
飴玉みたいな恋をしたい
「ねぇ、ここ文字間違って…」
「千秋!プリント見せて!」
「ねぇ、今度のライブなんだけど…」
「あぁ!用事思い出した!!」
「…ねぇちょっと」
「あ、筆箱忘れた!!!」
わざとらしくそう叫び踵を返した少女の後姿を、呆然と見つめていた。あからさますぎる。言葉とは裏腹に彼女の机の上に置いてあるペンケース。せめて、もう少し上手い言い訳をできないものだろうか。
「…なんなの、あれ」
「見事に避けられているな、瀬名」
「なに、俺になんか用」
「はは、そう拗ねるな」
むくれっ面で振り返るのに対し、守沢はいつものように笑って返す。苛立ちを露わにし乱雑に椅子を引き、ドカッと勢いをつけて腰かければ、後ろのやつもまた自身の席に腰かけた。
「それで、なんで歌羽は逃げているんだ?」
「そんなん知るわけないでしょ、ていうかうるさい」
「そうか。心当たりないのか」
「ないっての、うるさいってば」
椅子の背に片腕を乗せて、迷惑そうに顔を顰めて振り返る。そこにはまるで自身の話など聞こえていないように、うんうんと唸り考え込む姿があって、盛大にため息をついた。
「うーん、それは不思議だなぁ」
「はいはい、そうだねぇー」
こういう時は、これ以上無駄に絡まない方が賢い。雑な返事をしてから前に向き直り、机の上の資料と対峙する。そこにあるのは近日行われるKnightsのライブについての書類。アイツに聞きたいことがあるのに、これではどうしようもないではないか。
「瀬名もそう思うか…。よし、それじゃあこうしよう!!」
「へぇー頑張って。……ってちょっと何?!」
「なに簡単なことだ。直接聞けばいいんだ!」
「は!?別にどうでもいいじゃん。…ってちょっと、人の話聞きなよ!!」
ああ、もうダメだ。コイツ人の話を全く聞いていない。そう察し、手を振り払おうとするも、さすが脳筋野郎といったところか、その手は全く離れそうにない。こうなればもう抗うだけ労力の無駄だ。おそらく伝わりもしないだろうため息を盛大に付いて重い足を進めた。
*
「…はぁあ……」
私、本当に馬鹿だ。なに今の。避けてるのが丸わかりじゃないか。人通りの少ない廊下の一角、背中を壁に背中を合わせずずずと座り込み、両手を顔で覆う。絶対変だと思われた。穴があったら入りたい。いっそ泡にでもなって消えていきたい。
「……っひ、うわぁっ!?」
「ひっ!?」
「びっくりした!…ってあれ?歌羽さん?」
軽快な足音と同時に聞こえた驚いたような上擦った声。肩を跳ねさせ顔を起こせば、そこには私を不思議そうな顔して覗き込む、オレンジ色の髪に水色のヘッドフォンの人物。
「…ゆうた…くん?」
「どうしたんですか、こんなところで塞ぎ込んで」
目線が同じになるようにしゃがみこんで、眉を下げた彼の視線は、優しい色を浮かべて私を見つめている。それになんだか心が落ち着いて、内の感情をそのまま吐露してしまおうと思ったのだが。
自分で避けておいてるくせにそれを勝手に悩んでいるなんて言えない。
そんなこと、恥ずかしくて、情けなくて言えるわけがない。再び膝の上で握りしめた拳に視線を落として口を閉ざした。
「あー……ちょっと考え事……」
「う〜ん?黙ってちゃわからないですよー」
「うん、ごめん」
「あ、もしかして俺が後輩だからって遠慮してるんですか」
「いや、そういう…わけじゃあ……」
ないんだけど。自然と口ごもってしまうと、ゆうたくんはあははと笑いを零して私の隣に並ぶよう座りこんだ。ふと視線を映した横顔は、どことなく誇らしげに笑みを浮かべている。
「こう見えても俺、結構相談役には慣れているんですよ」
「そうなの?」
「いつも朔間先輩と大神先輩の仲介してますから」
「あ、なるほど」
