最悪性悪はおとなりの

そこにあるのかわからないくらい透き通った清潔な窓。その向こうで広がる眩しい青空の下、雀が電線の上で遊んでいた。可愛らしく鳴きながら動き回るその様子を、頬杖をついて見つめる。席替えから逃げたい私を他所に、自由に遊ぶ無邪気な姿に、私は嫉妬していた。

どうやら私にはくじ運というものが絶望的なほど無いらしい。机の上に無造作に投げた紙切れの“6”という数字を睨みつける。

「ほんとサイアク……なんでよりによって、アンタが隣なわけ」
「その言葉、そっくりそちらにお返しします」

がやがやと教室中が楽し気な盛り上がりを見せている中、横からまた憎たらしい嫌味が飛んでくる。ああ、だから嫌だったんだ。

「私だって、こんな性悪と隣なんて……」
「はぁ?なんだって?」

つい数分前のくじ引きが、こんな結果になるなんて誰が予想していただろうか。少なくとも私はしていなかった。まさかこんなことになるなんて。教卓から何となく取った細長い紙。そこに書かれていた6という数字に、偶数だ、2で割れるな。なんてくだらない考えしかもっていなかった。





黒板にチョークで描かれた教室の図。雑に書かれたのか線は歪んでいて席を表す四角の大きさは疎らであった。そこに6の数字を探す。後ろ側の席であることに密かにガッツポーズを取りながらそこに自分の名前を書き入れるためチョークを手に取る。


出来るだけ“アイツ”の近くはやめて。
切実に、“アイツ”の隣はやめて。


なんてチョークを握る手に力を込めてみる。まぁよく考えてみれば、そんなこと起こるわけ……この人数で特定の人物と近くになるなんて、そんなの何分の何の確率だと思ってるんだ。カツカツと軽快な音を立てて泡瀬、と歪んだ枠に書き込む。

近くはどんな人物が来るだろう。

期待半分、恐怖半分胸にして踵を返し段を下りる。自席に戻る途中、先ほどまで考えていたアイツとすれ違う。真っ直ぐと黒板を見据えているソイツの顔は、いつも通り無表情で無愛想だった。あんなんで良くもまぁアイドルになろうなんて考えたものだ。

「歌羽!!」
「ん?」

後ろの元気な声に振り返ると、満面の笑みを浮かべた守沢千秋。飛びつかんばかりの勢いで駆けてくる彼を、慌てて両手で押しとめる。

「…っ、飛びつかないでってあれほど言ったよね?」
「はは、すまない。どうもその小さい背中を見るとついな!」
「潰す気か?」

わははと豪快に笑う彼の様子からは、反省の色が一切窺えない。ため息交じりにどうしたのと尋ねると、彼は笑顔で手元のくじを私に見せつけてきた。

「見てくれ!!この輝かしいくじを!!」
「輝いてないただの紙切れにしか見えないけど」
「まぁそう言うな、よくこの数字を見てくれ!!」

そのくじをだんだんと目前に近づけてくるので、だんだんと焦点がずれ、堪らず目を背けた。

「わかるよ、5でしょ、5!!それが一体何だって言うの?」

私を呼び止めてまでこれを見せる必要があったのだろうか。

「はははっ、5といえば戦隊だろう!!正しくこの俺にぴったりだと思わないか!?」
「そーねー、お似合いお似合いすごいですね」
「ん、どうした?今日は少し機嫌が悪いようだな?」
「そうでもないよ」
「そうだな、いつものことだな」
「おい」

教室中がいつのまにか騒がしくなっていた。大半の生徒がくじ引きを終えたためだろう。席替え前の緊張感が跡形もなく消えていた。

「それともう一つ、この数字が良い理由がある」
「そう」
「ああ、あるんだ」

じーっと、私のことをキラキラとした瞳で見つめてくるその姿は子犬のようだ。いや、でかさ的に言うと、大型犬の方が正しいのだが。なにかを期待して待っているように見えたその姿に、内心面倒だと思いながらも、その瞳を無視する勇気もない私は、渋々と口を開いた。

「……どんな理由?」
「おぉお!やはり歌羽も知りたいか!?」
「はやく言いなさい」

そして早く席に戻らせてくれ。

「それはな、つまり席の位置だ!!」
「そう、結構後ろの方だもんね、寝れるもんね」
「そこじゃないぞ、歌羽の後ろであることが俺は喜ばしいのだ」

思いもよらなかった千秋の口から出された言葉に、思わず目を見開き、フリーズしてしまう。数秒の間の後、首を傾げて「俺の顔に何かついているか」と言った彼は、たまにこういうことを急に言い出すから心臓に悪い。

「……そんなこと言われても何も出さないよ?」
「はははっ、そうかわかったぞ!!照れているんだな!やはり歌羽は可愛いな!!」
「あぁあああっ!!もうなにも言わないで!!早く席に戻ってよ!!」

