乙女のゆううつ

「なずなぁ……」
「ん、どうした?にーちゃんに何でも言ってみろ」
「私が心配して欲しいって言ったらどうする?」
「お前また熱でもあるんじゃないか」
「ひどくないですか?」

頬に空気を溜めてわざとらしくそっぽを向く。視界の端で、ちびちびと箸でご飯をつまんでは、口に運ぶなずなが映った。

「熱なんてないし、元気だし……」
「ごめんごめん、そう不貞腐れるにゃって」
「噛んだから許す」
「な、おま……っ」

お弁当箱から肉団子を箸で摘まみ上げ、ひょいと口に放り込む。甘ったるい味が口内に広がって幸せな気分になれるのに、心の中のモヤは一向に晴れる気配がない。更にもぐもぐと柔らかい肉をかみ砕きながら、窓の外に視線を向けて考える。

「……はぁ」
「それにしても、今日は随分と暗いな」
「……うん」

食事中に頬杖をつくことはマナー違反、そんなこと知っている。でもこうでもしないと、頭が重さでどこかに転がり落ちてしまいそうだ。

「というか、お前のことは常日頃から心配してるんだぞ」
「といいますと」
「歌羽は自分のことには無頓着だからさ。無理してるんじゃないかとか、ちゃんとご飯食べてるかとか…特に食事に関しては最近見るからにコンビニ食ばっかだからな」
「だからお弁当作ってくれたんだ」

パステルカラーのかわいらしい水色でできたお弁当箱をそっと手で包んで眺める。カラフルなその中身は、栄養バランスだって完璧で、それでいてお子様ランチで見かけるような旗なんか差してあったり、桜型のニンジンだったりと可愛らしさもあって、まるで非の打ち所がない。のりたまのふりかけが散るご飯を口に運ぶ。

「まぁ、食欲はあるようで良かったけど」
「美味しいからね。……うぅん」
「どうした泡瀬、さっきからため息ばかりじゃねぇか」

横から聞こえてきた低音ボイスに、そちらに視線を向けると、珍しい人物がそこにいた。

「あれ、紅郎ちんいつからそこに?」
「泡瀬が教室にだるそうに入ってきた時からいたぞ」
「そうかそうか」

なずなのせいで移ってしまった可愛らしい呼び方。思わず口から出てしまったと思ったら張本人は対して気にしてなさそうなのでよしとする。たしかいつもお昼休みは柔道場で過ごしていたはずだが、今日は教室にいる彼。どうしたのだろうか。不思議に思い彼の手元に目を落すと、そこには綺麗な浅葱色の布があった。

「もしかして裁縫中?」
「あぁ、もう少しで終わっちまうから、向こう行く前に済ませちまおうと思ってな」
「そっか、確か紅郎ちん達は新選組をテーマにするんだよな」
「なるほど」

通りで見たことのあるような衣装だと思った。確かに元来和風のユニットに所属している紅郎ちんなら、間違いなく似合いそうだ。

「もし衣装関係のことで悩んでるんだったら手を貸すぜ」
「え?」
「蓮見の旦那も心配してたぞ。泡瀬が忙しそうでいつ倒れるかひやひやする、ってな」
「はすみんが……」

個人的には生徒会やら、生徒会長兼幼馴染からはすみんが受けているストレス量の方が心配するべき深刻さだと思うのだが。そんな彼に気を回されるぐらい私も忙しそうだということだろうか。ペットボトルの中の水分を喉に流し込みながら考える。

「まぁなんだ。衣装製作に関して悩んでるんだったらいつでも手を貸すぜ」
「え、いや、悪いよ」
「最近あまりこういった作業をしてなかったからな。寧ろ出来ることが嬉しいんだ。だから嬢ちゃんも無理しねぇで言ってくれ」
「やだ、イケメン」
「じゃあそろそろ行くとするか。あまり遅れると鉄がうるさいからな…。じゃあ嬢ちゃんも頑張れよ」

