように、角々と首を動かして振り返る。そこには危険最大レベルの危うさを誇る、瀬名先輩の爽やかな笑顔。

「ふふ、付いてこないと思って戻って来てやったら、何、楽しくおしゃべり?」
「は、はは。つい……」
「し、か、も。よりによってゆうくんと2人っきりで?」
「ぐ、偶然ですね……会いまして」

真くんが視界の端で、顔面蒼白のままゆっくり後ずさっていく。逃げやがったと本来ならばここで腹立つところだが、そうも言ってられない。彼にと目の前の先輩は、捕食関係にあるからだ。

「すごく、仲良さげだったじゃなーい?いつの間にそんな仲になったわけ?俺のゆうくんと」
「さ、さぁ、そんな仲良かったかな……?」

ふふふと不敵な笑みを零す彼の表情は、相変わらず口で弧を描いている。なのになんで目はこんなにも笑っていないのだろうか。ギラギラと光る瞳にこれは本当に殺されるのではないかなんて恐怖が脳裏を過ぎる。

「ところで」
「は、はい」
「また、来てって…どこに?」

最悪だ。そこまで聞かれていたのか。

「ねえ、ほら応えなよ3文字以内で」
「3文字?!」
「あぁーだめ。俺の指定した文字数、俺のした質問の回答しかあんたに話す権利無いから」

にこにことしてこちらに近寄ってくる瀬名先輩。その背後に真っ黒で得体の知れないオーラを感じる。頭の中で警報が鳴り響く。いやもう言ってること無茶苦茶だよ、パワハラだとかそれ以前に人権ないよもう。なのにさすがと言うべきか、威圧のせいで一歩も動けない。逆らえない。

「え、えっと…DL」
「ダウンロード?ゆうくんを?……はは……死ね」

とんでもない勘違いをされている。ダンスレッスンの略と言うことでさえしゃべったらころされるのだろうか……。一時期流行った略語の極みである語句もここでは通用しないらしい、寧ろ誤解を生んで危険である。この世のものではないくらいの恐ろしい顔をして、私の肩をガッと掴んだ先輩。話す権利を与えられていない私は、せめてもの意思表示にぶんぶんと首を振るも、伝わるわけなく彼は笑みを絶やさず、手に力を籠める。

「……本当はここで八つ裂きにしてやりたいところだけど」

瀬名さん、お忘れではないでしょうか。ここは陽気な音楽が流れている真昼間のショッピングモール。わかってます?人めっちゃいますよ。傍から見れば恐喝だこんなもん、すれ違う人が心配そうに此方を見て通り過ぎている。恥ずかしいとか一切いいから、この際誰かポリス呼んでくれ。

「仕方ないから最後にチャンスをあげる」

ごくりと息を飲む。

「15文字以内で、俺に誠心誠意思いを込めて謝罪して」

しばらくの沈黙が2人を包む。肩を掴んでいる手に力が吐いているのか指先が肉に食い込んでじりじりと痛む。これは何としても命令通りにしなければ。

「……ごめんなさい、ゆるして、せな……」

先輩だと入らないな……。
それなら本名……あ、ちょうど15だ。

「いずみ」
「ぶち殺すよ」

何呼び捨てにしてくれてんの、謝る気あんの?





その後、心配してくれていた弟が、放送委員長である先輩、に〜ちゃんにSOSを放っていたらしく。駆け付けてくれた2人に救われて無事帰還することができた。に〜ちゃんには今度、お礼にウサギのキーホルダーあげよう。弟は、取り敢えず帰ったら抱きしめようと誓ったのだった。

そういえば、結局瀬名先輩の目的はなんだったのだろうか?今ではその答えは謎のままである。