大笑いをして席へと戻っていくその背中はとても満足そうで。一方どっと疲れた私は、木製の冷たい椅子に腰を降ろしてため息を吐いた。もうこの新しい机ともお別れか、なんて思うと学校の私物であるこの机にも愛しさが込み上げるので、そっと艶のある平らな表面を撫でた。

黒板に書かれている名前は、こんな後ろの席からでは読み取ることが出来ない。

「よし、じゃあ全員席が決まったことだし、動くぞー。ささっと移動してくれー」

担任の声が賑やかな教室を貫く。ガラガラと椅子を引く音があちこちから聞こえ出して、渋々自分の教科書を机から抜き出して新たな席へと足を向けようと立ち上がる。

「お、歌羽ちゃん、荷物が多いね。俺が持とうか?」
「いや……これくらい持てるよ」

ひょこっと背後から覗き込むように現れた羽風薫。まためんどくさいのが来た、と内心思っていると、「よいしょ」という声と同時に重い音がした。私が今まで座っていた席に羽風が重そうな教科書をどさっと乗せたのだ。

「羽風、そこなの?」
「うん、キミが座っていた席も嬉しいけど、出来たらキミの近くが良かったな」
「前半、ちょっと気持ち悪いよ」

たくさんの教科書を腕いっぱいに抱きとめている私の腕がひそかに悲鳴を上げ始める。指先に溜まる熱に危機感を抱き、早く席へ向かおうと再度目標の席へと足を進めようと視線を変える。……が、教室は席替えで大混乱の真っ盛り。男子で溢れる教室じゃ、女である私なんかちっぽけなもので。進もうともがけばもがく程、教科書のせいで見えない足元は狂い、腕は悲鳴を上げる。

「…ああ、もう見てられない」
「わっ……」
「俺が持っていくから。歌羽ちゃんは案内してくれるかな?」

不意に軽くなる手元、手から離れていく教科書。一瞬何が起こったのかわからない私の頭の上で、羽風が優しい笑みを浮かべていた。

「あ、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。お礼はデートでどう?」
「遠慮しておきます」
「相変わらず手厳しいな」

迷いもないと流石に傷付くな。そう言うわりには、楽しそうに笑う彼。チャラチャラしているように見えてちゃんと紳士なこのギャップが良いんだろうか。なんて案内してと言ったくせに迷わず私の席へと向かっていく彼の背中を見て考えていた。

「歌羽ちゃん、ここでいい?」
「うん、合ってる」
「りょうかい、よいしょっと……ふぅ。さあどうぞ、お姫様」
「いや、イスくらい自分で引けるんだけど…」

どこぞの執事のようにイスをひいて見せた彼の手際の良さに、一歩引きさがる。完璧な笑みを浮かべた彼は最早ホストだ。その直後、不意に聞こえたある声に、ぞくっと背中に悪寒が駆ける。

「ねぇ…ちょっと」
「遠慮しないでいいんだよ、さあどうぞ」
「ちょっとってば」

一歩動いた羽風くんの背中から見えた、教科書を抱えて苛立った様子な人物の姿に、思わずうわっと声を洩らす。

「うわ、はこっちのセリフなんだけどー。ちょっとかおくん邪魔、席に座れないから退いてくれる?」
「あぁ、ここは瀬名くんの席だったんだ、ごめんね」
「かおくんも早く席に着いたら。授業もうすぐ始まるんじゃないの」

素っ気なく羽風に告げると、速攻で机の整理を始める彼。待てよその席は……。

「おぉ、歌羽の隣は瀬名だったか!!これは楽しい席になりそうだな!!」

何故か喜んでいる千秋。その言葉が耳を通り過ぎていく。

隣が瀬名?
え、本当に?
夢じゃない?

現実逃避を開始しようとする自分の頬を思いっきりつねると、そこにピンポイントで感じる痛み。唖然としていると、チラリと奴の視線が私を捉えた。

「……なに、こっち見ないでくれる。うざいんだけど」

どうやら私にはくじ運というものが絶望的なほど欠けてしまっているらしい。と、ここで冒頭に至るわけである。まだ座り慣れない机の上に無造作に投げた紙切れ。そこに書かれてある“6”という数字を精一杯睨みつける。当たり前であるがびくともしない紙に増々腹が立って、同時に自分が惨めになって睨むのを辞めた。

「私だって、こんな性悪と隣なんて……」
「はぁ?なんだって?」
「あらら、聞こえなかった?お耳まで悪いのかな?」
「そっちこそその悪い口どうにかしたら?一生結婚出来ないんじゃない」

そして彼は、いつものように勝ち誇った笑みを私に向ける。それが今は無性に腹が立つ。

「やだ、殴りたいこの笑顔」
「へぇ〜…俺の顔に嫉妬しちゃったわけ?まぁあんたのブサイクな顔と違って、俺は整った顔だからねぇ」
「表出ろやこのやろ」

鬼のような形相の教師に怒られるまで、後、数十秒。やはり今日は運が悪いと再度項垂れることになるのを知らない私は、目前の瀬名泉を、ただひたすらに睨みつけていた。

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