そういえばゆうたくんは軽音部だったか。前に朔間兄に用事があって、部室を尋ねたときの騒がしさと言ったらなかった。まるでどんちゃん騒ぎの五月蠅さに、苦笑いを零した記憶がある。そっかあの中でゆうたくんは日々鍛えられているんだな。
「だから、少しは役に立てると思いますよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて顔を覗かれる。彼の明るさというか、ふんわりとした陽だまりのような暖かい雰囲気につられて、つい笑みが零れてしまう。そこでふと気づくいつの日かゆうたくんと通学路を共にしたときとなんか違う。突如感じた違和感。あれ、もしかして彼は。
「そっか」
「ねぇ、なんでこんなところで丸まってたんですか?」
「…えっと…なんていうかその」
「もしかして、喧嘩でもした?」
「あぁ…うん。まぁそんな、とこ」
これは喧嘩と言っていいのだろうか。そもそも喧嘩なんて年がら年中しているし、下手したら喧嘩しない日の方が異常のような。どちらかといえば私が1人混乱して一方的に思いふけっているようなものだ。いや、それだって、元はと言えばあいつが口づけなんかするから。いや、でも、そこに彼の意思があるのかは知らない。いや、でも、名前……。考えれば考えるほど絡まる思考に本日で何度目かのショートを起こす。そんな私の思いも当然知らない隣の彼は、口角を上げにこにこして、まるで向日葵のように明るい。
「へぇ〜、珍しい」
「そう?」
「だって歌羽さん、優しいし」
「えっ、それはないよ」
思わず顔が引きつった。この間だって瀬名に「アンタ本当優しさの欠片もないよね」と嫌味を言われたばかりだ。
「ちょっとその人が羨ましいなぁー」
「ゆうたくん、喧嘩好きなの?」
疑うように困惑のまなざしで彼を見つければ。視線を天井に向けた彼は、そこには太陽も特別明るい光もないのに眩しそうに眼を細めた。
「だって、喧嘩するほど歌羽さんがその人と仲良しで心を開いているってことでしょ?俺もそれぐらい歌羽さんと仲良くなりたいなぁ、……なんて」
「ちがっ、心開いてなんて…そんなんじゃ……っ」
慌てて弁解すると、彼が目を丸くして私を凝視していて。ハッとして口を閉ざす。しまった、また感情的になってつい。再び認識する自身の馬鹿さ加減に、そろそろ頭が痛くなりそうだ。
「っふはは!!そんな必死にならなくても!!」
「笑うなぁ……」
「ごめんごめん!ふふっ。はい、これどうぞ」
引っ張られた手のひらにぽとりと落とされた。白い小さな包みにくるまれている丸い形が二つ。
「これは?」
「アメですよ、飴玉」
「飴?」
「昨日アニキから没収したんですけど、プレゼントします」
そうして息をするように彼はまた嘘をつく。わざわざ苦手であるはずの甘い飴を、何故目前の彼が持ち歩いているのかすごく気になる。いっそこのまま直接本人に聞いてしまおうか?
「喧嘩相手とでも食べてください」
「え!?あ……」
「じゃあ、そろそろ俺は行きますね」
スッと立ち上がって、優しい笑みを残してからスタスタと廊下を進んでいく彼。ふと鼻をかすめたいい香りに、ああ、やっぱりそうだと確信した。急いで腰を上げて、その背中に声をかける。
「ありがとう、ひなたくん」
すると、足をぴたりと止めて、水色のヘッドフォンを身に着けた彼が振り返る。どうやら図星だったようだ。彼は困ったように頬を掻きながら「ばれちゃった?」と声を零した。
「ふふ、“甘い”飴をありがとう」
「ははっ、やっぱり歌羽さんには敵わないや」
わざと強調した2文字に、2人して声を上げて笑いあう。なんだか彼と話しているうちに心の中にあったもやもやとか悩みとかどこかへ吹っ飛んで行ってしまったようだ。身体が心なしか軽い。チャイムが鳴るまであと5分くらい、次の授業はちゃんと先生の話を聞けそうだ。
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