
好きと嫌いが矛盾する
ミンミンと蝉が鳴いている。人で溢れかえる改札口を過ぎて外に出れば、日の光が眩しいせいで、手元にあるスマホの画面が暗くて見えない。人のごった返している休日に朝早くからなぜ出かけているのか。それは来るはずの千秋と会うためだ。そのはずだった、のだが。
「…なに、なんか問題ある?」
「大ありだと思うのですが」
寧ろなんでないと思った?
*
今までに、こんなにも夏の日差しが煩わしく思えたことがあっただろうか。いやでも、千秋と一緒だと更に暑苦しく思えたかもしれない。瀬名ぐらい冷たい性格の方が…
「なんで休日までアンタの顔見なくちゃいけないの、本当意味わかんない」
「なんで休日まで瀬名の隣にいなくちゃいけないの、わけがわからない」
いや、いいわけがないな。
「じゃあ後ろからついてくればー?」
「そっちこそふざけた垂れ目瞑っていれば?」
「は?」
「なによ?」
何故、千秋ではなく瀬名が来たのだろうか。合宿の衣装材料の買い出し、確かに私は千秋本人にお願いして、本人から承諾を得てここに来ているわけだが。瀬名との対面早々、素早くスマホのLINEを開きメッセージを送ったのだが、数分経っても未だに既読はつかない。
「せめて連絡ぐらいしてくれれば良かったのに……」
「……」
「瀬名、帰ってもいいよ」
「は?」
なにが「は?」だ。眉を潜ませているいぶかしげな表情は、アイドルらしからぬ程に怒気を含んでいるように見えて、あまり見ていたくない。そんな顔、平日以外でも拝むなんてごめんだ。それだったら1人でした方が……
「帰らないから」
ハッキリとした否定の言葉にあっけにとられる。手のひらのスマホ画面は明るさが最大値になっていて、千秋とのトーク画面に “瀬名が来たけど。千秋どこにいるの” 数分前のメッセージが浮かんでいる。不機嫌そうな瀬名はそんなセキュリティがざらの画面を覗き込んだかと思えば、「ちょっと、見ないでよ」静止の声を発する間もなく、電源ボタンを無理やり押して、そのまま腕を引こうとする。
「あっ、ちょっと瀬名!」
「……ほんとやだ」
無理やりつながる手のひら越しに感じる彼の体温はやはり熱かった。悪態をついて前を行く彼の表情は後方の私からは見れなくて、何を考えているのかよくわからない。それなのに嫌な気がしないのは、きっと。
*
数件目の衣服材料店を回ること数時間。大型ライブのための瀬名と千秋の衣装に必要な素材が揃いつつあった。本当は学校の通販でそろえられるもので無理くりそろえても良かったのだが、せっかくの大型ライブでなおかつ自分のチームのものなのだ。2名分であるしなるべく素材も妥協せずイメージ通りのもので作成したい。
「ねえ瀬名、衣装のボタン部分どっちがいいと思う?」
「なに、どこのやつ?」
「えっとねぇ、大胸筋上部当たりにサイズ違いで並べようと思うんだけど……」
「ふーん、じゃあ布の色的にゴールドがいいと思うし、サイズが違うなら……ここら辺の色違いは?」
「ああ、いいかも」
瀬名が示したのはドーム型で騎士を連想させるような紋章が彫られているボタンだった。隠要素としては面白いかもしれない。適当なサイズのものを数個手に取ってみる。
「瀬名、真っすぐ立ってこっち向いて」
「あ?」
「ほらほら」
疑問符を浮かべつつも、その身体は渋々といったようにゆっくりこちらへ向き直る。珍しく素直なことを口には出さずに、自身のそれより少し高い位置にある胸板の上にボタンを持ってきてみる。
「……俺で試すのどうなの」
私服だけど、今。そうして鼻で笑う瀬名。
「そこは想像力でなんとか」
「いけるの?」
「いけるいける」