「ありがとう」そういえば手をあげるだけの返事をして去っていく大きな背中を眺めながら、お弁当の中の卵焼きをひょいと口に放り込む。あんな逞しい背中、鉄虎に彼を慕うのも納得ができる。

「そういや3-Aは次、移動教室だっけ。そんなゆっくり食べていて大丈夫か?」
「今日はね自習なんだ」
「そっか。ならいいんだ」

すでにご飯を食べ終わったのか、可愛らしい水色のウサギ柄の包みにお弁当箱をしまって、じっと私を眺めているなずな。別に今更恥ずかしくなんてないけど、食べているところを見られるのは慣れないもので、そっと俯いて視線から逃げる。

「……俺は、紅郎ちんみたいに服作ったりとかして歌羽のこと手伝ってやれないけど、それでも相談とかはいつでも乗ってやれるから」
「……うん」
「なんでもにーちゃんに話していいんだぞ。愚痴ならいくらでも聞いてやるし、悩みならそれが解決するまで付き合うから」
「なずなぁ……」

にっと口角をあげて微笑むなずなは、今までのどんな時よりも頼もしく見えた。思わず柄にもなくうるうるしてしまいそうだ。口を開いて胸中にあるもやもやの原因を暴露しようと口を開きかけた…が、そこではたと気が付く。

そもそも自分は何を悩んでいるのか

いつも考えるより先に自然と頭に浮かんでくる、憎らしいはずの人物の顔。熱っぽい瞳で捉えられて、熱のこもった唇のリアルな感触を思い出しては、1人で顔を赤くし、1人で自問自答を繰り返している今までを振り返ってふと思う。

「……なんで瀬名のことなんかで悩んでるんだ……」
「ん、どうした歌羽」
「まじなんなの」
「?小さくて聞こえないぞ?」

なんで彼があんな行動を?夢でも見ていたからなのか?それとも誰かと間違えた?そもそもなんで私がこんなことで頭を使わなければならないのか。

「あぁあ!!ちょーウザい!!!」

机を思わずばんっと感情任せに強く叩けば、クラス中の視線が一瞬にして集まった。目の前で顔を引きつらせているなずなを見て再びハッとする。しまった、またやってしまった。





校舎に高らかにお昼の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。楽しそうに話している男子生徒の横を通り過ぎて、自分の教室の扉に手をかけ、廊下以上にガヤガヤとしている音の絶えない教室に足を踏み入れる。見たいわけじゃなかったけど、自分の席に向かう過程で必然的に視界に入ってしまう空席。

「…はぁ…」

溜息を吐きながら席に腰を落とす。

「どうした歌羽、元気がないな」
「そうでもないよ」
「昨日に続き今日も瀬名は休みか?」
「…そうらしいね」

後ろの机にその逞しい手を付いて、ひょこっと横に顔を出してきた千秋。その表情は相変わらず明るくて、それはいつも通りの彼なはずなのに、なぜかいつも以上に煩く思えた。

「心配だな」
「別に」
「そうか?」

おとといのことを思い出す。結局あの後すぐに佐賀美先生が来て、私たちは教室に行けと早々追い出されてしまった。丁度教室にはすみんが慌ただしく駆け込んでくる。「英智はどこだ!?」丁度入り口付近の生徒が、引き気味に何かを告げて、それを聞いた彼は再び教室を飛び出していった。ほら、やはり彼の方が忙しいんじゃないか。

「あぁ、そうだ。瀬名と言えばだな」
「今度は何」

その言葉に、振り返って千秋と顔を向き合わせる。いつか見た覚えのあるような悪戯な笑みを浮かべて、千秋はうんうんと頷いた。

「授業を2人遅れてきた時があっただろう?」
「そんなことあったっけ」
「歌羽がジャージを着てたな」
「あ」

奏汰に引きずり込まれた時のことか。わかりやすく声を零した私に、千秋は思い出したなと、笑みを漏らした。

「その日の昼休み、瀬名にアイツはどこだと聞かれてな。きっとお前のことを探していたんだ」
「なんで」
「はは、理由までは知らないな」
「本当千秋って考えなしだよね」