そうしたら、「そう」と言って緩い笑みを浮かべいる瀬名。その顔はなんだか優しくて、近距離で見るにはあまりにも心臓に悪くって。そのせいで早まる鼓動に気を取られてしまわないようにと無理やりボタンに視線と意識を集中しようとする。それなのに情けないことに動揺が勝り、どれがいいかなんて判断が難しくて。
「そ、それにほら、顔はそのまんまだし」
「それはそうだけど、服との相性見てんでしょ。今は」
「……確かにそうだね?」
思考停止、瀬名の言葉にハタとして瀬名の顔を見上げたのがいけなかった。いつも怒ってる不機嫌そうなその顔が、今では綺麗に――
「ふはっ、馬鹿」
楽しそうに笑うから。
「ーーっ、いいでしょ!もう!」
「はいはい、そうね」
「じゃあ買ってくる!」
「はーい、いってらっしゃい」
いってらっしゃい、の言葉にすら嬉しいと感じてしまう私は末期なんだろうか。赤くなる頬を絶対に悟られないようにと速足でレジに向かう。入り組んだ店内、ハンドメイドコーナーに備え付けてある鏡、そこには後ろでこちらを見守る瀬名の姿が映し出されてていて。そこにいた瀬名は未だに口元を緩ませて私の背中を見守っている。それ、真君とか司君とか眼差しと似ている。どうしてそんな目を私に向けていたんだろう。疑問と共にその表情は脳裏にこびりついてしまい、結局会計中もその顔が頭から離れることはなかった。
「おまたせ」
「おかえり、それであとは何買うの?」
「あとはこの部分の生地が欲しいんだけど……」
実はもうお目当ての素材が手に入りそうなお店は回ってしまった。後ありそうなのは一体どこだろうか。足を進めつつ口ごもり衣装のデザイン案資料とにらめっこする。それを隣で覗き込んでいる瀬名が「あぁー…」と、状況を察したのか重い声を発する。
「それなら布や生地の専門店行ってみたほうがいいんじゃない」
「近くにあるかな」
「近くでもないけど、駅の方面に心当たりはある」
その言葉に「おぉ!」と短く歓喜の声をこぼす。
「行く!行こう!」
「はい、決まりね」
そして差し掛かる大通り。早朝にきたというのに気が付けばあっという間に時間が過ぎていた。もうすでにお昼ぐらいだろうし、更には炎天下という環境下であるにも関わらず、そこには多くの人が通っている。さすが都会の休日というべきか。少し奥にある横断歩道は人であふれかえっていて、まるでライブ会場のようであった。
「うわぁ。流石に昼下がりになれば人も増えるねぇ」
「そうだねえ」
詳しい時刻を確認するべく、カバンからスマホを取り出す。ロック画面に表示の出る時刻はやはり、正午を軽く超えていた。そこでLINEの通知が届いていることに今更気が付く。千秋からだった。 “急用ができたから昨日瀬名に頼んでおいた。すまない” そこで気が付く。昨日瀬名と口論していたのはこれだったのか。刹那、画面に注視してしまっていた私はすれ違う人と危うくぶつかりそうになる。
「あっ……」
「ちょっと、危ないからスマホしまいなよ」
それは瀬名に腕を強くひかれることで免れる。「あんた、歩きスマホできるほど器用じゃないでしょ」そういって呆れた視線が降り注ぐ。「ごめん」と断り、千秋へのLINEを返す間もなく慌ててスマホをカバンにしまい進もうとするが、如何せん人の流れが多すぎて中々歩きづらい。そんな中腕にあった手がゆっくり離れ、かわりに自然な動作で手をとられた。
「はぐれないでよ面倒だから」
「……わかった」
昨日と朝の嫌そうな態度、先ほど見せた優しい笑みが頭の中で交差する。どうしても読めない真意、矛盾している。
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