なんでそんなことを今言うのだろう。考えなしに語るなら、せめてややこしい話はしないでほしいのだが。シャーペンを意味もなくカチカチとして芯を伸ばしていく。

「なにやら忙しなくキョロキョロとしていてな」
「…落とし物でもしたんでしょ」

ふと、隣の空っぽの席に視線を向ける。以前瀬名に貸したシンプルなシャーペンを弄びながら、なずなが私に熱があるのではないかと言っていたあの日に記憶を遡らせる。あの後なずながそのことを瀬名に伝えていて、瀬名が私を探していたのだとしたら。

「瀬名……が…」

まさかね。

ぽつりと誰にも聞こえないような声で言葉を漏らした。そうしたら噴水に落ちたあのとき基本休み時間は猛暑を避けるように建物内にいることが多い彼があんなところにいる理由も合点がいく。彼があいつはあの時、たまたま通りかかったんじゃなかったのか。いや、でもそんなこと有り得ない。だって瀬名に限ってそんなことが……。

「なに、呼んだ?」

心臓が一瞬完全に停止する。

「な…っ、ななななんでいるの!?」
「なに、いちゃ悪いわけ?」
「おお瀬名。もう風邪は治ったのか」
「風邪なんて一日もあれば十分治るでしょ」

やれやれといつものひねくれ顔で、けだるそうにカバンを机の上に置いた瀬名。いるはずのない人物の登場に、驚いて危うく椅子から落ちそうになった。不意打ちを食らい動揺する私とは反対に、彼の登場に千秋は嬉しそうに声を上げた。

「良かった良かった!!心配したんだぞ、俺も歌羽も」
「ちょっと勝手に私が心配してたことにしないでよ」
「そうそう、気持ち悪いだけだから」
「ふざけんなひねくれ野郎」

片手を上げてやれやれと首を振る彼は、いつものように飄々とした様子でいて。とてもじゃないが先日ぐったりとして羽風に横抱きにされていた人物とは思えない。再び教室に授業開始のチャイムが鳴って慌ただしく席に戻り始めるクラスメイト達が視界の端に映る。

良かった、元気そうで。

……ん、良かったって何が?瀬名の元気そうないつも通りの姿を見た途端、ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。あれ、どうしてだろう、私には全く関係なんて。

「ちょっと、何1人で百面相してるわけ」
「は?」
「……ふはっ、ひどい顔」
「あぁ?喧嘩売ってんの?!」
「売ったら買ってくれるんでしょ?」

予想外の言葉に目を丸くする。もっとこう、馬鹿にするようなけなすような言葉が来ると思ったのに。どこか余裕そうな笑みは挑発的にも見えて。

「…何言ってんの」
「けんか相手、いなくて寂しかったんでしょ?」
「寧ろ清々してましたが」
「へぇ〜?」

彼は一切表情をぶらさずにニタニタとしている。その気持ち悪さが寒い冷房の空気と相まって、無防備にさらけ出された腕を粟立たせる。

「その割には俺の名前呟いてたよねぇ?」
「っちが、それは…っ」

否定しようと口を開いた瞬間、丁度号令の合図がかかる。起立と言ったはすみんを睨みながらおずおずと席を立ちあがり、礼をして席に座る。厳粛な空気に弁解を諦めかけたその時、くすくすと隣から場違いな笑う息音が聞こえた。口元を抑えて笑いをこらえている瀬名が投げてきた紙切れには「シャーペンの時の仕返し」と文字が書かれている。

一瞬訳が分からず首を傾げたが、すぐにハッとする。もしかして瀬名がシャーペンを忘れたときのことか。顔を上げてチラリと横を見れば勝ち誇ったような瞳と目が合って、イラッとした。彼は恩を仇で返すのがお好きらしい。

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